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退屈な人工林には5000年の歴史が詰まっている

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日本のどの山に行っても見かけるであろうスギやヒノキの人工林。日本列島で暮らす人々が長い時間をかけて関係性を築いてきた人工林だからこそ、今では見慣れすぎるほどの存在になっているとアツく語るのは毎度おなじみの杉センセイです。今回は人工林をめぐる大スペクタクルの旅へ出かけてみましょう。

実は特殊な、日本の人工林

杉センセイ、この前、ちょっと遠出して初めて行く山域で森歩きをしたんですけど、実のところあんまり楽しめなかったんです。登山道の周りに広がっていたのは、ずーっとスギやヒノキの人工林で、全く面白みがなかったんですよね。

まあ、そうやろな。植物好きな人からしたら、単調で真っ暗な林床が広がる人工林は、退屈極まりない存在や。でもアレ、日本ならではの光景なんやで。日本の人工林って、世界的に見るとだいぶ特殊な森林景観なんや。

え、どういうことですか?人工林って、日本に限らず世界中どこにでもある気がしますけど。

人工林の構成樹種には、①良材を産出して、②苗木の生産、育成が簡単で、③伐期までに時間がかかりすぎない(おおむね60年以内)という素質が求められる。世界にはおよそ6万種の樹木が存在すんねんけど、これらの条件を満たす“精鋭”はその中でもごく僅かや。せやから、人工林に植えられる樹って、世界中どこに行っても大体同じなんや。

へえ〜、でも、海外の人工林っていまいちイメージが湧かないですね。どんな樹が、どれくらいの規模で植栽されてるんですか?

国連食糧農業機関(FAO)の集計によると、2020年の時点で、世界の人工林の総面積は1億3000万ha(日本の3.5倍)。このうち約77%が、たった10種の樹木によって占められているんや。

世界の森林を、そのプロフィールで色分けした地図。濃い緑は人の手が殆ど入っていない原生林(Primary forest)、黄緑色は撹乱のあとに再生した二次林、そして紫色が人工林。人工林は、世界全体の森林面積のうち3%を占めるにすぎないが、人類が年間に消費する産業用丸太の半分以上を産出する。https://www.researchgate.net/publication/328282381_Towards_better_mapping_of_forest_management_patterns_A_global_allocation_approachより引用)
ニュージーランド、チリ、南アフリカなど、南半球の温帯で広く植栽されるラジアータマツ(Pinus radiata)。原産地のカリフォルニアでは絶滅危惧種だが、20世紀初頭にニュージーランドに林業用樹種として持ち込まれたのち品種改良が重ねられ、人工林の主力構成樹種として世界中に広まっていった。人類が最も多く植栽した樹種のひとつ。
ニュージーランドの温暖な土地でたまに見かける、ユーカリの植林地(こちらの樹種はおそらくEucalyptus salignaと思われる)。成長が早いため、樹種によっては10年以内で伐期を迎える。めぼしい産業が無い発展途上国では、手取り早い外貨獲得源となるが、ユーカリの樹体には油分が多く含まれているため、火事が発生すると全てがオシャカになるというリスクがある。

最も広く植栽されているのはマツ類で、全世界の人工林の30%を占める。北米やヨーロッパ、南米南部やニュージーランドなどなど、温帯〜冷帯にあたる地域では、林業の主力は専らマツなんや。次いで高いシェアを誇っているのがユーカリとアカシア。彼らは主に、熱帯の発展途上国で外貨獲得源として植栽されてる。特にユーカリの人工林は、世界におよそ20万㎢(本州の約9割)存在すると言われてるんや。

ざっと計算すると、おおよそ100万平方キロメートルもの土地が、たった10種の樹木に覆われている、ってことですよね…。人が意図的につくった森だから仕方がないんでしょうけど、やっぱりちょっと不自然な植生ですよね。

