「こども基本法」制定間近!すべての大人が知っておくべき子どもの権利とは?
教育学者・日本大学文理学部教育学科教授の末冨芳氏による【「こども基本法」と「子どもの権利」】第1回。子どもの権利を大切にする子育てとは?
2023年4月、子ども政策の司令塔になる「こども家庭庁」が発足予定です。同時に子どもの権利を包括的に守る「こども基本法」制定の動きも進んでいます。「こども基本法」で守られる子どもの権利とはどんなもので、子ども&親にとってどんな意味をもたらすのでしょうか。
自身も子どもの権利を重視した子育てを実践しているという教育学者で日本大学教授の末冨芳(すえとみかおり)先生に教わりました。
「こども基本法」で子どもの権利が育まれる
次のページへ > 2022年、日本ではじめて、子どもの権利を大切にしようという法律、「こども基本法」が国会で成立します。
子どもの権利とは、簡単にいうと、成長途上にあり弱い存在でもある子どもたちが安心して成長するために、国や大人が大切にするべき権利です。
子どもの権利は、「子どもの権利条約(児童の権利条約)」という国際条約で決められています。1989年に国連総会で決定(採択)され、日本でも1994年に国会で子どもの権利条約に同意(批准)しました。
子どもの権利条約に定められた、もっとも大切な4つの子どもの権利(一般原則)についてまず紹介しましょう。
「安全安心に成長する権利」(生命、生存及び発達に対する権利)
「子どもにとってもっとも良いことを国や大人に考えてもらう権利」(子どもの最善の利益)
「意見を伝え参画する権利」(子どもの意見の尊重)
「差別されない権利」(差別の禁止)
です。「遊ぶ権利」「休む権利」「教育を受ける権利」「子どもの権利について知る権利」なども、子どもの権利として条約に位置づけられています。
※ユニセフ「子どもの権利条約」
※セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン「生きる・育つ・守られる・参加する 子どもの権利条約」
「こども基本法」は、このもっとも大切な4つの一般原則をはじめとする子どもの権利条約と、日本国憲法に基づき、子どもが個人として尊重され、基本的人権が保障されるというルールを、日本の国・地方・大人たちが、子ども・若者とともに実現していくための大切な大切な法律なのです。
しかし、いまの日本で、子どもの権利は大切にされているでしょうか?
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが2019年に3万人の子どもと大人を対象にしたアンケート調査(※1)では、子どもの権利条約について「内容を知っている」(よく+少し)と答えた大人は、16.4%しかいませんでした。
※1=セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン「3万人アンケートから見る子どもの権利に関する意識」
コロナ禍の公園は子どもの権利を侵害していた
2020年、コロナ禍初期の一斉休校騒動の時からの日本を思い出してください。
公園の遊具はテープでぐるぐる巻きにされ、子どもたちや中高生が公園で遊んだり、運動しているだけで、怒鳴りつけたり、警察に通報する心ない大人まで現れました。
多くの学校は授業を止め、多くの学校の先生たちが「オンラインやYouTubeを使って授業をしたい」と言っても、オンラインで授業を受けられない子どもたちに不平等だからと、許可しなかった教育委員会までありました。
その逆に「できることからなるべくしよう」と、可能な学校からオンライン授業を導入し、そのやり方をシェアしていった自治体や学校がありました。
また様々な理由でオンラインで授業が受けられない子どもたちは、感染症対策をしながら学校の教室で学べるようにしたり、校庭で運動できるようにした自治体や学校もありました。(詳しくは著書『一斉休校 そのとき教育委員会・学校はどう動いたか』明石書店刊に記載)。
子どもの権利には「遊ぶ権利」や「意見を表明する権利」、「教育を受ける権利」もあります。そして子どもたちにとって「もっとも良いこと(最善の利益)」は何かを国や大人に考えてもらう権利もあります。
しかし、私たち大人は子どもの権利をよく知っているとは言えません。
もしも日本の大人たち、とくに総理大臣や政治家、国の官僚や地方の公務員が、子どもの権利のことをよく知っていたら、まず突然すぎる一斉休校が「子どもたちにとってもっとも良いこと(最善の利益)」であったかどうか、考えたはずではないでしょうか。
また子どもたちの声を聴かず、大人の事情で置き去りにするようなことは起きなかったかもしれません。
私たちは本当に子どものことを大切にしているのだろうか、もっと子どもや若者に丁寧に関わり、声を聴き、一緒に考え進んでいかなければならないのではないだろうか。
