自己啓発本なんてくだらない?実は、哲学書も、聖書も、みんな自己啓発本。
生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。4人による「自己啓発本」座談会、スタートです。
糸井
自己啓発本を読んでみようと思ったきっかけって、僕はたぶん松下幸之助だと思うんです。ほぼ日をはじめてからだから、そこまで昔じゃないんですけど。
「松下幸之助がこう言ってる」とかって、また聞き的に聞こえてくるじゃないですか。そういうものを「馬鹿にせずに読んでみようかな」と読んでみたら、面白かったんです。
その後当然のようにいつか読もうと思って、自己啓発本の原点と言われるデール・カーネギーの『人を動かす』も買ったんです。とはいえ本棚に置いてるだけで、たまにパラパラめくるくらいだったんですけど。
『人を動かす』については僕が最初に知ったきっかけって、矢沢永吉なんです。「俺は本を読まないけど、世話になってる人にすすめられて読んだのがデール・カーネギーだ」って、それこそ『成りあがり』にも書いてますけど。
実際読むとわかったけど、彼は『人を動かす』にも影響を受けてますよね。
尾崎
そうですね。
糸井
‥‥っていうようなことで、僕はもともと「自己啓発」について、言葉の意味もわからないままに、なんとなく馬鹿にしたり、なめたりしている自分に気づいたわけです。
だけど逆に自分が「そんなの読まないよ」みたいなことを偉そうに言ってるのはおかしいんじゃない? って気持ちが湧いてきて。
またいつだったか、古賀さんとやったトークライブで僕は「古賀さんがやってるのは自己啓発書じゃないの?」って、おそるおそる聞いたんですよね。
古賀
はい、覚えてます。
糸井
そしたら「そうなんです。僕はそういう本を研究したんですよ」と言われたんで、これはますますポピュラーソングだなと。歌謡曲とか、実はみんながすごく歌ってる歌みたいな。
自分でも読んでみたら面白いし、このジャンル自体に僕もだんだん惹かれていって。
だから今回、尾崎先生の書いた『14歳からの自己啓発』を読んだ社内のメンバーから「自己啓発本についての企画をやりたい」と言われたとき、「それはいいね」とメンバーもすぐに思いついたんです。
水野
今日はもう歴史的な1日に(笑)。
尾崎
ほんとにそうですね。
糸井
だけど尾崎先生もまさに本のなかで「自己啓発本を否定する人は山ほどいるけど、そのなかで非常に珍しく肯定的にとらえたのが私の研究です」と書かれていて。
尾崎
いや、そうなんです。研究をはじめてみると、世間での自己啓発本に対するバリアというか「私はこういうものは読まない」という風潮って、ものすごかったんです。
この本(『14歳からの自己啓発』)にしても、いろんな出版社に企画を持ち込んでも「うちはそういうものは出しませんから」と、けんもほろろで。本当にあちこち断られまくったあと、ようやくトランスビューから出してもらったんです。
だけど出した後も、必ずしも反応がよくはなくて。
古賀
へぇー。
尾崎
やっぱり多くの人には「自己啓発本なんてくだらない」というのが最初からあるんです。
それを乗り越えてくれれば、すごーく面白い世界が広がるんだけど、これを引っ張り込むって、まぁ、なかなか難しいなと。
糸井
今日ここにいるみなさんは、それぞれに自己啓発本(ジコケイハツボン)、尾崎先生の本で言う「JKB」‥‥自己のJ、啓発のK、本をボンって読んでBですけど(笑)。
尾崎
ささやかな反抗というか(笑)。
糸井
そこについては、これまでいろいろと考えてこられたと思うんです。
古賀さんは、自分が書いてるものが「JKB」だという認識は?