そうやな。マツやユーカリのような、外来の早生樹種(成長が早い樹種)に依存する木材生産は、19世紀〜20世紀初期にかけて登場した、比較的新しい林業のスタイルなんや。当時は、国際的な航路が急激に発達して、生きた植物(苗や種子)の長距離輸送が初めて可能になった時代や。そんで、林業の発展に役立つと見込まれた樹種が、世界各地に伝播していったんやな。ユーカリの場合、1850年代〜1900年代にかけてのたった50年間で、南極を除いたすべての大陸に導入されてるんやで。

世界中の人工林で、同じような樹種が植栽され、同じような施業が行われているんですね。

そうやな。世界に拡がる早生樹種の面々は、今日の国際社会にとって必要不可欠な存在なんや。ただアイツらは、世界トップクラスのヤンチャな樹木でもある。奴らには、故郷から遠く離れた土地に連れてこられても難なく活着できるほどの、生命力の強さが備わってる。だからこそ、世界中の植林地で重宝されてきてんけど、中には素行が悪い樹種もおるんや。

生命力を持て余した早生樹種が、人工林から“脱走”して、現地の在来樹種と勝手に喧嘩をはじめる、というケースは後を立たない。ほんでこの場合、勝つのは大抵早生樹種の方なんや。南アフリカでは、人工林から逃げ出したユーカリが、在来の植生を駆逐してしまったこともあるんやで…。なんせアイツは、根から化学物質を出して土壌を劣化させるという、超ド級の反則技をかましてくるからな。目をつけられたら終わりなんや。

なんとお行儀の悪い…。ひと昔前のヤンキーみたいな生態ですね。同一の外来樹種を、世界各地で大量に植栽するって、生態系保全の観点から考えるとかなりリスクが高いですよね。

オーストラリア東海岸原産のアカシアの一種、タスマニアン・ブラックウッド(Acacia melanoxylon)。材の木目が美しく、世界中の温帯〜熱帯地域で植栽されているが、侵略的外来植物としても悪名高い。
ニュージーランド南島の乾燥地帯で問題になっている、「ワイルディング・コニファーズ(Wilding conifers野生化針葉樹)」。元来乾燥に強い北米西部原産のロッジーポールマツ、ラジアータマツが、林業用の人工林から逃げ出し、周囲の草原に定着してしまっている。針葉樹の侵入によって、土壌の菌相が変化し、草原植生が劣化することが懸念されている。

その通り。クセの強い野郎どもを大量に引き連れて、狭い植林地に押し込めてるのは我々人間やからな。監督責任っちゅうもんがあるわ。でもな、そんなタフな輩ですら、馴染めずに敗退していった土地があるんやで。

え!いったいどこですか!? あのヤンチャな野郎どもが音をあげるなんて、よっぽど過酷な土地なんじゃ…。

日本や。明治時代初期から、日本では外来樹種を使った人工林の造成が試みられてきた。たとえば1880年、メルボルン万博の閉幕時には、例のユーカリ、アカシアの苗木が日本に持ち帰られ、宮崎や山口、神戸で試験的に植栽されたという記録がある。神戸の裏手の六甲山には、ユーカリの巨木が育った森が何箇所かあんねんけど、アレはその時植栽された樹の子孫ちゃうかとわしは思ってるんや。1904年には、ヨーロッパ産のヨーロッパアカマツや、北米産のテーダーマツ、ダグラスモミが、群馬県の小根山に植栽された。日本在来のスギやヒノキは、伐期までに50年ほどかかるからな。より短いサイクルで伐採できる外来の早生樹種に、当時は注目が集まってたんや。

北海道旭川市・外国樹種見本林のコンコールモミ(と思われる針葉樹)。北海道は、特に多くの外国産樹種が導入された地域のひとつ。スギやヒノキが育たない寒冷な気候ゆえ、世界中の寒冷地から針葉樹が取り寄せられ、林業への適性が計られた。旭川市街に隣接する外国樹種見本林は、明治時代の林業試験場をそのまま利用した樹木園で、当時植栽された外来の針葉樹を観察できる。

