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一人の男が村人を救った「稲むらの火」。和歌山県広川町「百年の安堵」の町を歩く

さんたつ

濱口家住宅 (1)

安政元年(1854)の大地震で津波に襲われた小さな村。そのとき、一人の男が村人の命を救った物語が『稲むらの火』だ。史実の舞台・和歌山県広川町(ひろがわちょう)を訪ね、町に息づく防災文化や、文化財を再生して生かす知恵にふれてみよう。

津波から村人を救った偉人・濱口梧陵とは何者か?

濱口梧陵(はまぐちごりょう/1820~1885)は物語『稲むらの火』や、小泉八雲の『A Living God(生き神様)』のモデル。『稲むらの火の館』入口に銅像が。

国連制定の「世界津波の日」、日本で「津波防災の日」となっている11月5日は、安政元年(1854)に安政南海地震が発生した日。巨大地震のあと、中部地方から九州にかけ、大きな津波が襲来した。

『稲むらの火』は、このときに紀州の広村(現・広川町)で起こった出来事をもとに生まれた物語だ。物語では“庄屋の五兵衛”が村人に避難を呼びかけるが、史実の名は濱口梧陵(はまぐちごりょう)。広村で生まれ、千葉の銚子の本家(現在のヤマサ醤油)7代目当主を継いだ。地震発生時は広村に滞在中だったという。

地震は夕方に起こり、津波の到来は夜のこと。梧陵は暗闇の中で逃げ道がわからない村人のため、稲むら(藁を積み重ねたもの)に火を放ち、高台にある廣(ひろ)八幡宮まで誘導。多くの村人の命が救われたという。

梧陵の足跡を知るなら『稲むらの火の館』

いまも広川町で“梧陵さん”と慕われている偉人の足跡は、『稲むらの火の館』で知ることができる。梧陵の生家は『濱口梧陵記念館』として公開されており、生い立ちから晩年までの数々の資料を展示。梧陵が愛した美しい庭園も必見だ。

『濱口梧陵記念館』。梧陵はこの地で生まれ、12歳の時に銚子の本家の養子に入った。

『濱口梧陵記念館』に隣接して建てられ、廊下で直結しているのが、『津波防災教育センター』だ。ここでは安政の津波の史実や『稲むらの火』のストーリーが紹介されており、3D映像シアターでの津波体験などを通じて、防災を身近なものと体感しながら学ぶことができる。

安政南海地震では梧陵のリーダーシップで多くの命が救われたが、村には津波の爪痕が残った。そこで梧陵は私財を投じて高さ5m×長さ600メートルの堤防を築き、村人に賃金を支給するなど復興に尽力。「築堤(ちくてい)の工を起して住民百世(ひゃくせい)の安堵を図る」という言葉を残した。

梧陵を先駆者として、100年先を見据えた防災意識が息づく広川町の防災遺産と文化は、日本遺産「百年の安堵」に認定されている。

『津波防災教育センター』では、津波シミュレーションや3D映像などで自然の脅威を体感できる。

『稲むらの火の館(濱口梧陵記念館・津波防災教育センター)』
☎0737-64-1760
10:00~17:00(入館は~16:00)、月(祝の場合は翌平日)休(世界津波の日〈11月5日〉は開館)
500円(濱口梧陵記念館は無料、6月15日と11月5日は入館無料)
和歌山県広川町広67
JR紀勢本線湯浅駅から徒歩15分

町自慢の農産物や加工品、お土産ならココ! 物産販売&飲食施設『道あかり』

2021年にオープン。散策の立ち寄りにも最適な町の観光拠点だ。

『稲むらの火の館』の向かいにある『道あかり』も、ぜひ立ち寄りたい場所だ。地元の方にも人気の販売所で、町内で採れた新鮮な野菜や果物、広川町特産の「稲むら味噌」などの加工品などが並ぶ。

お土産におすすめなのが、和歌山県立箕島高校の生徒と共同開発した「稲むら最中(もなか)」。特産の「稲むらの塩」を使用して甘さ引き立つ塩味と「有田みかん」のさわやかな風味のみかん味、2種類の餡(あん)が絶品だ。

