境界知能とは?当事者23歳の女性に訊いた。 知的障害でもないグレーゾーンの苦労。
「境界知能」という言葉をご存知でしょうか。境界知能とはIQ70以上85未満の人のことを指します。
一般的にはIQ100が基準値とされており、IQ70未満で知的障害と診断されます。しかし、「グレーゾーン」とも呼ばれる境界知能の場合、ハンデが分かりづらく「なんでこんなこともできないの?」と周りに冷たくされることも。
現在23歳のえりかんさんも境界知能の一人。倉庫ではたらきながらSNSで日常を発信し、YouTubeとTikTokのフォロワーは合わせて4万人を超えるインフルエンサーです。
偏差値や学歴によってキャリアの幅が狭まることがまだ多い世の中。それでもあきらめることなく、さまざまな仕事に挑戦する彼女に、境界知能であるがゆえの生きづらさや、理想のはたらき方を聞きました。
倉庫スタッフとインフルエンサー。IQ70の23歳の日常
──えりかんさんの現在のお仕事について教えてください。
週5日、倉庫で簡単な軽作業を担当しています。4歳の時に、障害者手帳の一つ「療育手帳」を取得していて、今の職場には障害者雇用枠で就業しています。
──療育手帳は知的障害を持つ人が公的な支援を得るために交付されるものですね。えりかんさんはいわゆる「グレーゾーン」。手帳を持つことができるのですか?
療育手帳が交付されるIQなどの基準値は自治体によってバラバラなんです。私の場合は自治体の判断で療育手帳が交付されましたが、境界知能の人の中には自治体の基準を満たせず、療育手帳を受け取れない人もたくさんいます。
──同じ境界知能でも公的支援を受けられる人と受けられない人がいるのですね。えりかんさんは、まだまだ知られていない境界知能ついて動画で発信する活動をされているのだとか。
倉庫から帰った後はYouTubeやTikTokを投稿する日々を送っています。私と同じ境界知能や知的ハンデを持つ人の希望につながればいいなと、私の日常や悩み、仕事でのハプニングなどを投稿しています。
──倉庫スタッフとインフルエンサー、2足のわらじを履いているのですね。
YouTubeなどでの発信は私にとって趣味であり、自分をありままにさらけ出せるストレス発散の場ですね。楽しく続けていたところ、ありがたいことにたくさんのフォロワーさんに支えられ、収益化も実現しました。
──自分が境界知能だと知るまでにどのような経緯があったのですか?
4歳のころ軽度知的障害と診断され療育手帳を取得したのですが、幼稚園に入ってから言葉の発達がぐんと進んだこともあって、小中高と通常学級で過ごしました。
知的ハンデについて詳しく説明されずに大きくなったので、自分が療育手帳を持っている理由は理解していませんでしたね。
とはいえ小さなころから勉強についていけず、周囲との差を感じて苦しんでいました。その生きづらさが高校2年生でピークに達し、「知能検査を受けたい」と母に泣きながら訴え、病院に連れて行ってもらいました。そこで改めて軽度知的障害(IQ50以上69未満)と診断されたんです。
私はこの時初めて自分の知的ハンデについて理解しました。「だから療育手帳を持っているのか」って。
20歳になり療育手帳の更新で再び知能検査を受けたところ、IQは70でした。お医者さんから「グレーだね」と言われ、境界知能(IQ70以上85未満)だと分かったんです。
──自分に知的ハンデがあると初めて知ったとき、どんな気持ちでしたか?
自分が軽度知的障害と知ったときは絶望しました。自分はほかの人と同じように、普通のルートを行くことはできないんだなって。その一方で、これまで勉強やバイトがうまくいかなかった理由が見つかって腑に落ちた部分もありました。
どんなに時間をかけて努力をしても、覚えるべきことを覚えられず、怒られてばかりだったんです。バイトでは簡単なマニュアルを覚えられず同じミスを繰り返し、勉強では何時間かけて暗記をがんばっても小テストはいつも0点でしたね。
境界知能と診断されたときはもっと前向きな気持ちでした。2年間でIQが少し上がっていたことがうれしくて、少しずつ前に進んでいると思えたんです。
買い物・旅行・人づきあい。境界知能の生きづらさ
──日常生活ではどのような苦労がありますか?