でも、どの樹種も結局定着することはなかった。日本特有の病害虫、湿気の多い気候、そして台風のせいで、外来の樹は軒並み枯れてしまったんや。その後も3回ほど(1910年代、1920〜30年代、1960年代)、国内の木材需要が増す度に、「外来樹種の人工林ブーム」が到来してんけど、どれも失敗に終わり、最後は造林計画自体がお蔵入りになった。ほんで、結局は日本在来のスギ・ヒノキが最適、という結論に至ったんや。

世界中で同じような早生樹種が植林されている中、日本だけが自国の在来樹種(スギ・ヒノキ)を植え続けている…。よくよく考えると、確かにこれってスゴイことですよね。

そうやろ。スギやヒノキの人工林って、日本以外では殆ど見られへん景色なんや。そこに秘められた歴史を紐解いていくと、一見退屈な森林景観にも愛着が湧いてくるはずや。今から、日本の人工林を“楽しむ”ために、タイムトリップに出かけるで〜。

人工林に、そんな大層な歴史が隠されてるんですか!? なんだか面白そうですね。

大阪府岸和田市、ヒノキの人工林。日本国内に存在する人工林の総面積は、北海道よりも広い10万2000㎢。国内の森林面積の4割を占める。

人が森を育て始めたのは、いつから?

日本の人工林の起源には、ちょっとした“考古学ミステリー”が絡んでるんや。話は約5000年前、縄文時代前期まで遡る。

人工林と考古学ミステリー?あまり見かけない言葉の並びですけど……一体どういう意味ですか?

日本の縄文遺跡では、よく水辺遺構(川の流路を付け替えた箇所で設置される、木造の構造物)という大型建築物が発見される。実はコレに関して、長年未解決の謎があったんや。……というのも、多くの水辺遺構にクリの材が使われていたから。埼玉県さいたま市の寿能(じゅのう)遺跡では、水辺遺構で出土した木材のうち、約75%をクリ材が占めていたらしい。
クリ材は硬くて耐水性があるからな。縄文人たちはそれを理解していたんやと思う。

日本のクリ(Castanea crenata)は、九州から北海道石狩まで分布するが、長い年月にわたる栽培の歴史の中で、自生の個体と栽培の個体の違いがあやふやになってきている。

ただ、水辺遺構を建設するには、樹高10mのクリの樹が100本以上必要になる。これほど大量のクリ材を、自然林から調達するのは殆ど不可能なんや。クリは群れて生えるタイプの樹ではないからな。大抵はコナラやクヌギの森の中で、少数の個体が散らばって生えてる。では縄文人たちは、一体どうやって膨大な量のクリ材を入手したのか……?なんとも不思議な話やろ。

……あ、もしかして、その謎を解く鍵には、人工林が絡んでたりします…?

勘がいいな、その通りや。2006年、青森県の三内丸山遺跡で、地中に埋没した樹木花粉の分析が行われた。その際、縄文集落の繁栄期(約5000年前)に相当する地層から、不自然に高い割合でクリ花粉が検出されたんや。当時、集落の周辺でクリの人工林が形成されていたことの証拠や。今のところコレが、日本列島における歴史上最古の人工林やとされてる。材そのものが有用なのはもちろん、クリの実は今も昔も重要な食料源やからなあ。縄文人たちにとって、なくてはならない樹やったはずや。

「有用樹種を大量に植栽して、利用価値が高い植生を短期間で成立させる」という、人工林の基本的な趣旨は、5000年前から変わっていなかったんですね!

青森県十和田湖畔のクリの大木。クリの樹は、案外寿命が長く、野生状態ではかなりの大木になる。硬く頑丈な材質が買われ、枕木に用いられたこともある。

稲作が、私たちの先祖と杉を巡り合わせた

わたしたちが見慣れている、杉や檜が使われ始めたのは、一体いつ頃なんですか?

