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ぶっちゃけ下積みって必要ですか? 「修行0秒」で繁盛店を作り上げた蛎田一博さんに聞く

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「飯炊き3年、握り8年」と言われるほど、開業にあたって長期間の下積みが必要とされてきた寿司職人の世界。

しかし近年、そんな下積みのプロセスを経ることなく開業し、成功を収めるお店が増えつつあります。蛎田一博さんが営む「有楽町かきだ」(東京都渋谷区)もその1つ。

蛎田さんは証券会社や人材会社などを経て25歳で起業。2つの企業の社長業をこなしながら、32歳で同店をオープンさせました。飲食業のバックグラウンドはなく、店舗開業までは社員に自家製の海鮮丼を振る舞うくらいしかやってこなかった、と言う蛎田さんですが、ネタの仕入れや握りまでを自らこなす働きぶりで、お店を繁盛店に育て上げました。

「修行0秒」で繁盛店を作り上げた、と語られることも多い蛎田さんに、今回は下積みに対する考えをお聞きしました。

インタビューを通じて見えてきたのは、蛎田さんの豪放磊落なキャラクター、そして業種や職種を問わない「成果を出す」ための思考法でした。

蛎田一博(かきだ・かずひろ)さん。1990年、広島県生まれ。大学卒業後、証券会社、人材会社を経て、25歳で株式会社ユニポテンシャルを起業。同社の代表取締役をしながら32歳で「有楽町かきだ」をオープンさせる。著書に『何者かになるための継続力 修業ゼロで予約困難店を作った寿司屋大将の思考法』(KADOKAWA)。

仕事が好きじゃなくてもいいし、目標なんて達成しなくてもいい

──有楽町かきだは2022年に8席のお店としてスタートし、「おかわり自由」などのスタイルが大きな反響を集め、2023年には増床移転を果たしています。飲食業の経験がまったくないなかでお店を始め、成功させるのは並大抵のことではないと思います。開業にあたって不安はなかったのでしょうか。

蛎田一博さん(以下、蛎田):まったくなかったですね。身も蓋もない話ですが、お店を始めた時点で人材紹介と電気通信工事の会社を7年ほど経営していて、資金がある程度ありました。なので、失敗しても大丈夫だと思っていました。要は、お店の売上がゼロでも問題なかったんです。ゴルフを始めるのにゴルフクラブを数万円で買う。僕にとって、お店を始めるとはそういう「趣味の感覚」でした。

あえて成功要因を挙げるなら、そんな「失敗しても大丈夫な状態」を作れたことかもしれません。無理してギリギリでやっている飲食店って、そういう空気がお客さんに伝わってしまうし、どこかでしわ寄せが来てしまいますから。

──つまり、何かを始めるときは、始める前に“失敗しても大丈夫な状態≒余裕で戦える状態”を作っておくことが大事だと。

蛎田:はい。会社員の仕事も同じかもしれません。大切なのはゴールを把握し、そこへ「最小の努力」で到達すること。特に僕は根が怠け者なので、いかにラクをして成果を出せるかばかり考えているんです。

思えば、会社員の頃は残業をしたことがありませんでした。残業なんてしなくても、なんなら営業をサボって遊びに行っても、人よりはるかに売っていたからです。

定時きっかりで帰って、合コンへ行っていただけなのですが……。

まぁ、それは置いておいたとしても、単純に仕事が好きじゃなかったんです(笑)。だって、経営者と違って、人の3倍売っても給料が3倍になるわけじゃないでしょう?

──(笑)。とはいえ、誰もが蛎田さんのように最小の努力で成果が出せるわけではありませんよね。ラクをして成果を出すために、何を心掛けていたのでしょう?

