【2024年度】最低賃金50円以上の引き上げ|メリット・デメリットを介護現場の視点で解説!
最低賃金の引き上げが介護現場へ与える影響とは?
本日のお悩み
中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)が最低賃金について、47都道府県一律で50円引き上げることを決めたというニュースを見ました。
このニュースは、これから働き始める労働者にとってはプラスなニュースであると思いますが、今まで努力をし、昇給してきたアルバイト職員からすると、新規職員と近しい給与で働くことになるのかと不満もあります。
また、人件費が以前より増えることで介護現場における他の運営コストを抑え、介護の質が下がってしまうことも心配です。
これらの背景を踏まえて、最低賃金の引き上げが介護現場へ与える影響を良い点も悪い点も含めて教えてください。
介護現場の現状を把握したうえで、メリット・デメリットを考えましょう!
執筆者/専門家
後藤 晴紀
https://mynavi-kaigo.jp/media/users/9
ご質問ありがとうございます。
ご質問の通り、中央最低賃金審議会が最低賃金について、47都道府県で一律50円引き上げることを決めましたね!
ご質問者さんのおっしゃる通り、新たに働く職員さんにとっては嬉しいニュースの反面、これまでキャリアを重ねてきた職員さんにとっては、不満を感じることとなりそうです。
また、経営的側面では、ベテランと新人との賃金差を考慮するために、ベテランの賃金を改定したとすると、運営経費にかかるコストを下げざるを得ないことから、介護の質の低下を招く懸念が出てきますね。
これら賃金引き上げは、各サービス種別毎で利用単価が決められている介護業界にとっては死活問題ともなり大きな問題となりそうです。
今回は最低賃金の引き上げが介護現場に与える影響について、現状を踏まえたうえでメリットとデメリットをそれぞれ詳しく解説していきたいと思います。
介護事業者を取り巻く現状
介護事業者の経営状況について厚生労働省が調べたところ、昨今の光熱費高騰などでコストが膨らみ、2022年度は特別養護老人ホームなど、介護サービスを提供する事業者の利益率が統計開始以降初めて赤字になりました。※
厚生労働省が3年ごとに行っている調査によると、昨年度すべての介護サービスの平均収支差率は2.4%の黒字で、前回3年前の調査とほぼ横ばいという結果になりました。しかし、サービス別の収支差率では、施設で介護サービスを提供する事業者の経営が厳しく、特別養護老人ホームがマイナス1%、介護老人保健施設がマイナス1.1%、地域密着型の特別養護老人ホームも、マイナス1.1%で、前回調査と比較すると、それぞれ2~3ポイントあまり下がり、統計を取り始めた2001年以降、初めて赤字となりました。
これを受け、厚生労働省は介護施設の経営が厳しくなっていると分析しています。2024年の介護保険改定でのプラス改定は、これらの背景を鑑みた結果と言えると思います。いずれにせよ、介護施設経営は厳しい状況であるということが前提としてご理解いただけると思います。
これらの背景を踏まえて、最低賃金の引き上げが介護現場へ与える影響を良い点も悪い点も含めてご回答させていただきます。
出典:厚生労働省令和5年度介護事業経営実態調査結果の概要
最低賃金引き上げが介護業界に与えるメリットとデメリット
最低賃金引き上げによるメリット
まず、メリットから紹介します。最低賃金引上げによるメリットとして考えられるものは以下の通りです。
1.生活の質向上
2.人材確保の改善
3.離職率の低下・他産業への流失抑止
4.地域経済の活性化
5.社会的評価の向上
6.労働環境の改善
7.職業選択の自由
■1.生活の質向上
最低賃金の引き上げで、介護職員の収入が増加すると、生活にまわせる収入が単純に増えるということになります。これにより生活の質が向上します。
また、副次的な効果として、経済的な安定が得られることで、生活に少し余裕が生まれ労働者のモチベーションが向上する可能性もあります。単純に給与が上がるのは労働者からすると素直に嬉しいことであると思います。