日本人が杉を使い始めたきっかけは、稲作やと言われている。日本列島で稲作が始まったのは、約2000年前、縄文時代の終末期のこと。この時代、人口の配置がガラリと変わって、水資源が豊富な沖積平野に集落が形成されるようになったんや。言うまでもなく、稲作には水が不可欠やからな。この“人口集中”が、結果的に杉の材を利用する文化を生み出したんや。

この”人口集中”が、結果的に杉の材を利用する文化を生み出したんや。

秋田県藤里町のスギ天然林。野生のスギは、谷底の湿った土地で群落を形成する。彼らがいかに水が大好きか、視覚的に体感できる光景。

……というのも、稲作に適した水利が良い土地は、スギの生育適地でもあるから。スギは元来、沢沿いの湿った土地で森を作る樹木。水が豊かな土地が大好きなんや。実は、“米どころ”として知られている土地の多くは、もともとスギの原生林であったケースが多い。たとえば、近年行われた花粉分析では、有史以前の富山平野が、広大なスギの原生林に覆われていたことが裏付けられている。日本アルプスの雪解け水が、麓の平野に流れ込んで、深々しいスギの森を育んでいたんやな。

スギの原生林が生い茂る土地では、米がよく育つ、ってことか!稲作の発達によって、図らずも人間の居住地とスギの生育地が重なることになったんですね。

その通り。稲作を発展させた農耕民は、スギの原生林を伐り拓いて水田を造成し、集落を築いていったんや。黎明期の日本文明は、スギの森の懐で育まれたんやな。杉材を利用する文化も、自然と発達していった。

秋田県能代市の、スギ天然林。狭い谷間に、50mを超えるスギの巨木が集中する。

富山県上市町にある、弥生時代後期の集落跡からは、スギの材でできた遺跡・遺物が200点以上出土してる。その具体的な品目は、木器や楽器の琴柱、紡織具といった日用品から、土木工事に使うような杭・板・柱まで、多岐にわたっていたんや。杉の材は柔らかくて加工しやすいからな。汎用性が非常に高くて、当時から重宝されとったんやろう。

稲作が、日本人と杉を巡り合わせたんですね…!なんというか、興味深い運命のいたずらですね。

山形県戸沢村、幻想の森。江戸時代から知られるスギの天然林。有史以前、日本海側の平野部は、こんな景色で覆われていたんだろうなあ。

スギ・ヒノキの人工林が生まれるまで

時代が下り、飛鳥時代になると、大和盆地に巨大都市が誕生し、膨大な量の木材が消費されるようになった。本格的な“木の文化、木の文明”が発達し始めたんやな。

東大寺とか法隆寺とか、かの有名な建築物も、この時代に建てられたんですよね。あれほどの巨大な木材は、一体どこからやってきたんでしょう?

飛鳥時代の日本では、現代とは様相が異なる植生が展開されていた。当時の西日本一帯は、針葉樹の巨木(ヒノキ、スギ、モミ、コウヤマキなど)と照葉樹(シイ類、カシ類)が均等に混ざった、混交林(針葉樹と広葉樹が混じり合う森)で覆われていた。現代の日本には殆ど残っていない、原生的な植生タイプや。

四万十川現頭部、市ノ又自然林。人為的な撹乱を数百年以上受けていない原生的な森。アカガシ、ウラジロガシ、ハイノキ類などの常緑広葉樹の森に、ヒノキやモミ、ツガが混じる。ここまで原始的な植生が見られる森は、現代の日本では極めて稀。日本列島の森に斧が入る前、約1000年前までは、こんな感じの植生が西日本一帯を覆っていた。

大和盆地周辺も例外ではなくて、伊賀や甲賀の山々には深々しいヒノキの巨木林が広がっていたらしい。膨大な量の材が、そこから都へと持ち去られて、豪華な木造建築へと姿を変えていったんや。法隆寺の柱に使われているのは、樹齢400年、直径2.5mのヒノキの巨木や。想像してみ。横に寝かせた自販機がすっぽり収まるような、恰幅の良い幹を伸ばした樹が、何本も林立しているんや…。古代の日本は、まさしく“巨木の大地”やったんやな。

和歌山県古座川源流域のヒノキの巨木。これだけでも十分大きいが、奈良の寺院に用いられているような巨木と比べると、まだまだ小ぶり。現代の日本に、樹齢400年を超えるヒノキの巨木は、ほぼ存在しないと言われている。

そんなサイズの巨木が生えた森って、現代の日本ではまず見られないですよね。飛鳥時代からの数百年間で、古代日本を覆っていた巨木の森は、ほぼ伐り尽くされてしまった、ってことですか?