蛎田:自分の目標や到達しなければならないゴールへ到達するために、まずは自分でコントロールできないことと自分でコントロールできることに分けるんです。で、前者を無視して後者だけを考える

仮に、月の営業目標が1000万円だったとしましょう。外部要因も多いので、その数字を自分の努力だけでコントロールするのは難しいですよね。だったら「1000万円達成しよう」なんてハナから考えなくていい。

一方で、1000万円に到達するために必要不可欠なアクションを、自分がコントロールできる粒度まで分解する。例えば「1日100件電話する」というアクションまで落とせたら、そこにリソースを集中させる。100件電話するのにかかる時間を短縮して、より多く電話できるようにする。そうすれば、いつの間にか目標も達成できているんです。

目標達成なんて考えなくていい。自分がコントロールできるアクションがやれているか、やれていないかだけを考えればいい。そう思うと、気楽に仕事ができますよ。

当たり前のことなのかもしれませんが、ただ頑張るのではなく、自分に課せられた目標や課題を明確に把握してから頑張るのが重要です。

「修行0秒」でお店を始めた。それでも「下積みは必要」と考える理由

──今回のテーマは「下積み」ですが、下積みといえば理不尽な仕事を強いられるイメージも根強く、「無駄な努力」と考える人もいるのではないか、と思います。特にお寿司屋さんの世界は「飯炊き3年、握り8年」とも言われ、一人前として独立するまでに非常に長期間の下積みが必要とされていますよね。蛎田さんは、YouTubeで寿司の握り方を覚えて「修行0秒」でお店を始めています。やはり「下積みは不要」と考えているのでしょうか?

蛎田:結論から言うと、ある特定のお寿司屋さんを開くうえで下積みは必要だと思っています。ただ、僕にとっては必要なかった、というだけで。

──なるほど……? ここまでのお話を聞く限り、少し意外なご回答でした。

蛎田:なぜ僕がある種の下積みを必要だと考えているのか。その話をする前に、まずは下積みの方向性を2つ紹介しましょう。

1つ目は、魚をきれいにさばく、ネタの仕込みをする、握るといった「技術の下積み」です。お客さんに出せるレベルに到達するには、たしかに訓練が必要です。ただそれが10年かかるかというと、正直そこまではかからないと感じます。

もちろん、日本のトップを目指すなら10年どころか、もっと長い期間修行しても到達するのは難しいと思いますよ。でも、例えば魚をきれいに三枚に下ろすくらいなら、早い人なら1週間もあればできるようになりますし、その他の技術もコツさえ覚えれば数か月〜1年ほどで習得できるはずです。

──実際、短期間で技術を習得した人がカジュアルな価格帯のお寿司屋さんを始めるケースも最近は増えていますよね。

蛎田:一方で、お客さんから3万円や5万円の料金をいただくには、単に魚がさばけて寿司を握れたらいい、というわけではありません。これがもう1つの、「世界観やストーリーを身に付けるための下積み」で、僕が必要だと思うのはこっちです。

例えば、いくら技術があってもお店に入ったばかりの新人に5万円を出せるか。おそらく難しいですよね。なぜ難しいのか。新人にはストーリーや世界観が備わってないからです。僕の経験上、高級店のお客さんの多くは、技術というよりもその店の世界観やストーリーにお金を出しているように感じます。

高校を卒業して有名なお店に入る。頭を丸めて、寒い早朝から氷水に手を浸して魚の鱗を取る日々。お店に入って1年くらいは先輩が魚をさばくのを見るだけで、厨房に立たせてもらうことすらできず、ひたすら接客や掃除をする。そうやって何年も下積みして、人間性を磨いていく——。

たしかに、「技術を身に付ける」という観点では無意味かもしれません。でも、そうやって人間性を磨き、少しずつ一人前の寿司職人に成長していくというプロセスは、ストーリーや世界観に価値が見出される世界において、とても有意義ですよね。

だからこそ、新人が大将とまったく同じシャリとネタで寿司を握ったとしても、5万円は取れないんです。もちろん、新人と大将では技術の違いもありますが、正直なところ大きな差がないケースもあります。それでも、提供価格に大きな差が生まれるのは、高級店の価値はネタとシャリと技術だけで決まるわけではないからでしょう。

