男性不妊の治療って?具体的な方法から費用や期間を【専門医が解説】
「男性不妊」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?実は、不妊の原因のおよそ半分は男性側にあるといわれています。 男性不妊の概要や割合、国内の助成の動きなどの基本知識について、不妊治療クリニック「オーク会」の男性不妊専門医が解説します。
男性不妊にはどのような治療方法があるの?
男性不妊の治療方法は、治療前に行う診察と検査によって変わります。
ここでは、主に男性不妊の原因を以下の5つに分類。
生活習慣の中で見直せること、またそれぞれの治療方法をご紹介します。
1. 精子の異常がある場合
2. ホルモン値に異常がある場合
3. 無精子症と診断された場合
4. ホルモン検査・診察で異常を認めない場合
5. その他の原因がある場合
①精子の異常がある場合
不妊に悩む男性の8割は、造精機能(精子をつくる機能)に問題があるとされています。
精子の数が少なくなり動きが悪くなる状態を「造精機能障害」といい、半数以上は原因不明です。
この原因不明の造精機能障害のことを「特発性造精機能障害」といいます。
精子異常の原因(1)不規則な日常生活・ストレス
加齢によっても、精液の量や精子濃度、運動率などの造精機能は低下しますが、造精機能障害で中等度のものは、食事や生活習慣を見直すことにより回復することが多いです。
精子の健康状態は、生活習慣に大きく影響を受けます。
仕事などの都合もあってなかなか難しいとは思いますが、疲れている方は日常生活の改善から始めることが大切です。
【医師が行う主な生活改善指導の内容】
・ 食事を改善する 規則正しく、バランスの良い食事を心がけましょう。 肉や乳製品などに多く含まれている飽和脂肪酸の摂りすぎは、精子の濃度に悪影響を与えてしまいます。 シーフード、鶏肉、ナッツ、果物や野菜に含まれている不飽和脂肪酸であるオメガ3脂肪酸の摂取には、精子形状に好影響を与えるという報告がありますよ。
・ 質の良い睡眠をとる 男性の1日の睡眠時間が6時間未満の場合、パートナーの妊娠率は43%低下し、9時間以上の場合は42%低下するといわれています。 寝不足でも寝すぎでも生殖機能に影響を及ぼすため、規則正しい生活を心がけることが大切です。
・ 運動を心がけ、座りっぱなしにならないよう注意する 肥満の男性の精子は、数・濃度・運動率が低く奇形精子が多いので、男性不妊を促進します。 また、精巣機能は体温より2〜3℃低い状態で機能するため、座りっぱなしでいると精巣温度が上昇して精子形成を妨げるため注意しましょう。
・ 下着に気を付ける 精巣を温めないように、通気性が良く、ゆったりとした下着を身に着けることをおすすめします。
・ 禁煙する 喫煙は体へ老化のストレス(酸化ストレス)をかけ、精子の数・運動率・形状に悪影響を及ぼすため、禁煙が必要です。
・ 抗酸化サプリメントを摂取する 亜鉛やコエンザイムQ10、オメガ3脂肪酸、カルニチンなどの酸化ストレスを下げるような抗酸化のサプリメントは、精子の濃度や運動率を改善することが知られています。
精子異常の原因(2)薬剤の影響
①精子の異常の原因が不明な場合
日常生活やストレスのほかに、薬剤が精子に影響を与えることも。
例えば、男性型脱毛症治療薬の「プロペシア」は、抗男性ホルモン剤であり精子形成を妨げます。
その他、精子の数や運動率以外の要因で避けなければならない薬剤もあります。皮膚科の薬である「チガソン」は精子の数や運動率に異常をきたす可能性があるため服用中は妊娠をすすめられません。
※胎児に形態的・機能的な悪影響が生じる毒性を持つこと
そのほか避けたほうが望ましいものとして、ステロイド、サラゾピリン(潰瘍性大腸炎の薬)、抗潰瘍薬、麻薬、アルコールなどが挙げられます。
精子形成には約70日必要なため、上記のような薬剤を内服している場合、治療開始のために内服終了後約3ヶ月〜半年ほどの時間が必要です。
また、体へのダメージが避けられない抗がん剤を受けられる方は、先に精子の凍結保存をすることをおすすめします。
原因不明の造精機能障害は、男性不妊症の中で最も多く、確実に妊娠を保証するような薬や手術があるわけではありません。
また、生活習慣の改善や酸化ストレスを下げるサプリメントが有効ですが、効果は限定的で妊娠につながらない可能性もあります。