まさにその通りや。度重なる乱伐で、大和盆地周辺のヒノキ林は瞬く間に枯渇してしまった。平安時代に入る頃には、針葉樹の巨木が生い茂った原生林は、すでに畿内から姿を消していたらしい。もともと山林は、誰もが自由に使える共有財産やってんけど、このシステムにも限界がある。そこで領主たちは、スギやヒノキ、モミなど、有用な針葉樹が生える山を“杣山(そまやま)”と呼ばれる森林保護区に指定して、一般の農民が立ち入ることを禁じた。ほんで、杣山が産出した材を利用できるのは、公家や寺社、いわゆる上流階級に限定されたんや。平民が自由に針葉樹を利用できる時代が、終わりを告げたんやな。

秋田県藤里町のブナ・スギ混交林。北海道の北端部や、亜高山帯をのぞいて、現代の日本の森では広葉樹が圧倒的に優勢となっている。これは、過去1000年間に、利用価値の高い針葉樹が抜き伐りされた結果出来上がった植生で、本来の日本の森は針葉樹と広葉樹が均等に混じった混交林である、という見方が有力になっている。その証拠に、四万十や紀伊半島、白神山地など、人の手が入っていない奥地の森では、広葉樹と針葉樹が混じり合った植生が展開されている。

森の荒廃がいよいよヤバくなってくると、貴族が有用樹種を独占しはじめるんですね。まさしく“階級社会”って感じですね(笑)。

そういう時代やったんやな。でも、この規制のおかげで、「人の手で針葉樹を育てて、持続的に管理する」という概念が浸透していった。ほんで14世紀初頭に、スギ・ヒノキの造林技術が確立されたんや。現代の私たちにお馴染みの人工林やな。兵庫県川西市の多田神社には、“人工林について言及した日本最古の史料”が保管されてる。1364年に書かれた書状やねんけど、文中には「近年源裕はやさせ候し山にて…」という一節があるんや。この「はやさせ候し山」というのは「樹を生やさせた山」、つまり人工林を指しているんや。

多田神社は地元の近くで、友だちと深夜のドライブで何回か行った記憶があるが、まさかそんな歴史があるとは思ってもいなかった。実のところ、多田神社の書状で言及された人工林に、何の樹種が植えられていたのかは、はっきりしていない。しかし、当時から持続可能な森林管理が図られていたことを示す資料としては、多田神社の書状は極めて高い価値を持つ。

実際、多田神社の近辺の山では、遅くとも1310年代から、用材や薪の確保を目的とした植林が行われていたらしい。「自分たちが使う樹は、自分たちで育てる」という意識は、当時から醸成されていたんやな。

私たちが普段見ている人工林のルーツは、平安時代の身分制度だったんですね…!

スギ・ヒノキの人工林は、長い年月にわたって日本人の生活・文化の基盤として機能してきた。豪勢な檜材をふんだんに使った木造建築、杉の樽で醸造される日本酒や漬物、杉材で建てられた日本家屋などなど、日本が世界に誇る文化遺産は、どれもスギ・ヒノキなしでは成り立たへん。これらの文化が急速に発達したのは、16世紀のこと。人工林の育成技術が、日本各地に浸透した時期とちょうど一致する。人工林が、安定した木材の流通をもたらし、それが精巧な“木づかいの文化”を生み出したんやな。

人工林は、日本という国のアイデンティティを確立した立役者でもあるんですね!

樹との“ご縁”

今日は、日本史の授業でお馴染みの言葉がたくさん出てきましたね。“稲作”とか、“飛鳥文化”とか、平安時代の貴族制度とか……。人工林の歴史は、日本の歴史の本流と密接に絡み合っているんですね!