2階は地域の愛情あふれるレストラン。地元産のしらすや梅干、味噌など、広川町ならではの食材を使い、レシピを公募して生まれた定食や丼が味わえる。

店内には有田みかんなど特産品がそろう。

『道あかり』
☎0737-22-3101
9:30~17:00(ランチ営業11:00~14:00)、月(祝日の場合は翌平日)休(世界津波の日〈11月5日〉は営業)
和歌山県広川町広526
JR紀勢本線湯浅駅から徒歩15分

一流シェフのディナーが味わえて、宿泊も可能! 国の登録有形文化財のお宿『いさり』&『潮香』

網を製造していた旧戸田家住宅。主屋(手前)は宿泊施設、網工場(左)はレストランとなった。

梧陵が築いた堤防は約90年後の昭和21年(1946)に起きた、昭和南海地震の津波から町を守った。堤防の近くには、いまも伝統的な町並みやむかしの家屋が点在する。

製網(せいもう)業を営んでいた旧戸田家住宅もその一つ。大正~昭和初期に建てられた主屋と離れ、網工場、蔵などが残り、国の登録有形文化財に登録されている。

そんな文化財建築を保存・活用するために近年改修工事が行われ、2024年9月、オーベルジュ(宿泊機能を有する飲食施設)として再生。佇まいはむかしのままに、主屋と離れは古民家ホテル『いさり』、網工場はレストラン『潮香(しおか)』として生まれ変わった。

『いさり』の101号室はかつて客人をもてなすために使われていたという格式高い部屋。

レストラン『潮香』では、フレンチのランチコースとディナーコースが味わえる。6年半フランスで修業を重ねた金丸涼シェフが提供する料理は、固定概念にとらわれることなく、和の文化なども取り入れたものになっている。例えば、醬油発祥の地らしく麴(こうじ)を使用したメニューも。

ランチは全5皿、ディナーは全8皿で、ゆっくりひと皿ずつ提供されるため、肩肘張らずに楽しめるのもうれしい。戸田家が所蔵していた和食器も使われ、宿泊なしでも利用できる(完全予約制)。

ディナーコースのメインのひと皿(熊野牛)。メインの肉料理と魚介料理に、アペリティフ、スープ、パン。食後は別室でデザートと小菓子が付く。
「地元広川や有田の食材・素材を使ったフレンチを気軽に楽しんでください」と金丸涼シェフ。

古民家ホテル『いさり』・レストラン カフェ『潮香』
☎0737-63-1920
ランチ11:30~13:30、ディナー18:00~20:00 (ともに完全予約制)、火・水休
和歌山県広川町広1347
JR紀勢本線湯浅駅から徒歩15分

ちょっと足を延ばして……ヘルシーランチが評判の隠れ家ランチ『munini』

海岸から高台に登った緑の中に、隠れ家のように佇む。

遠浅のビーチが広がる西広海岸からしばらく北に行くと、「munini (ムニニ)もうちょっと」という手作りの看板が。みかん畑の坂道の先に佇むのは、まるでアニメの世界に登場しそうな小さなお店『munini』だ。

お客さんはほぼ県内から、という知る人ぞ知るこのお店。ランチメニューは日替わりのワンプレートのみで、メインのおかずを2種類から一つ選べる。プレートの上には、白あえや煮物など、地元で採れた野菜をふんだんに使った10種類以上の副菜が。季節や収穫次第で内容は変わるそう。

ご飯は健康に配慮した有機三分米と雑穀米のブレンド。こだわりの味噌汁は、店主の友人から仕入れた白味噌をベースにした自家製ブレンドで、大きめにカットした具がごろごろと入る。

ランチプレート。副菜は共通で、この日のメインは「きのこのお豆腐グラタン」または「チキンカツの特製みそ添え」。+400円でダブル(どちらも)も可。
当日のメニューは手書きの黒板に。メインも盛りだくさんの副菜も仕入れや収穫次第で変わる。

食事もデザートも砂糖を一切使わず、麴や発酵調味料で甘みを引き出しているという。食の安心へのこだわり満載で体にやさしいヘルシーランチを、海を見おろす隠れ家で。ちょっと足をのばして味わえるゆったり時間が、広川町にある。

木のぬくもりを感じる店内。店主の父親が遺してくれた建物を改装した。店名は父の誕生日(6月22日)から。

『munini』
☎070-7589-3561
11:00~17:00(ランチは~14:00)、水~金休
和歌山県広川町西広1288
JR紀勢本線広川ビーチ駅から車5分

文=湯浅雅晴

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