笑う子も泣き出す超ド変態!勧誘女子にマウント取りまくり?『異端者の家』が示すホラーの新たなアイデア
ロマコメの帝王→遅れてきた名悪役
あのヒュー・グラントが、ついに“悪役として主演”する映画がA24制作の『異端者の家』だ。たったこれだけの情報でも「鑑賞決定!」な映画ファンは少なくないだろう。なにしろグラントはハリウッドのロマコメ界でもっとも成功したイギリス俳優の一人だから、色んな意味で本作のキャスティングが公表されたときの衝撃は大きかった。
ご存知の通り、近年のグラントのキャリアは“悪人寄り”になってきている。『パディントン2』(2017年)や『オペレーション・フォーチュン』(2023年)、『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』(2023年)など、ひとクセある悪役や犯罪者役は、グラントのいかにも英国的なピリリとウィットな(※周囲のことに興味なさげな)性格にぴったりハマっていた。
そして『異端者の家』でのグラントは、そのキャリアの“正解”にたどり着いたようにすら見える。ロマコメ期に鬱憤があったとは思わないが、彼自身の“不機嫌”とか“神経質”といったイメージが良い意味で最大限発揮されたとも言えるだろう。とにかく本作を観れば、グラントの怪しい存在感に恐怖し、うっとり見惚れてしてしまう。
迷える2人のシスターを襲う“恐怖”とは
急な土砂降りの中、郊外の一軒家に布教に訪れた末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)のシスター・パクストンとシスター・バーンズ。出迎えた中年男性はリードと名乗り、ひとまず中に入らないかと誘う。「妻がいる」と言うから戒律的にも問題ないし、物腰は柔らかく興味津々で話を聞いてくれる。しかも、すでにモルモン書を読み込んでいるようだ。これは手応えアリか?
――モルモン教といえばコロナ禍以降は少なくなった気がするが、ワイシャツとネクタイにヘルメット姿で自転車に乗っている(なぜかいつも)2人組をよく街で見かけた、あるいは話しかけられたという経験はないだろうか。かれらは布教のため来日したわけだが総じてグイグイ勧誘するようなことはなく、新興宗教に対してなんとなく不信感を抱いていると、そのカラッとした爽やかさに不思議な感覚を覚えたりしたものだ。
本作のパクストンとバーンズも人当たりがよく、ややぎこちないが強引に勧誘するようなことはしない。が、青春まっさかりの年頃ゆえか教義に対してモヤッとしたものを抱えてもいる様子。そんな2人が出会ったミスター・リードは紳士的ではあるものの、言葉の端々に“さぐり”を入れるような攻撃性があり、その鋭さに居心地の悪さを感じはじめる。
宗教マウントおじさんか、凶悪な社会病質者か
3者(2対1)のやり取りは次第に激しさを増し、ついにリードが牙を剥きはじめる。冒頭はまさに“つばぜり合い”な宗教・哲学議論が繰り広げられるが、ヒュー・グラントの可笑しみすら搭載した怪しさ、今にも“爆弾”を落とすのではないかという緊張感、どちらかが“ファイナル・ガール”になるのだろうソフィー・サッチャーとクロエ・イーストの微妙な凸凹感の醸し出す危うさ……そうしたすべてが調和して、ゾワゾワとしたスリルがじんわりと足元から昇ってくる。
シチュエーション的には『ソウ』や『CUBE』のような密室だが、黒幕が早々に姿を表して講釈を垂れまくるバージョンとでも例えたらいいだろうか。基本は会話劇ながら、人畜無害な仮面を被った超ヤバいおっさんに監禁されるという、どんなスリラーやホラーよりも“リアル(有り得そう)”な設定。さらにシスターたちの身体に表れる“緊張のサイン”にクローズアップし、観客もつられてゴクリと息を呑む。
若き才能に注目! サッチャー&イーストの儚くも力強い存在感
スリラーとしてはやや地味な序盤の展開をガマンと感じる観客もいるかもしれないが、シスターたちが“ある選択”を迫られてからは、ショッキングなホラー描写がバシバシ投下され、これはちょっとどうしたものかと慌ててしまうほど面白くなっていく。アンチ宗教説教、あるいは変態オヤジの理詰めマウントとして始まりながら、いったい何が目的なのか? これから何が起こるのか? と心臓は常にバクバク。しかし分かりやすいジャンプスケアな描写はなく、恐怖に備えて脳味噌もフル回転せざるをえない。
本作を“挑戦的”と捉える人も少なくいないと思うが、じつはアンチ宗教な視点はそれほど感じない。それはヒュー・グラントの怪演、そして彼を喰いかねないほどのソフィー・サッチャーとクロエ・イーストの存在感が観客を釘付けにし、新鮮なアイデア~展開によってジャンル映画として抜群の面白さを提供してくれるから。正直、信仰が求める意味での“救い”は与えられないかもしれないが、それも含めて個々人の“選択”であるのならば、迷わず映画館へ行くべき傑作だ。
『異端者の家』は4月25日(金)より全国公開中