そうやな。先史時代から今日にいたるまで、日本列島に住む人々は樹(木)に依存して生きてきたんや。古来から森は、日本社会の基盤やった。本来、樹木とは全く違う時間軸で生きる私たちにとって、「森を利用する」という営為は、相当に難しいものなんや。人間の時間軸だけに基づいて森を利用すれば、瞬く間に森は壊れてしまうし、かといって人間社会を森の時間軸に合わせようとすると、人間の側に重い経済負担がのしかかる。人類は先史時代から、このジレンマに悩まされてきたんや。

奈良県川上村にある、ヒノキの人工林。樹齢250年以上の樹が林立する、現存する中では日本最古の人工林といわれている。

人間の時間軸と、森の時間軸を、良い具合に並走させるべく編み出された文化遺産、それが人工林なんや。人工林は、人間の世界と森の世界の間に横たわる、独特な時間軸に乗っかって胎動していく。樹の成長や植生遷移が、人によってコントロールされるから、森の新陳代謝が人間の歴史と連動するんや。

私たちが見慣れた人工林は、今日までの人間の歴史をベースに、緻密に設計された森なんですね。

人工林を成立させるには、森に関する深い知見が必要になる。山野に生える数多の樹種を識別して、自分たちの需要に応えてくれる樹を見つけ出し、さらにその樹を数十年にわたって人の手で育てる…。こんな離れ業が、5000年前から受け継がれてきたんや。これは、素直に誇るべき歴史やと思う。日本列島は、温帯地域としては地球上で最も樹が育ちやすい土地の一つやからな。人と樹とのご縁が、育まれやすい環境にあったんやろう。

高知県馬路村、千本山のスギ人工林。300年前に植栽された森で、天を突くような巨木がそびえ立つ。このあたりの山の杉材は、豊臣秀吉のお気に入りだったらしく、大阪城建築の際にも用いられたと記録されている。整然とした人工林の美しさと、日本の歴史遺産の間には、密接な関係がある。両者の価値を結びつければ、新たな観光資源が生まれるのでは、と思う。

今日の日本では、早生樹種の輸入材が台頭しているせいで、スギ・ヒノキとのご縁が薄まっているんや。花粉症や土砂災害の元凶として、彼らが悪者扱いされることすらある。たしかに木材生産の効率性からいえば、海外の人工林のほうが優れている点が多い。でも日本の人工林には、濃密で由緒ある歴史が詰まっている。文化遺産としての価値を見出すのも、アリやと思うんや。

花粉症も土砂崩れも、人間が人工林に価値を見出さなくなったことが、根本的な原因ですよね。林業以外の価値も見出して、とにもかくにも人が森に入る動機づけをしたいですよね。

人工林が、生態系破壊の元凶として語られることがあるが、その認識は間違い。適切に管理された人工林では、林床に日光が行き届き、多様な植物が繁茂する。植栽された樹の幹は、猛禽類、樹洞棲鳥類、コウモリ、哺乳類など、様々な動物の棲家となる。人間の管理次第で、人工林は健康な森林生態系として機能するのである。問題なのは、放置された人工林。写真は、多国籍木材企業が管理する、ニュージーランドのマツ人工林。林内には数多の在来樹種が生育しているほか、ハヤブサの営巣も確認されている。

私たち日本人は、めっちゃラッキーやと思うで。海外の林業用樹種って、たいてい性格に難があるんや。在来樹種に喧嘩を売って、現地の植生をボコボコにしてまうマツやユーカリみたいにな。でもスギやヒノキは、どちらかと言うとおっとりとした性格の樹で、天然林の樹と乱闘騒ぎを起こした、みたいな話はあまり聞かへん。非常にお行儀が良いんや。良質な材を提供してくれる上、無闇に周囲の植生にちょっかいを出さない、聞き分けの良さも備わってる…。今どき、こんなええ子はおらんで。そんな樹と、2000年間もお付き合いをさせてもらってきたんや。このご縁は、大切にせなあかんで。

杉先生、いつになく熱いですね。バイトの若い子を褒める店長みたいです。スギ・ヒノキって、海外の早生樹種と比べるとめっちゃ素行が良いんですね…。そんな彼らと巡り会えた私たちは、確かにとってもラッキーですね!

