波とともに駆け抜けろ!ビーチスプリントローイング入門|“にわか”のためのルールブック
「ボート競技なのに砂浜を走る!?」スピード感があってスペクタクルのある競技が、2028年ロサンゼルスオリンピックから新たに正式種目として採用されます。
その名も『ビーチスプリントローイング』。ボート競技を観たことがある人にとっては、新たなおもしろさを感じられ、観たことない人にとっては“ものすごくおもしろい競技”としての発見があります。
この『にわかルールブック』で、どんな競技かイメージしながら、新たなスポーツとの出会いにわくわくしてみませんか?
監修:井手雅敏さん
『“にわか”のためのルールブック』は、見えるをデザインするブランド『WAVE』とのコラボレーションで実現した連載です。
「スポーツの“見える”をもっと楽しく!」をテーマに、さまざまなスポーツの“にわかファン”向けコンテンツを発信していきます。
「ボート競技って、こんなに熱いんだ」“海”からはじまる、新しいローイングの物語
波打ち際に並んだ2艇のボート。選手は砂浜を駆け出し、波を超えて海へと滑り込む。
『ビーチスプリントローイング』は、それまでのローイング競技の常識をくつがえす、新時代の種目と言われています。直線2000mのスピードを競う『クラシックローイング』とは違い、この競技は短距離・高密度・そして波という自然との戦い。走って、漕いで、また走る。陸と海を舞台に展開されるスリリングな一騎打ちに、見る者の視線は釘付けになります。2028年ロサンゼルス五輪で正式種目に加わることが決まったこの競技の魅力に迫っていきましょう。
そもそもローイングって?──クラシックとの違いを押さえよう
ローイングとは、ボートをオールで漕いで進む競技です。オリンピックでは1900年開催の第2回パリ大会から正式種目となるなど、その歴史は古く伝統的な競技です。そのスタイルは2000mの直線コースを誰よりも速く漕ぐ『クラシックローイング』が主流で、日本でも江戸時代の幕末に最初に漕がれた記録が残り、現在でも『早慶レガッタ』などの学校対抗戦が開催されるなど、歴史と伝統のある競技として長く親しまれています。
そんなローイングの中で、“新ジャンル”として位置づけられる『コースタルローイング』。そのコースタル=海岸沿いという名の通り、波のある海で行われるボート競技です。とくにビーチスプリントローイングは、砂浜からスタートし、海上のブイを回って再び砂浜に戻るタイムレースです。クラシックが”パワーと持久”の勝負なら、ビーチスプリントは”俊敏さと対応力”のぶつかり合い。
体格や体力だけでなく、「波を読む力」「艇を操る技術」「状況判断力」など、多くのスキルが問われるこの競技だからこそ、新たな層への人気の拡大、新たなボート競技の魅力発見が期待されています。
ここからは、日本のコースタルローイングの第一人者とも呼ばれる井手雅敏さん(以下、井手)に、その競技の見どころを語っていただきます。
見どころ①:波乱万丈!たった3分の総合勝負
「ビーチスプリントのおもしろいポイントは?」
この質問に対する答えはシンプルで、「短い時間の中に、勝負を左右する“山場”がいくつもあることです(井手)」。
①スタートの砂浜ダッシュで差がつく
ビーチスプリントローイングのスタートは砂場から。ボートまでの距離をダッシュすることからのスタートです。ここの純粋な“走るスピード”で、スタートダッシュを決められるのかは大きなポイントです。
②波打ち際での乗艇(ボートに乗ること)は秒単位の連携勝負!?
砂浜を走ったあとはボートに乗り込みます。波打ち際で艇が揺れる中、素早く乗り込むのは至難の業。シートの位置や角度がずれてしまうなどのマシントラブルも発生しやすいこのタイミングには、サポートするメンバーとの連携も不可欠。モーターレースのピットインのときのような、数秒を削る細かな争いを見ることができます。
③ブイを回るスラロームでは波や風の影響も
波打ち際からスタートしたボートは、約80m間隔に並べられたブイをスラロームしながら進みます。湖や川で行われるクラシックローイングと異なり、海は天候や自然環境のコンディションの影響を大きく受ける場所です。“ボートハンドラー”と呼ばれる指示役と連携しながら、最速のルートを見出せるかも大きなポイントになります。
④ターンを決めて戻る直線、波を味方にできるか?
2つのブイをスラロームで抜け、3つ目のブイを180度旋回して砂浜まで一直線に戻ります。後ろ向きにボートを漕ぐ選手たちが戻るときは沖の方を向いた状態になるため、まっすぐ進むための“目印”はほとんどありません。横や背中側を見ながら、力のロスが最小限になるような漕艇技術も見どころです。
⑤ラストの着岸&ダッシュでまさかの逆転劇!
着岸したらボートから飛び降り、スタート地点にある“旗”を取るために砂浜をダッシュします。疲れた状態でのダッシュになるため、選手たちは倒れこむようにしてゴールすることがほとんど。ラストでも大逆転が起こり得る、最後まで目が離せないポイントです。
「1レース3分の中に、10個以上の“勝負ポイント”がある。しかもどれも1秒、2秒で勝敗が決まるくらいシビア。だから最後まで本当に目が離せない」と井手さんも強調します。
見どころ②:「実は日本向き?」|繊細さが武器になる競技
ローイングといえば、恵まれた体格、筋肉が必要だというイメージをお持ちの方も多いはず。学生時代のボート部の太もものすごさはクラス内の話題にも上ります。
しかし、ビーチスプリントではその常識が通用しません。なぜなら、勝つためには“漕ぐ力”だけではなく、波を読む冷静さ、乗艇の正確性、ターンの技術、砂浜を駆けるスピードなど、さまざまな要素が必要であり、細やかな対応力が体格差を補うことが可能なスポーツになっているからです。
井手さんは「陸上のリレーで日本が世界に通用したのと同じです。ベースになる走力は必要ですが、チームとしての連携や判断の積み重ねが結果を変える。日本人の得意分野が活きるフィールドです」と語る。
見どころ③:7月、勝負が動く|注目大会をチェック!
2025年7月、鳥取県・岩美町でビーチスプリント日本代表を決める選考大会が開催予定。ここでの勝者が、世界選手権・アジア選手権に向けて名乗りを上げます。
「日本ローイング協会として、代表チームとしての方針が出ました。今までは自主的にやるしかなかった選手たちにとって、大きな一歩です」(井手さん)
また、10月には愛媛・今治市で日本最大規模のビーチスプリント大会が開かれる。海外選手の参加実績もあるこの大会は、“競技×観戦×地域の盛り上がり”を体現する場。会場では音楽が流れ、飲食も楽しめる。まさに夏のフェスのような雰囲気だ。
おわりに:「ローイングを知らない人」こそ楽しめる
にわかでいい。むしろ、にわかだからこそおもしろい“新種目”。
ビーチスプリントローイングは、ルールを知らなくても、1レース3分で感動できます。派手な逆転、駆け引き、波との格闘。一度見れば忘れられない瞬間が、そこにはあります。
「競技関係者以外の方がクラシックローイングから入るのは敷居が高い。でも、ビーチスプリントは“入り口”として最高です。そこからローイング全体に興味を持ってもらえたら嬉しいですね」と井手さんも期待を寄せています。
今、海からローイングの新たな物語が始まっています。 さあ、あなたも“にわか”として、その一歩を踏み出し、2028年のロサンゼルスオリンピックに向けて楽しむ競技を増やしましょう!