荒井由実「旅立つ秋」冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード(第三夜)
リレー連載【冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード】第三夜
旅立つ秋 / 荒井谷由実
作詞:荒井谷由実
作曲:荒井谷由実
編曲:松任谷正隆
発売:1974年10月5日
ユーミンの作品には、歌の中に季節感を投影した楽曲が数多くある。2007年には『SEASONS COLOURS -春夏撰曲集-』『SEASONS COLOURS -秋冬撰曲集-』という四季ごとに分けられたコンピレーションアルバムも発売されているほどで、季節感はユーミン作品の重要な要素の1つなのだ。ただ、一口に “秋の曲” といっても、夏の暑さの名残を感じさせる初秋から、冬の訪れを思わせる晩秋を扱った楽曲まで様々だ。その中から、“冬がはじまる夜に聴きたい、心温まるラブバラード" という今回のテーマには、荒井由実時代の作品「旅立つ秋」を取り上げたい。
あるラジオパーソナリティのために書かれた「旅立つ秋」
「旅立つ秋」は、1974年10月5日に発売されたセカンドアルバム『MISSLIM』に収録されている。「♪山手のドルフィン」で知られる「海を見ていた午後」や、今や国民的スタンダードとなった「やさしさに包まれたなら」など、説明不要の名曲揃いだが、アルバムの最後にひっそりと収まっている「旅立つ秋」は、あるラジオパーソナリティのために書かれた曲だった。
1970年代、民放ラジオの深夜放送は活況を呈しており、その中でも新しい音楽や日本映画、小劇団など、当時のサブカルチャーを積極的に紹介し人気を博していたのが、林美雄の『パックインミュージック』だった。林美雄はTBSの社員アナウンサーで、木曜深夜2部のパーソナリティを担当していたが、この番組でデビュー間もない荒井由実の作品がプッシュされていた。ユーミンと山崎ハコ、石川セリを3人娘的な形で推しており、まだ一般にはそこまで知られていなかったユーミンの存在を感度の高い大学生層に浸透させたのだった。
その後、林美雄の『パックインミュージック』が最終回を迎えることになり(1974年)、ユーミンが送別の思いを込めて作った曲が、この「旅立つ秋」なのである。「♪秋は木立ちをぬけて 今夜遠く旅立つ」というフレーズに、去っていく林への送別の意が込められており、「♪夜明け前に見る夢 本当になるという どんな悲しい夢でも 信じはしないけれど」といった部分にも惜別の感情が伝わってくる。ユーミンは番組終了のお別れ会でこの曲を歌ったそうだ。
サビにユーミン特有の浮遊感を漂わせるコード
ーー と、そういったエピソードを抜きにしても、「旅立つ秋」は冬の訪れを感じさせる美しい名曲だ。全体にブリティッシュ・ロックの空気感が漂い、物悲しいマイナーのメロディーだが、サビにはユーミン特有の浮遊感を漂わせるコードが用いられている。この時代のフォーク調の音楽とは一線を画したメロディーラインで、今聴いてもリリースから50年以上経過しているとは思えない、飛び抜けて洗練された感覚である。
アレンジを手掛けたのは松任谷正隆で、特に印象深いのは瀬戸龍介による12弦ギターの使用。シンプルなバックが、歌詞の世界とメロディーラインを際立たせている。瀬戸は、この『MISSLIM』にもアコースティック・ギターで参加している吉川忠英らと “THE NEW FRONTIERS” のメンバーとして渡米。グループ名を “EAST” と改名し、アメリカのキャピトル・レコードから1971年に全米デビューを飾っていた。『MISSLIM』には帰国直後の参加だったのだ。瀬戸は、1976年のアルバム『14番目の月』に収録されている荘厳なバラード、「朝陽の中で微笑んで」でも、12弦ギターの名演を披露している。
歌詞面では「♪明日霜がおりていたなら それは凍った月の涙」というユーミン特有の “見立て” が早くもなされていることが印象深い。中央高速が滑走路に見え、シャンパンの泡とダイビングをかけるなど、後に数多く登場するユーミンの作詞術の一端が、すでにこの時期に現れているのだ。
何をするでもなく、真夜中にふと窓の外を見ると、以前よりも空気が澄んで遠くの灯りまで見渡せることがある。冬の冷たい空気に押し出されるように、今年も秋が静かに去っていくのを感じる。「旅立つ秋」はそんな晩秋の1日に聴きたくなる名曲だ。