まさに昨日、周りが理解できていることが分からなくて、つらいことがありました。発達障害当事者が集まるイベントに参加し、みんなでボードゲームをしたのですが、ルールの説明をどれだけ一生懸命聞いてもまったく理解できなくて。プライドが邪魔をして、「分かりません」とその場で質問できず、分かったふりをしてしまいました。
「みんなは理解できているのに」と恥ずかしさと悔しさで涙が出そうになったので、人前で泣いてしまう前に逃げなきゃと思って。気付いたら「用事を思い出したので帰ります」と言っていました。
──YouTubeでハキハキとお話する姿からは想像ができません。
自分1人で一方的に話すとか、オンライン上で1対1で会話をするのならギリギリがんばれるのですが、大人数になるともうだめ。実際に会って話すとなると、理解に時間がかかってパニックになる境界知能の特性に、人見知りの性格も合わさって言葉が出なくなるんです。特に仕事になると緊張して、分かっていないのに「はい、分かりました」と言ってしまいます。
私から見ると、周りの人はみんな優秀で頭が良くて、雲の上の存在。極端に言えば、「私以外みんな東大生」みたいな感覚です。昔から「なんでそんなこともできないの?」とイライラされたり、怒られたりすることも多かったので、そんな優秀な人たちに嫌われるのが怖くて。
外見や、軽いコミュニケーションからは「私は境界知能で、今困っている」ということが周りに伝わりづらいのに、助けを求められずに自分の中にモヤモヤをためてしまう。一方的に話すYouTubeでのおしゃべりみたいに、人にも自分の気持ちを素直に伝えられたら良いのにな……。
リゾートバイトはパニックで脱走。境界知能に向く仕事・向かない仕事
──えりかんさんのYouTubeは動画の編集スキルが高くてトークもおもしろく、ついつい観てしまいます。いつから始めたのですか?
現在のYouTubeチャンネル「えりかん」を開設したのは高校2年生の時です。ほかにも中学3年生のころから遊びでいくつかYouTubeチャンネルをつくっていました。収益化ができたのはここ数年ですが、動画編集・投稿を始めてから9年になります。
──アルバイトを含め10種類以上の職種を経験したそうですが、えりかんさんが得意だと感じた仕事はほかにもありますか?
動画の撮影や編集など、自由につくって発信するのがやっぱり一番得意ですね。それ以外だと、決まりごとが少なく自由度が高かった学童保育のアルバイトは向いていたと思います。
私がはたらいていた学童保育は、子どもたちと遊ぶ時のマニュアルがなかったんです。だから、ただ楽しく追いかけっこするだけで喜んでもらえて。子どもたちの笑顔を見るたびにやりがいを感じていました。宿題を見る仕事もあるのですが、低学年の子だけであればなんとかなりましたしね(笑)。
──反対に、やってみて苦手だと感じた仕事はありますか?
たくさんあります!細かい作業やルールがあると、なかなか仕事を覚えられずついていけません。何度も怒られ、いくつもつらい体験をしてきました。
熱海のリゾートバイトではパニックになり脱走したこともあります。もともと実家を出たいという想いが強く、住み込みではたらけるリゾートバイトに興味がありました。
そんな時、バイキングを提供するホテルの洗い場担当の募集を見つけて、「洗い場ならいけるっしょ!」という気持ちで応募しました。障害者雇用枠ではなく、一般雇用枠の募集でしたがチャレンジしてみたんです。
ところが、作業スピードの遅さと物覚えの悪さにいつも怒鳴られていました。洗い物をして片付ける。ただそれだけのことなんですが、私には大きなお皿と小さなお皿が同じように見えてしまうんです。
バイキング形式のレストランは回転が速く、お皿の量も膨大で。どのお皿をどのように洗って、どこに片付けるかが、何度注意されても全然分かりませんでした。
ある日限界がきて、頭が真っ白になって……。午前中の業務が終わった後に部屋に戻り、スーツケースに荷物をつめて脱走しました。後ろを振り返るとホテルの社員さんが追いかけて来ていたので、急いで走ってみどりの窓口で新幹線のチケットを買い、埼玉の実家に逃げ帰りました。一般雇用枠ではたらくことのハードルの高さを痛感した苦い思い出です。
──壮絶ですね。これまでの経験から、境界知能の人に向いている仕事とはどんなものだと思いますか?