男女ともに年齢が高くなるほど妊娠率は低くなるため、長期間パートナーが妊娠できていない場合はできるだけ早く受診し、積極的な不妊治療を受けることが必要です。
②ホルモン値に異常がある場合
脳の下部にある「下垂体」の不具合により、性ホルモンがうまく分泌されない場合があります。
割合としては多くありませんが、男性不妊症の原因にもなるのです。
精巣の中では、精子が作られたり男性ホルモンが分泌されたりします。
その精巣の働きをコントロールしているのが、脳の下垂体のホルモンです。
下垂体前葉からは、以下の2つのホルモンが分泌されて精巣に命令を出しています。
・LH(黄体形成ホルモン):精巣から男性ホルモン(テストステロン)を分泌する命令
・FSH(卵胞刺激ホルモン):精巣から精子を作り出す命令
これらのホルモンが不足すると、精巣の機能が低下。
男性ホルモンが低下したり、精子が作られなくなったりします。
追加検査を行い治療方法を決める▶下垂体ホルモン検査
ホルモン値に異常があるかどうかを診断するために、血液検査や精巣を刺激して、精子や男性ホルモンを作り出すホルモンやほかの下垂体ホルモンを測定します。
ほかのホルモンが低下している場合は、それらを補充するための治療も必要です。
下垂体ホルモン値(FSH、LH)と男性ホルモン値のどちらもが低い場合
テストステロンが低い値の場合、低ゴナドトロピン性性腺機能低下症と診断されます。
下垂体という脳の一部の機能が低下しているために精巣の状態が悪く、精子が形成されない状態です。
一定期間ホルモン注射をすることにより、精子の改善を認めます。
こちらは公費負担の対象です。
テストステロンが正常な場合は、副腎の異常が疑われます。
その場合は、泌尿器科での診察が必要です。
下垂体ホルモン値(FSH、LH)が高く男性ホルモン値が低い場合
精巣内の細胞の状態が悪くテストステロンが分泌されず、精子も形成されない状態です。
原因はさまざまですが、この場合、精液中に精子が存在しないか、あったとしても非常に少ないことが多いでしょう。
精液中に精子を認める場合は体外受精で顕微授精を行い、精液中に精子を認めない場合は手術で直接精巣内の精子を確認します。
病理検査も行い、精子を作る細胞があるかどうかの確認が必要です。
ほかの下垂体ホルモン値が高い場合
PRL(プロラクチン)というホルモンが多く産生されると、下垂体からのホルモン、およびテストステロンの分泌が抑制されます。
これにより、精子の質の低下や精子形成がされない状態に。
PRLが高くなるのは、下垂体腫瘍や薬の内服具合により増加することが要因とされています。
ある程度値が高い場合は、脳の検査が必要です。
③無精子症と診断された場合
無精子症とは、精液中に精子が見られない状態のこと。
精液検査で精子が確認できない場合は、無精子症の可能性があります。
100人の男性に1人の割合でいるといわれており、不妊治療中の患者では5人に1人が無精子症です。
基本的にはmicro-TESE(顕微鏡下精巣内精子採取術)を行い、精巣から精子を採取し、顕微授精を行う場合が多いでしょう。
④ホルモン検査・診察で異常を認めない場合
原因が不明な男性不妊症は少なくありません。
医学的根拠は高くありませんが、少しでも精子の状態を改善するために、補助的に内服薬が使用されます。
根本的治療や対症療法と併用することが推奨され、薬物療法には漢方、ビタミン剤、ホルモン剤などが使用されます。
薬物による治療
精子の異常である乏精子症や精子無力症については、現段階ではっきり治療効果が確認されているものはありません。
しかし、中等度(基準値の半分程度)の異常に対しては、内服により精液所見が改善される方がいます。
クリニックによって異なりますが、一例ではクリニックにて漢方を処方し、それ以外の栄養補助食品は薬局で購入してもらう場合も。
【服用薬物例】
乏精子症の場合: 八味地黄丸、ビタミンB12(1500〜3000μg/日)など
精子無力症の場合: 補中益気湯、カリクレイン(60〜600単位/日)など
そのほか、精子にダメージを与える活性酸素を抑える目的で、ビタミンE、ビタミンC、コエンザイムQ10、グルタチオンが使われることも。
DNA合成に使われるビタミンB12、葉酸(フォリアミン)も、精子濃度の改善が期待できるとされています。