コロナ禍の中で、そう考える大人たちが、少しずつ増えていることも事実です。
政治家や官僚の中にも子どもの権利を大切に考える人が多くなってきました。そうした国のリーダーたちの思いと、子どもの権利をもっと大切にしてほしいという子ども・若者たちの勇気ある声が、ひとつになって子どもの権利を実現するための法律、「こども基本法」ができあがったのです。次のページへ > 安倍元首相に意見した末冨家の長女
子どもの権利を大切にすると周りの人も大切にできる
子どもの権利を大切にした我が家の子育てについて、一斉休校中の出来事を少し振り返っておきましょう。
我が家には当時、小学生だった長女がいます。
2020年2月27日、テレビの記者会見で安倍総理の一斉休校宣言を見てしまった長女は、大好きな先生とクラスのお友達との進級までの残り少ない学校生活を奪われたことを知り、泣き出しました。
「こんなことはやめてほしい」。悔しくて悲しい気持ちの長女は、当時の安倍総理大臣と萩生田文部科学大臣に、一斉休校はやめてほしいと手紙を書いたのです。
「意見を表明する権利」の行使です。安倍総理からお返事はありませんでしたが、萩生田文部科学大臣の事務所からはいただいたすべてのご意見に目を通しています、というお返事をいただきました。
総理や文部科学大臣に手紙を書いたらいいよ、と提案したとき、長女は「警察につかまらない?」と聞いてきたのを覚えています。権力者に対し、手紙を書くことは、なんだかこわいなぁ、そう思う子どもの気持ちも大切なものです。
「大丈夫だよ、あなたには『子どもの権利』があるから、それは総理大臣だって守らなければならないものだから」、私はそう答えました。
当時、日本に「こども基本法」はありませんでしたが、子どもの権利条約は1994年にすでに国会で同意(批准)されています。子どもの権利は総理大臣だって大切にしなければならないものだったはずなのです。
もちろんわが国には憲法に定める思想信条の自由、言論の自由があり、それは小学生だって保育園児だって、年齢に応じて尊重されるものなのです。
感染症対策だからといって、「子どもの権利」が当たり前に奪われていいわけではありません。
我が家の子どもたちはテープでぐるぐる巻きにされた公園でも、気にせず親子やお友達同士で遊びまわっていました。
子どもたちには「遊ぶ権利」がある、我が家でもっとも大切にしてきた子どもの権利のひとつです。一斉休校期間中も、子どもが公園で遊ぶことを禁止する法律はありませんでした。
法律に決められていないのに公園の遊具をテープでぐるぐる巻きにした自治体の大人たちは、「こども基本法」ができたら、子どもには遊びも大切なこと、子どもたち自身の声を聴いて判断してくれるようになると良いなと願っています。
近所の方も子どもたちにやさしく、気晴らしに公園に遊びに来ておられたご近所のみなさんが友達になってくれたり、「うちの庭に遊びにおいでよ」、「散歩に行くから一緒にどう?」、など、ごく当たり前のように子どもたちを大切にしてくださったのです。
子どもの権利を大切にする、なんだか難しいことのように思う方もいるかもしれませんが、子ども自身をひとりの人間として大切にし、対話し、尊重する。大人と同じように基本的人権も自由もある、そのように子どもに向き合っていく、それだけのことです。
もちろん私も子どもにとって「もっとも良いこと」とは何か、迷うときもありますが、幼いなりにも子ども自身の意見を聞いて、一緒に考え決める、「意見を伝え参画する権利」をなるべく大切にしてきました。
もっとも我が家では多忙な私より、夫の方が子育ての主担当ですが、子どもの権利を大切にすることが我が家でのルールです。
同時に、子どもの権利を大切にすることは、自分自身だけでなく、お友達や学校の先生や大人たちの権利も大切にするというルールで、とても大切なことです。
子どもの権利を教えるとわがままになる、という心配をなさる方がいますが、「自分の権利」と「他者の権利」の双方を尊重することが大事、という民主主義の基本のキを大切にすることで、自分もさまざまな人々(みんな)も大切にすることができる大人に成長していってほしい、これが私の親としての願いです。
「子どもの権利」を大切に、姉妹2人の子育てをしている末冨先生。 写真提供:本人※この記事は子どもたちの同意を得て執筆公開されています。
末冨 芳(すえとみ かおり)
日本大学文理学部教育学科教授。専門は教育行政学、教育財政学。2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画、現在、文部科学省・中央教育審議会臨時委員もつとめる。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、子どもの権利・利益の推進、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。