先日、お医者さんに同じ質問をしたら「軽作業が向いていますよ」と言われました。それで今回、障害者雇用枠の倉庫での軽作業を選んでみたんですよ。たしかに快適ですね。人間関係がライトでいろいろと考えなくて済むし、比較的単純な作業にもくもくと取り組むのは、頭を使う仕事より楽にできます。
今はたらいている部署にはおじいちゃん、おばあちゃんが多くて、それも居心地が良いんですよね。同世代だと身構えてしまうのですが、孫のように可愛がってもらえるので安心できるんです。「嫌われたらどうしよう」と思わずに頼れるというか。もしかしたら、境界知能とシニアは、仕事仲間としての親和性が高いのかもしれませんね。
境界知能と付き合いながら学歴社会で楽しくはたらく
──そんなえりかんさんの理想のはたらき方を教えてください。
身の丈に合ったはたらき方を実現するのが理想ですね。苦手なことに囲まれてストレスをためると、パニックを起こして逃げ出してしまうので、「ここでならがんばれる!」と思える環境で、誰かに喜んでもらえる仕事がしたいです。しばらくは障害者雇用枠ではたらくつもりです。
まだまだ試行錯誤の毎日ですが、境界知能に関する動画をもっとたくさんの人に観てもらえるように、インフルエンサーとしての活動にも力を入れたくて。それと両立できる職場を見つけるために、今も就活しながらはたらいているんです。
障害者雇用枠か一般雇用枠か、どちらを選ぶのかを含め、ちょうど良いはたらき方を見つける難しさとつねに直面していて。境界知能が理由ではたらきづらさを感じることも多いですが、前向きにがんばっています。
──どのようなマインドで就活や日々の仕事に向き合っているのですか?
頭脳が強い人たちのほうが生き残りやすい、日本はまだまだ学歴社会だなとは日々感じます。それでも、ハンデがあるからとあきらめたりひねくれたりせず、楽しみを見つけながら行動するようにしています。自分が楽しいと思える作業が1つでも含まれる仕事を見つけられるように。
劣等感・嫉妬・悔しさを感じることはもちろんありますが、人と比べてもきりがないので、自分らしく生きるための努力をしていきます。
──マインドだけでは乗り切れないときは、どう対処しているのですか?
就労支援サービスやお医者さんなど、適切に福祉に頼ることも大事だと思っていて。家族や友達、恋人など、自分にとってどれだけ身近な存在であっても、知識や技術がないと解決できないことは必ずあると思うんです。そんなときはプロに任せることで道が開ける場合もあります。境界知能が得意なものや不得意なものを聞いたり、悩みを相談したりすると、適切なアドバイスをいただけますよ。
──ずばり境界知能で良かったと思いますか?
ぶっちゃけてしまうと、健常者として生まれたかったと思うことは多々あります。就職先も、進めるであろう道も、今より選択肢が広がるんだろうなって。でも、YouTubeなどで発信していると、不思議とこの個性も悪くないなと思えてくるんです。
「普通になりたい」と思ってもなれない。だったら、自分の特性を受け入れて、何ができるかを考えたほうが、ずっといい。
これからハンデを持って生まれてくる未来の子どもたちが、絶望せずに明るく笑って生きていけるような発信ができるのは、私だからこそできる仕事だと思っています。境界知能の当事者として動画を届けることで、誰かに生きるエネルギーをプレゼントできたらうれしいですね。
(文:徳山チカ 編集:おのまり 写真提供:えりかんさん)