紅葉も見頃! 山梨県南部町で極上ぬる湯に浸(つ)かり、奥まった地で魅力と出合う【徒然リトルジャーニー】
山梨県の南西端に位置し、町の東・南・西が静岡県に接する南部(なんぶ)町。2021年に新清水ジャンクションと双葉ジャンクション間の中部横断自動車道が全線開通し、中央道・新東名双方から直接アクセスできるようになった町の横顔を探る旅に出た。
アクセス
鉄道:JR新宿駅から中央本線・身延線特急利用で約2時間45分の内船駅下車ほか。
車:中央自動車道八王子ICから同道・中部横断自動車道を利用し南部ICまで約141km。南部IC~富沢IC間は約7km。東京方面から新東名高速道路・中部横断自動車道も利用可。
昭和風情が色濃く漂うくつろぎの場所『古民家喫茶店 油屋(あぶらや)』
「空間が放つ気に惚(ほ)れ込み、ここで店を始めることにしました」と店主の石井学さん。飲食業とは無縁だったが、スパイスや料理に関心があったことから、チャイ600円や油屋カレー(Aセット1800円・品切れの場合あり)など得意分野を生かしたメニューを提供。富士宮焼そば麺のナポリタン800円もユニークだ。
古民家喫茶店 油屋(こみんかきっさてん あぶらや)
住所:山梨県南部町井出1425-1/営業時間:10:00~17:30/定休日:祝を除く月および第2・4火(臨時休あり)
現町名にも受け継がれた歴史を有する「南部氏発祥の地」
12世紀末、甲斐国を治めていた甲斐源氏の後裔である加賀美遠光の三男・光行が地頭(じがしら)としてこの地に赴任。地名から南部光行と名乗ったのが南部氏の始まりと伝わる。その後奥州にも勢力を広げ、南部藩として栄えた一方、甲斐南部氏は衰退。浄光寺境内の供養塔や墓石群、南部氏館跡の解説板などに、わずかに面影をしのぶことができる。
工夫を凝らした多彩な企画展も見逃せない『近藤浩一路(こういちろ)記念 南部町立美術館』
図書館を併設したアルカディア文化館2階にあり、地元出身の水墨画家・近藤浩一路の作品を常設展示。企画展も随時催され、2025年12月6日~2026年1月25日には絵本作家・宮西達也氏の「ナンダァーランド展」を開催。
近藤浩一路(こういちろ)記念 南部町立美術館(こんどうこういちろきねん なんぶちょうりつびじゅつかん)
住所:山梨県南部町大和360/営業時間:9:30~17:00/定休日:月および祝の翌日(土・日を除く)
国指定重要文化財の仏殿を有する「最恩寺(さいおんじ)」
平安時代の開創とされる古刹。江戸時代の火災により堂宇(どうう)の多くが失われたが、室町時代初期に当たる応永年間(1394~1428)の建立とされる仏殿は難を逃れ、垂木のない屋根や全周に施された弓連子(ゆみれんじ/弓の形をした通気用木組み)が禅宗様式の特徴を今に伝えている(1953年、国の重要文化財に指定)。仏殿内部の見学は不可。
最恩寺(さいおんじ)
住所:山梨県南部町福士23502
地元客も顔を出す親しみやすさも魅力『道の駅とみざわ』
近隣の食材を中心に、やや濃いめの味付けを施した弁当や総菜、食堂メニューが人気。地元小学生が考案した金のスクスクたけのこメンチカツ350円(写真2枚目)は、特産のタケノコに、シイタケや春雨も加えた中華風メンチで食感も楽しめる。
道の駅とみざわ
住所:山梨県南部町福士28507-1/営業時間:8:30~18:00(食堂は~15:00。土・日・祝は8:00~)/定休日:無
夫婦で営むアットホームな鉱泉民宿『そば宿 福いち』
山懐に抱かれるようにポツンとあるそば自慢の宿。宿泊プランはスタンダード、蕎麦づくし、山梨グルメの3タイプで、いずれも夕食に地元・福士川の清らかな水で仕上げたそば2種盛りが付く。「それぞれの食感の違いもぜひ楽しんでください」と代表の谷村洋一さん。大岩の迫力に圧倒される風呂は、夜だけでなく翌朝も貸し切りでゆったり利用できるのがありがたい。なお昼は要予約で天せいろ・小鉢付き1800円を提供。そば粉から作る本格そば打ち体験も予約制で受け付け(体験料・材料代込み2名6000円~)。
そば宿 福いち
住所:山梨県南部町福士13549
山梨県の新富嶽百景に選ばれたビュースポット「六地蔵公園」
住宅地を通り抜けた小高い丘の上にあり、町内の白鳥山(しらとりやま)森林公園、西行(さいぎょう)公園と並び、富士山の眺めがよい地として知られる。地蔵菩薩とは地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天上道の6つの道を導き、人々を救済する仏様で、霊峰・富士を背に整然と並ぶ様子を目にすると、思わず背筋が伸びる。休憩舎の東屋もある。
六地蔵公園(ろくじぞうこうえん)
住所:山梨県南部町福士12378-1