■2.人材確保の改善
残念ながら、世間の介護のイメージの1つに「低賃金」というイメージが定着しています。賃金が上がることで、介護職に対する魅力が増し、新たな人材の確保が容易になる可能性があります。
特に若年層や未経験者にとっての職業の選択肢に介護業界が参入しやすくなります。
■3.離職率の低下・他産業への流失抑止
賃金の向上は、既存の介護職員の満足度を高めることが期待できます。その結果、賃金を理由として他職種にキャリアチェンジすることが減り、離職率の低下につながる可能性があります。
これにより、経験豊富な職員が長く働き続け、介護の質が高まることが期待されます。
■4.地域経済の活性化
先述した通り、介護職員の生活の質が向上するということは、生活にまわせるお金が増えるということです。最低賃金の引き上げで、介護職員が地域で消費を増やすと、地元の経済活動が活発化するという期待があります。
■5.社会的評価の向上
介護職の賃金が上がることで、職業として社会的評価が向上し、介護職に対する尊敬や認識が深まる可能性があります。
さらに、施設の企業努力として事業発信を行うと相乗効果で、介護職の魅力を社会に伝えていくことができる可能性があります。
■6.労働環境の改善
賃金の引き上げにより、労働環境の改善が期待されます。
例えば、職員の待遇が向上することで、職場の雰囲気が良くなり、働きやすい環境が整う可能性などがあります。
■7.職業選択の自由
人材確保の改善ともつながりますが、賃金が上がることで、介護職を選択する人が増え、職業選択の幅が広がります。これによって、介護業界に多様な人材が集まると、新たな視点や価値観も広がるということになり、業界全体が活性化すると感じます。
福祉業界はもっと他産業から得られる学びが沢山あるはずです。その結果として、さらにサービスの質を向上できるとよいでしょう。
最低賃金の引き上げによるデメリット
これまでよい点ばかりにフォーカスしてきましたが、実際にはデメリットも多くあると思います。しかし、メリットデメリット双方を考えることで、この状況を打開するヒントも得られると思います。
最低賃金の引き上げによるデメリットとして考えられるのは以下の通りです。
1.運営コストの増加
2.サービスの質の低下
3.給与体系の歪み
4.地域格差の拡大
5.中小企業への影響
6.競争力の低下
■1.運営コストの増加
最低賃金の引き上げにより、介護事業所の人件費が増加し、運営コストが上昇します。これにより、事業所の収益が圧迫される可能性があります。
冒頭でも触れたように、例えば、10年前に時給1000円で入職した職員がいたとして、10年間のキャリアの中で時給が100円ずつアップし、現在は1100円の時給だったとします。最低賃金改定の中で、新たに雇用した新人職員の時給額が1100円だったとすると、当然キャリアを重ねてきた既存の職員からは不満の声が上がってくることでしょう。
そこで事業者側は、ベテラン職員と、新人職員との賃金差を考慮するために、ベテランさんの賃金を引き上げるための調整をしていく必要が出てきます。
ただし、現状を加味すると、そんなに簡単で甘いものではありません。
ー運営コストのうち人件費が占める割合
出典:厚生労働省令和5年度介護事業経営実態調査結果をもとに作成上記は、厚生労働省が実施した令和5年度介護事業経営実態調査の結果です。
結果を見てみると、多くのサービス形態で介護事業費用の約70%を人件費が占めていることが分かります。このことから、経営面での人件費率は、安定的な経営を持続可能にするための重要な指標であり、その比率によっては大きく経営を圧迫していくに繋がると考えることができます。
とはいえ、単純に給与水準を引き上げるということは、赤字経営に転落してしまう状況となる可能性があり、そもそも事業を継続できない、縮小せざるを得ないといった状況になってしまう可能性もあります。
介護業界が、簡単に給与をあげることができない要因として、収入となるサービス利用収入が事業所側で個別に設定できるものではなく、公定価格で決められており、施設ごとの独断で価格転嫁できないといった構造的な課題も挙げられるでしょう。