古賀
はい、「JKB」だと思ってます。
糸井
いいな、これ(笑)。
古賀
「JKB」という認識を持ってますし、自己啓発本についての僕の認識は、いま糸井さんが歌謡曲、ポピュラーソングっておっしゃったのと近くて。
自己啓発本って僕も、学術書や文芸の人たちから白い目で見られる風潮があるのはわかってるんです。また自分自身が熱心な読者だったこともないんですよ。
だけど仕事上、自分がやることになって、ある意味やむなく研究してみたら、すごく面白くて。
尾崎
へぇー。
古賀
で、「これは何に似てるのかな?」と思ってひらめいたのがプロレスだったんです。
糸井
プロレス。
古賀
プロレスって、スポーツのなかではちょっと鬼っ子のようなジャンルに見られていて。「あんなのインチキだ」みたいに言う人もいるし。
でもやってる人たちはすごく一所懸命だし、馬場猪木の時代にはテレビのゴールデンタイムに放映されて、視聴率20%とかだったようなものでもあり。
自己啓発本をプロレスだと思うと、プロレスラーに対するリスペクトと同じで、自分がやっていることも肯定できて、「そこでどうお客さんを楽しませるか?」みたいに考えていけるようになったんです。
糸井
あぁー。
‥‥この話を広げてもいいんですけど、まずは自己紹介がてら、ほかのお二人にも自己啓発本との関わりについて聞いていきましょうか。
水野
はい。僕は逆にいまの話を聞いて「自分は決定的に違うな」と思いました。
糸井
おおー。
水野
僕はもう、自己啓発畑から生まれた植物なんですわ(笑)。僕という存在の出自がそこにあるんです。
糸井
(笑)水野さんは自己啓発ファンですよね。
水野
はい。僕の場合は最初、本なんてほとんど読んでなかった大学1年生のときに出合った1冊の恋愛マニュアル本がありまして。
中学高校と男子校だったから、女の子とすっごく手をつなぎたい‥‥でもできない。「慶應に行けばモテる」と聞いて、頑張って勉強して来たものの、大学内の女の子に恋をして、フラれて。「あれ、これ大学関係ねえじゃん?」みたいにハタと気づいて。
それで「じゃあ、どうすればモテるんだろう?」とものすごく悩んでいたときに、大学近くの本屋でたまたま見つけて、藁をもすがる思いで読みはじめたのが、その自己啓発本だったんです。
で、そこにもう、全ページくらい「男は顔じゃない!」って書いてあって。
全員
(笑)
水野
読みながら、ほんとに号泣して。もう、いまだに忘れません。それが僕の人生最大の読書体験で、そこから僕という人間がはじまっているんです。
糸井
はぁー。
水野
だけど当時は恋愛マニュアル本って、基本的に赤かピンクの背表紙で、アダルトコーナーに置かれていたんです。
だからこんなに自分を感動させた最高のものが、本屋の隅っこで、ものすごく虐げられている。そこから「よし、ともに行こう」と。
糸井
ともに行こう(笑)。
水野
自分にすばらしい影響を与えてくれた本が馬鹿にされてる状況を、なんとか変えたい──そこからはじまってて、『夢をかなえるゾウ』もそうですけど、その後僕は『ウケる技術』『LOVE理論』をはじめ、いろいろ書いてきたわけです。
だから尾崎先生の本に「自己啓発本は文学の中でも最上のものである」とあるのを見て、泣きそうになりましたもん。「ああ、俺もそう思ってるんだよ!」と。
尾崎
(笑)
水野
そんなふうに僕は、自己啓発本って本当に世界一のものだと思ってて。言うと、この『14歳からの自己啓発』で紹介されている本は、ほぼ全部読んでました。
古賀
あ、そうなんだ。へぇー。
水野
だから今日は尾崎さんに対して「こんな本を書いてくださって、ありがとうございます」という思いもあり。
糸井
もう終わってもいいくらいの盛り上がりが(笑)。
じゃあ、尾崎さんにも。
尾崎
実は僕も自己啓発本って、もとは全然読んだことがなくて。たまたま読みはじめたら「これは面白い!」となったんです。
最初は自己啓発本というのは、いろんなジャンルのひとつだと思っていたんです。だけど10年研究してたどり着いた見解としては、まず、「自己啓発本」という大きなジャンルがあり、その下にいろんな本があると。
だから恋愛マニュアル本はもちろん、たとえば医学書というのも「昨日病気だった人が、明日治ればいい」というものですから、これは自己を啓発する本だと。
料理本というのも「昨日まで料理を知らなかった人が、おいしい料理を作れるようになる」。そうするとこれも自己啓発本で。
スポーツの入門書だって自己啓発本だし、受験生のための参考書も「読んだことでいい大学に入れていい暮らしができるようになる」なら、それも自己啓発本ですよね。
そう考えると、実は自己啓発本でない本を探すほうが難しいことに気がついて。
糸井
ああー。
尾崎
自己啓発本じゃない本って「明日が今日より悪くなるにはどうすればいいか」を考える本ですけど、そんなものがこの世の中にあるかというと疑問だし。もちろん哲学書も、聖書も、みんな自己啓発本だし。
だから最終的に「結局すべては自己啓発本じゃん。どうしてそれが馬鹿にされなきゃいけないの?」というところにたどり着いたんです。
(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(1)自己啓発本(JKB)はポピュラーソング。)
古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。
水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。
尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。