お茶に合わせた最適な淹れ方も教えてもらえる『まるわ茶園(ちゃえん)』
霧が発生しやすく、寒暖差も大きい南部町は茶の栽培が盛んな地。土壌に適した育て方から工場での加工、販売に至るまで一貫した工程で、インパクトのある商品を提供している。甘み、渋み、香りのバランスに秀でた上煎茶なごみ100g 1296円をはじめ、ほうじ茶や和紅茶なども販売。
まるわ茶園(まるわちゃえん)
住所:山梨県南部町万沢5734-1/営業時間:9:00~17:00/定休日:日・祝
人里離れた山奥に2025年春オープン『天空の古民家 遊(ゆう)』
築約200年の家屋を大胆にリノベーションした癒やしの空間。洗練された建物の基本設計から、厳選した食材・調味料を用いた料理に至るまで、オーナー・森敬子さんの熱い思いが込められている。肉料理のほかパスタや中華メニューもあり、カフェのみの利用も可。予約制のエステも充実。
天空の古民家 遊(てんくうのこみんか ゆう)
住所:山梨県南部町福士17732-1/営業時間:11:00~18:00/定休日:火・水
ぬる湯好きにはたまらない湧出量豊富な極上湯『佐野川温泉』
ほのかに硫黄臭が漂う源泉は泉温31.5度と低めながら、わざわざ足を運ぶ常連客も多い。湯はpH値9.68のアルカリ性で肌触りも滑らか。加温浴槽もあるが、こちらもややぬるめの設定だ。宿泊もできる(1泊2食付き1万3900円)。
佐野川温泉(さのがわおんせん)
住所:山梨県南部町井出3482-1/営業時間:8:30~最終受付18:30/定休日:第2・4火
町名として息づいている南部氏のルーツ
南部町の位置を調べて気になったのは、山梨県にありながら、町域が静岡県側に大きく食い込んでいる点である。東京都にたとえるなら、神奈川県に突き出た町田市といったところだろうか。さらに細かく見ていくと、山あいを流れ下る富士川が平地へと出るあたりに県境が引かれているので、おそらく地形を考慮して境界が定められたのではないか。その富士川の流れに添うように、山梨県と静岡県を結ぶJR身延線、国道52号、そして中部横断自動車道が町を南北に貫いており、静岡ナンバーの車を多く見かけるのも合点がいく。
ちなみに「南部」の文字を目にして思い浮かんだのは、南部藩・南部鉄器・南部杜氏など東北北部と関わりあるキーワードばかりで、今回訪れた南部町とは一切関連がないと思っていたが、意外にもここが南部氏のルーツなのだとか。残念ながら発祥の地にまつわる痕跡自体は希薄だが、何より町名として息づいているのだから、開祖の光行公も喜んでいるに違いない。
奥まった地で気づく、秘めたる町の魅力
ところで町内の幹線が国道52号である点に異論はないだろう。しかし、『道の駅なんぶ』『道の駅とみざわ』を除けば、思いのほか閑散としており、気づかぬうちに通り過ぎてもおかしくない。そこで地元で聞いてみたところ、いずれも幹線から一歩、二歩、いやそれ以上奥まった地に、魅力的なスポットや店舗が点在していると教わった。
その一つ、富士川の対岸にある井出集落の『古民家喫茶店 油屋』に足を運ぶと、常連と思しき方がすでにカウンター席でくつろいでいた。続けて姿を見せた女性二人組に声をかけると、甲府からわざわざ目指してやってきたのだとか。居心地のよさそうな空間にたどり着き、満足げな様子に、思わずこちらもうれしくなる。
さて、奥まった地の極め付きは『天空の古民家 遊』だろう。何しろ車がすれ違うのもやっとの狭い山道の先にあり、「本当に店があるのだろうか」と不安になるほどだったからだ。おすすめのポークソテーを注文したところ、小鉢5品のはずがどんどん数が増えていく。スタッフに事情を尋ねると、「オーナーが山形県の出身で、お客さんに振る舞うのが当たり前の土地柄だったから、ついつい増えちゃうそうです」と笑顔だ。
旅の仕上げに訪れた『佐野川温泉』も、地元で教わらなければスルーしていたに違いない。専務の佐野宗規さんに「ゆっくり浸かり、心身ともに整えていってください」と声をかけられ、源泉浴槽に身を沈めていると、いつの間にか小さな気泡が肌にびっしり付いている。
「これぞ大地の恵み、いや南部町が誇るお宝だなぁ」
と満足げに独り言をつぶやきながら、心ゆくまで極上ぬる湯を堪能した。
【耳よりTOPIC】自然豊かな渓谷を紅葉が彩る
静岡県との県境に当たる山並みが東と西に分かれ、その間を富士川が滔々(とうとう)と流れ下る南部町。ともに富士川の支流である福士川や佐野川沿いでは、例年11月中・下旬に紅葉の見頃を迎える。福士川渓谷は山中の奥山温泉へ向かう道筋周辺、佐野川渓谷は長者ヶ岳登山口にほど近い栃広橋からの眺めがよい。紅葉の最新状況は南部町産業振興課☎0556-64-8075まで問い合わせを。
取材・文・撮影=横井広海
『散歩の達人』2025年11月号より