大橋純子の最新ベスト「1988-2024」世界的に注目されているシティポップの本質がここに!
アーティストとして健在であることをアピールした「愛は時を越えて」
1984年にフィリップス・レコードから離れた大橋純子は一時活動を停止し、シンガーとしてのスキルアップのために渡米した。そして帰国後の1988年からEPIC RECORDSで作品を発表していくが、90年代に入ってVAPに移籍する。そして、VAPでの最初のシングル「愛は時を越えて」(1992年)のヒットにより、アーティストとして健在であることを強くアピールした。
『THE BEST OF 大橋純子 1988-2024』はDISC1で「愛は時を越えて」以降のシングルを中心に大橋純子の円熟期を物語る楽曲を紹介するとともに、DISC2にはEPIC RECORDS時代の楽曲、そして彼女の故郷である夕張市を支援するチャリティのために制作され、『Terra』シリーズとして発表されたカバーアルバムからセレクトした楽曲が収められている。
「愛は時を越えて」はテレビドラマ『外科医・有森冴子Ⅱ』の主題歌ということもあり、作詞:芹沢類、作曲:織田哲郎が手掛けているが、この最新ベストアルバムに収められているオリジナル曲のほとんどの作曲を、公私ともに大橋純子のパートナーである佐藤健が手掛けている。それだけにベストアルバムにもかかわらず、トータルなアルバムとしての完成度も感じられる選曲になっている。
その意味では、シンガーとしての大橋純子が形成されていくドキュメントとしての意味を持っていた『THE BEST OF 大橋純子 1974-1984』に対して、こちらはまさに日本のアダルティ・ポップシンガーの代表である大橋純子の歌の神髄を堪能するとともに、シンガーとしてのクオリティ、そしてキャパシティの広さを味わえるアルバムだろう。
大橋純子が体現しているシティポップの本質
DISC1に収められている楽曲から感じられる安定感は、大橋純子の歌唱だけでなくサウンドからも感じられる。フィリップス時代の楽曲ではある意味せめぎ合っているようにも感じられた洋楽的テイストと歌謡曲的世俗性が、ナチュラルに融合してマイルドな聴きやすいサウンドへと昇華していると感じられるのだ。
それぞれの楽曲にはソウルやラテン、ジャズなど多彩な音楽性へのこだわりが感じられる。しかし、そうしたサウンドエッセンスを過剰に主張するのではなく、ヴォーカルを中心とした楽曲の世界がカラフルに彩られている。それは、まさに洋楽のエッセンスを日本的感性で咀嚼してオリジナリティへと昇華させていくという、日本のポップスの歴史的な成熟の在り方の典型なのかもしれない。
もっと言えば、いま世界的に注目されているシティポップの本質こそ、この洋楽のエッセンスを日本的感性で昇華してオリジナルな世界に結晶させるという、大橋純子が体現しているプロダクトの姿勢にあるのだ。だから、洋楽と歌謡曲の間で格闘しながら、日本のリスナーの嗜好にフィットする絶妙なバランスを探り当て、そこからオリジナリティを持った作品世界を成立させてきた大橋純子が、日本のシティポップを代表するアーティストのひとりとして評価されるのも当然だと思う。
杉山清貴、中西圭三とのデュエットも収録
『THE BEST OF 大橋純子 1974-1984』にはもんたよしのりとのデュエット曲「夏女ソニア」と「恋はマジック」が収められていたが、『THE BEST OF 大橋純子 1988-2024』にも2曲のデュエット曲が納められている。杉山清貴との「LOVERS LUCK(Single Version)」(1997年)と、中西圭三との「あの頃のように」(2004年)だ。
「LOVERS LUCK(Single Version)」は杉山清貴が所属していたワーナーミュージック・ジャパンと大橋純子が所属していたVAPの両方で同時にシングル盤として発売されているが、杉山清貴盤のカップリング曲として「LOVERS LUCK(English Version)」と大橋純子の「ウィークエンドはブルー」、大橋純子盤のカップリング曲には「LOVERS LUCK(English Version)」と杉山清貴の「Horizon dream(symbiosis)」が収録されていた。一方、中西圭三とのデュエット曲「あの頃のように」は、大橋純子の最後のオリジナルアルバムとなった『trinta』(2004年)に収められていたものだ。
DISC2には、VAPに移籍する前に所属していたEPIC RECORDSから発表した3枚のアルバム『DEF』(1988年)、『QUESTION』(1988年)、『Pagoda』(1990年)からそれぞれ2曲が収録されている。これらの楽曲からは、この時期に渡米していた大橋純子が現地で接した音楽のインパクトが、この3枚のアルバムにストレートに反映されていることが感じられる。当時のアメリカのコンテンポラリー・シーンで一世を風靡していたデジタルビートを積極的に取り入れたり、前衛的な作品構成を試みるなど、実験的アプローチが随所にみられる作品になっているのだ。
EPIC RECORDSから発表された作品群も、ある意味で “美乃家セントラル・ステイション” 時代に匹敵する大橋純子の挑戦的スピリットを象徴するものだ。そして、こうした冒険を踏まえていたからこそ、大橋純子の成熟したポップス世界がどれだけ世俗的なアプローチをしても、決して薄っぺらなものにはならないのだ。
大橋純子とほぼ同世代のビッグアーティストの楽曲がセレクト
さらにDISC2には、カバーアルバム『Terra』(2007年)、『TERRA 2』(2009年)、『Terra3~歌は時を越えて~』(2019年)からセレクトされた9曲のカバー曲も収録されている。『Terra』から選曲された中島みゆき「時代」、安全地帯「恋の予感」、DREAMS COME TRUE「未来予想図Ⅱ」は、ともに同じ北海道出身のアーティストの楽曲という共通点がある。『TERRA 2』からは山下達郎「RIDE ON TIME」、荒井由実「あの日にかえりたい」、サザンオールスターズ「真夏の果実」と、大橋純子とほぼ同世代のビッグアーティストの楽曲がセレクトされている。
さらに『Terra3~歌は時を越えて~』からは水原弘「黄昏のビギン」(1959年)、長谷川きよし「別れのサンバ」(1969年)、そしてオリジナル・ラブ「接吻」(1993年)と、まさに “時を越えて” 聴き続けられるべき日本のポップスの名曲が選曲されている。
これらの楽曲を大橋純子がどう解釈してどう表現しているのかも『THE BEST OF 大橋純子 1988-2024』の聴きどころのひとつだろう。
VAPからのデビュー曲である「愛は時を越えて」でスタートした『THE BEST OF 大橋純子 1988-2024』のラストを飾るのも、同じ「愛は時を越えて」だ。しかし、こちらは2019年のアルバム『Terra3』に収録されていたバージョン。大橋純子が最後にレコーディングしたテイクとなっている。
大橋純子の歌手としての50年の足跡を集大成した『THE BEST OF 大橋純子 1974-1984』、そして『THE BEST OF 大橋純子 1988-2024』は、彼女のアーティストとしてのドキュメントであると同時に、世界で脚光を浴びている日本のシティポップの本質を知るための大いなるヒントとなる貴重な資料でもある。