下積みするかしないか、すべては「ゴール」次第

──つまり、一見すると無駄に思える下積みも、高級店の世界では意味があると。

蛎田:そうです。そこまでやって、有名店からのれん分けしてもらえたり、「◯◯出身」の肩書きで独立できたりする。それが5万円をいただけるほどのブランドの一部を形づくります。

ブランドは、会社を起業するうえでも大きな価値を持ちます。会計の世界でも「のれん」(※)という概念がありますしね。

※……ある企業が他の企業を買収したときに、その買収価格が買収対象となった企業の純資産を上回る場合に発生する差額。主にブランド力や顧客基盤など、目に見えない無形資産の価値として計上される。

──ということは、蛎田さんが「下積みは必要ない」と判断したのは、開業にあたってそもそも高級店を目指していなかったからなのでしょうか?

蛎田:おっしゃる通りです。僕は比較的カジュアルなお寿司屋さんがやりたかったので、下積みで培われる世界観やストーリーは不要だと思っていました。

その代わり、ネタのクオリティにはこだわりました。あまり高いお寿司を食べたことのないお客さんに、「この値段でこんなにおいしいなら高級店のお寿司はもっとおいしいのかも?」と興味を持ってもらえるお店にしたかったからです。だから価格帯も、回転寿司と高級店の間を狙って、1万2000円〜1万5000円で設定しました。

この価格帯なら下積みナシでもお客さんに許されると思っていましたし、実際に許されているからお客さんもたくさんいらっしゃっています。

──飲食業界だと下積みの経験がないことを引け目に感じる人も多いのかもしれませんが、蛎田さんはむしろそれをアピールポイントにしているところが面白いですね。

蛎田:「100件の電話」のところでも少し話しましたが、大切なのは下積みをするかしないかではなく、ゴール設定ですよね。僕の場合は、やりたいお店が明確でしたしプライドもないので。お客さんに「このウニは1ケースいくらで仕入れたんですよ」って正直に教えているくらいですから(笑)。

《画像:取材当日も入荷したばかりの本鮪の各部位について、丁寧に説明してくれた》

会社員や経営者としての「下積み」が役立った

──飲食業界での下積みはしなかった蛎田さんですが、これまでにやってきたことでお店の開業や運営に役立ったことはありますか?

蛎田:それこそ、営業としての経験じゃないですかね。先ほどネタの話も出ましたが、市場に通って仲卸業者さんと仲良くなるうえでも「まずは相手のメリットを考える」という営業視点が役立ちました。要は「いいお客さん」であろうとする姿勢です。

僕は市場に毎日足を運び、業者さんに笑顔で挨拶して、値引き交渉はせず、言い値で魚をたくさん買います。業者さんからすると、たまにやってきて値引き交渉をした挙げ句にちょっとだけしか買わないお客さんよりも、そういうお客さんにこそ「いい魚を売りたい」と思うはずですよね。

もちろん、予算オーバーで買えないこともありますが、そういうときは「すみません、予算がなくて今日はやめておきます」と正直に言えばいいんです。

──いいお客さんであることで、相手といい関係が築けて、結果としていい取引ができる。正攻法かつシンプルですね。

蛎田:はい。それに、営業かどうかを問わず、スキルや実績のある人ほど周囲の人といい関係を築こうと努める傾向にあると感じます。実際、腕のいい職人ほど、うちの店に来たら皿洗いを率先してやりますしね。

──納得感があります。そう考えると、蛎田さんはお店を始める前に、会社員や経営者としての「下積み」をしていたと言えるのかもしれませんね?

蛎田:たしかに、社会人としての下積みは会社員時代はもちろん、会社を経営するようになってからも散々やってきました。なんならお寿司屋さんの下積みより、社会に揉まれてきた、という自負はあります。

「修行0秒」で開業しましたが、実際には(会社員や経営者として)10年間の下積みをしてきた、と言えるのかもしれませんね。


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( https://tenshoku.mynavi.jp/content/declaration/?src=mtc )

取材・文:山田井ユウキ
写真:曽我美芽
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職

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