「樹を植える」という行為は、人間が行うことができる投資の中で、最も遠い未来に向けたものや。人間よりも遥かに長く生きる生き物を、会うことがないであろう未来の誰かのために、丹精込めて育てるんや。これが繰り返されて、人間の歴史と森の歴史が、何千年にもわたって紡がれる。誰にでもできることやないで。もしかすると日本の人工林は、最も洗練された文明の形態なのかもしらんな……。知らんけど。

ニュージーランドの林業試験場。木曽ヒノキ、スギをはじめ、世界中から取り寄せられた針葉樹のコレクション。どれも、林業を振興するポテンシャルを秘めた樹木たち。

《杉センセイまとめ》 ・世界の人工林の総面積は、日本の3.5倍に及ぶが、そのほとんどはマツ、ユーカリ、アカシアで占められていて、どの国の人工林も樹種の組成が似通っている。自国の在来樹種(スギ、ヒノキ)を人工林に植栽し続けているのは、日本ぐらい。スギ・ヒノキの人工林は、世界的に見ると特殊な森林景観であるといえる ・日本列島における、最も起源が古い人工林の造成は、5000年前の縄文集落で行われていたクリの植林である ・稲作の発達によって、人の生活圏とスギの生育地が重なるようになり、スギの材を利用する文化が生まれた ・飛鳥時代以降、木造建築が発達すると、原生林が伐採され、天然のスギやヒノキの材は枯渇した。その結果、貴族による森林利用の規制が強化され、市民階級はスギ・ヒノキの天然林に立ち入ることができなくなった。これが、人工林の造成技術の発達につながった ・日本の人工林は、世界でも他に類を見ないほどの長い歴史を持つ。文化遺産としての価値も高い

●参考文献 ・Food and Agriculture Organisation of United Nations (2020) “Global Forest Resource Assessment 2020” https://www.fao.org/interactive/forest-resources-assessment/2020/en ・Katharina Schulze Žiga Malek Peter H Verburg( 2018) “Towards better mapping of forest management patterns: A global allocation approach” https://www.researchgate.net/publication/328282381_Towards_better_mapping_of_forest_management_patterns_A_global_allocation_approach ・John Davidson (1993) “Ecological Aspects of Eucalyptus plantations” https://www.fao.org/4/ac777e/ac777e06.htm ・根元昌彦(2017)“世界の植林地造成の現状と将来展望 ―文献調査による論点の整理” 公立鳥取環境大学紀要 第15号 https://www.kankyo-u.ac.jp/f/introduction/publication/bulletin/015/031-045.pdf ・佐藤 將(n.d.) “外国産樹種についての一考察” https://www.rinya.maff.go.jp/j/kensyuu/pdf/satou.pdf ・肥後 芳尚(1959) “明治時代における外国樹種の導入について”鹿兒島大學農學部學術報告 第10巻 https://core.ac.uk/download/pdf/144573385.pdf ・長池卓男(2021)“人工林における外来種植栽の現状と課題 ―針葉樹を中心に―”日林誌(2021)103 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjfs/103/4/103_297/_pdf ・林野庁(2017)“スギ・ヒノキ林に関するデータ” https://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/kafun/data.html ・安田義憲(1991)“スギと日本人” https://nichibun.repo.nii.ac.jp/records/924 ・能城修一、佐々木由香(2014)“遺跡出土植物遺体からみた 縄文時代の森林資源利用” 国立歴史民俗博物館研究報告 第187集 https://cir.nii.ac.jp/crid/1390853649019392768 ・村上由美子(2018)“木の考古学で読み解く里山の利用” 野生復帰(2018)6: 7-11 https://satokouen.jp/downloads/journal/06_02.pdf ・高桑進(2012)“杉と日本人のつながりについて”,研究紀要 25 19-40,京都女子大学宗教・文化研究所 https://cir.nii.ac.jp/crid/1050845762507665664 ・有岡利幸(2011)“檜(ものと人間の文化史)”法政大学出版局

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