これらを踏まえ、収支差率を考慮しながら、職員の賃金を変更していくということは、容易ではないということは言うまでもありません。
■2.サービスの質の低下
前述した通り、賃金アップは簡単に行えるものではありません。限られた予算のなかで、賃金アップを行うということは何かしらのコストを削減せざるを得ないでしょう。
ここでの懸念は、コスト削減のために、介護サービスの質が低下するリスクがあるということです。
具体的なコスト削減の例として、
1.職員の数を減らす
2.サービスの提供時間を短縮する
3.必要物品の質が下げたり、購入に制限をつけたりする
などが考えられますが、これらは利用者のニーズに応えられないばかりか、介護職員の業務負担としても重くのしかかります。
現在の法人ではありませんが、「同じ釜の飯を何人で食べるのか?」と経営トップから問われたことがあります。そうならないためにも経営努力を続ける必要がありますね。
■3.給与体系の歪み
こちらも前述した内容に通じてきますが、事業者側が、既存職員と新人職員の賃金の差を改善しないとします。必然的に新規職員と既存職員の給与差が縮小することで、既存職員の不満が増加する可能性があります。
これにより、職場の士気が低下し、労働環境が悪化するリスクも考えられます。
■4.地域格差の拡大
近年、社会問題の1つとしても挙げられる「東京都の一極集中」。現在もさまざまな場所で議論が重ねられている重要な問題であるといえます。時給が高い東京都で働きたい人が増え、周辺の県や、地方では人材不足が加速化する、その結果、企業の力も東京都ばかりが強くなっていくという負の循環が起こり、さらに地域格差は拡大していきます。
これらの状態が続くと、地方の事業所は賃金引き上げに対応するのが難しく、サービス提供が困難になる可能性が考えられるでしょう。
■5.中小企業への影響
また、地域だけに限らず、中小規模の事業所への影響も大きいといえるでしょう。
中小規模の介護事業所は、最低賃金の引き上げにより経営が厳しくなる可能性が特に高いです。これにより、事業の継続が困難になるリスクがあり、大規模事業所との賃金水準格差が広がり、事業継続がより困難になるばかりか、介護事業に参入する事業者が減少し、地域の介護ニーズに応えられないといった結果になります。新たな介護難民問題が浮き彫りになりかねません。
■6.競争力の低下
最低賃金の引き上げが起こると、他業界では人材を確保するためにそれ以上の賃金アップを行うケースが多くあります。一方、公定価格のもとで運営をしている介護業界では、最低賃金の引き上げ以上の給与アップを行うことが難しいというのが現状です。
そうなると、介護事業所の競争力が低下し、人材確保が難しくなる可能性があります。そして、介護事業者のサービス向上に人材や資金をまわせなかったり、他産業との競争においていかれてしまったりする可能性があります。
つまり、介護業界が産業のなかで、ガラパゴス化してしまう可能性があるということです。
最後に:デメリットの払拭には事業所の自助努力も必須!
ここまで解説してきたように、最低賃金の引き上げは、介護現場において多くの良い点と悪い点をもたらします。
労働者の生活の質を向上させることや、人材確保の改善などポジティブな影響が期待される一方で、運営コストの増加やサービスの質の低下などネガティブな影響も懸念されます。これらの影響を総合的に考慮し、適切な対策を講じることが重要です。
政府や関係機関は、介護事業所への支援策を強化し、賃金引き上げによる負担を軽減するための施策を検討する必要があります。また、介護報酬の見直しや地域ごとの支援策の充実など、総合的なアプローチが求められます。
そして何より、事業所側の自助努力も大切です。具体的な策として、保険外サービスの資源開発や経営努力を加速させていくということが考えられます。
保険外サービスについては、あわせて読みたい記事にある「介護保険外サービスって何?注目されている理由やメリット・デメリット、具体例も解説!」をぜひご覧ください。
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