漢方薬では、牛車腎気丸、柴胡加竜骨牡蛎湯などもありますよ。
精索静脈瘤を認める場合
精索静脈瘤とは、精巣から心臓へ血液を戻す「精索静脈」という血管にある、血液を正確に心臓まで届ける役割をする「弁」が何かしらの原因で機能しなくなってしまうことで、血液が逆流しうっ滞している状態です。
精巣付近で温かい血液がとどまってしまうと、精子は高温に弱いため、精子をつくる機能の低下や精子の質の低下を引き起こし、不妊の原因に。
精索静脈瘤は一般男性の約10〜20%に認められ、男性不妊症の原因の約40%を占めるといわれています。
【精索静脈瘤の症状】
一般的に無症状なことが多く、まれに痛みや不快感が生じることがあります。
約80%が左の睾丸(精巣)に認められ、睾丸の頭側に弾力のある索状物が確認できるものです。
症状がきつくなれば、血管の怒張を視診で確認できます。
【精索静脈瘤の治療】
痛み、不快感などの症状がなく、精液所見が基準値であれば手術の必要はありません。
パートナーの年齢にもよりますが、不妊治療を急ぐ必要がなければ手術を検討してもよいかもしれません。
手術方法は、精索静脈を結紮(縛って結ぶこと)するか、もしくは切断して逆流を防止します。
約50%〜70%の方で、術後3ヶ月から半年で精液所見が改善。
改善しない方についても、術後DNA損傷を受けた精子の数が少なくなることが近年の研究で明らかになっています。
⑤その他の原因がある場合
上記以外にも、精液所見に異常はないものの精子が配偶者の生殖器管に到達できない場合や、勃起障害などの性交障害や射精障害、性欲障害などの原因が考えられます。
クリニックによって治療方法は異なりますが、主にカウンセリングや薬物療法、人工授精、体外受精など、個々のケースに応じた診療が実施されていますよ。
詳しい方法を知りたい方は、男性不妊の治療を行っているクリニックのHPを確認、または問い合わせてみてください。
治療にかかる費用はどのくらい?
各治療にはどのくらいの費用がかかるのか、医療法人オーク会で検査をしたケースでお伝えします。
・薬物治療:クロミッド※25日分処方の場合 約¥1,000
・精索静脈瘤の治療:顕微鏡下精索静脈瘤手術 約¥40,000
・下垂体ホルモン検査:血液検査 約¥2,200
・無精子症の場合のmicro-TESE(顕微鏡下精巣内精子採取術):約¥79,000
※男性不妊では一般的に使用される薬剤です。乏精子症の方の精液所見の改善に効果的です。
費用はクリニックごとに異なります。
また、精索静脈瘤の治療やMD-TESE(顕微鏡下精巣内精子採取術)については、2022年4月から始まった不妊治療の保険適用に該当する治療となるため、助成対象の条件をクリアしていれば3割負担で治療を受けられますよ。
詳しくは、不妊治療クリニックの医師に相談してみてください。
治療の痛みはどのくらい?
痛みがあるかどうかは、治療を受けるときに気になるところですよね。
男性不妊治療の場合、手術を行う際には術後に多少の痛みが伴うもの。
しかし、先ほどご紹介したように、治療方法は手術以外にもさまざまあります。
基本的に大きな痛みを伴う治療はありませんので、安心してください。
まずは症状ごとの治療の手順を知って治療計画を立ててみよう
治療方法について細かく紹介しました。男性不妊の治療はほかの病気の治療と同じように、検査結果や症状に合わせてさまざまです。
検査や治療を検討している方は、ぜひこの記事を参考に、ご自身、またはパートナーにはどのような治療が適しているのかを考えてみてください。ただ、自己判断はせずあくまでも指標として活用いただき、実際の治療については医師に相談してくださいね。
「今すぐ妊娠を望んでいないけれどいつかは子どもが欲しい」という方でも、生活習慣の改善など今から意識できることがあります。一つでも良いので、ぜひ取り入れてみてください。
監修者
◆山﨑一恭(やまざきかずみつ)
日本泌尿器科学会認定泌尿器科指導医・専門医、日本生殖医療学会生殖医療指導医・専門医
筑波大学医学専門学群卒業後、筑波大学附属病院、国際医療福祉大学病院、茨城西南医療センターなどを経て筑波学園病院泌尿器科にて泌尿器・男性不妊の専門医として勤務。2015年、同院にて一般泌尿器科外来とは別に男性不妊専門外来の設置に寄与。2022年よりオーク会にて男性不妊外来・手術の非常勤医師として勤務。