スタートアップ市場を蝕む「日本病」の正体とは アニマルスピリッツ代表・朝倉氏に聞く【後編】
競馬騎手を目指しての渡豪、東京大学時代の学生起業、元ミクシィ社長としての業績V字回復など、ユニークなキャリアを歩んできた朝倉祐介氏(アニマルスピリッツ代表パートナー)が考える、日本のスタートアップエコシステムをアップデートするための課題と対策。後編では、日本のオープンイノベーション環境を改善するために解決すべきポイントや、大企業とスタートアップのコラボレーションが本当の意味での成功例を生み出すために必要なことなどについて聞いた。
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<font size=5>目次
・日本のオープンイノベーション、解決すべき4つのポイント
・グローバル視点で日本は「未発見の新大陸」
・大企業×スタートアップ、好例生むには「真の問題意識」を
日本のオープンイノベーション、解決すべき4つのポイント
―オープンイノベーションを適切に進めるために、解決すべきポイントは何だと思われますか?
大きく4つあると考えています。1つずつご説明していきましょう。
①LP構成に起因する歪んだインセンティブ構造
現在の日本のVCファンドへの資金供給者の過半を事業会社が占めています。そのうちの多くは投資リターンではなく、事業連携等のストラテジック目的の投資です。VC投資をあくまで「金融商品」ととらえる欧米などとは、かなり違います。
個々の企業がストラテジックな観点でスタートアップとの連携を狙うことこと自体は悪いことではありません。ですが、国内のベンチャー投資に振り向けられる資金のほとんどがストラテジック色の強い紐付きのお金という状況では、投資リターンを求める経済合理性が全体的に軽視されてしまいかねません。その結果、先ほど申し上げたようなバリュエーションの歪みや上場ゴールといった問題が起こりやすくなっていくのでしょう。
加えて、VCに出資される事業会社の方々は、大抵いろいろなリクエストをされます。企業内研修や自社事業のスピンアウトなど、本来コンサルがやるような業務をリクエストされることも少なくありません。ファンドを運営するGPの立場としては、出資していただく以上はLPサービスを充実させるのは当然のことです。とはいえ、こうした活動が行き過ぎると「スタートアップ投資に対し最大のパフォーマンスを追求する」というVCの存在意義が失われてしまいます。
②スタートアップに適したコーポレートガバナンスのあり方
「コーポレートガバナンス」については、暗黙の内にトヨタやソニーといった超大企業を前提としながら議論が展開されます。ですが、こうした超大企業に最適化したコーポレートガバナンスのあり方が未上場のスタートアップにフィットするわけではありません。オープンイノベーションの潜在性を発揮するうえでも、スタートアップに適したコーポレートガバナンスの姿を探っていく必要があるでしょう。
スタートアップにおけるコーポレートガバナンスに関して、今後、大きな課題になるだろうと感じているのは「スイングバイIPO(大企業の子会社になってから上場を果たす方法)」です。この方法で上場した、または上場予定の企業は数々ありますが、東証改革でも重視されている「親子上場」問題に直結する課題となりかねないからです。
③スタートアップが大企業に求めるものへの理解
スタートアップが企業に求めるものは、端的に言うとお金です。投資もしかりですが、最大の貢献はやはり製品導入であり、決して経営に口出しをしたりこねくり回したりすることではありません。
④意外と多い「担当者の嫉妬」問題
M&Aを阻む要因は買収担当者の変更などいくつかありますが、意外と「買収担当者の嫉妬」というケースも多いものです。
私はよくM&Aを目指すスタートアップの起業家には「買収しようとしている企業担当者の反感を買わないような立ち居振る舞いをしてください」と伝えます。買収担当者は「うちがここを買収したら、この起業家にはウン億円が入る」と皮算用できます。さらに、買収後の給与体系が本社と違う場合、「子会社なのに自分より給料がすごく高い」「うちだったら絶対出世できないような若いやつが、ものすごい資産を築くなんて」と思う方が、実はたくさんいらっしゃるのです。
そういった属人的な理由で買収プロセスの進行が遅れたり、買収された後に手のひら返しをされたりという事例を、私はこれまで見てきました。心情的には理解するのですが、経済合理的な取り組みに私情が影響してしまう状況は、何とかならないものでしょうか。
朝倉 祐介アニマルスピリッツ代表パートナー競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て、東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー入社を経て、大学在学中に設立したネイキッドテクノロジー代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、シニフィアンを創業(現任)。同社ではグロースキャピタル「THE FUND」を通じて、レイターステージのスタートアップに対する投資活動に従事。その後、アニマルスピリッツを創業し「未来世代のための社会変革」をテーマにシード・アーリーステージのベンチャー投資を行う。主な著書に『論語と算盤と私』『ファイナンス思考』『ゼロからわかるファイナンス思考』。一般社団法人スタートアップエコシステム協会理事。Tokyo Founders Fundパートナー。シニフィアン共同代表。みずほグロースパートナーズアドバイザー。
グローバル視点で日本は「未発見の新大陸」
―現状、グローバルにおける日本のスタートアップエコシステムの存在感はどういったものでしょうか?
全くの新大陸、「そんながところあるんだ」というぐらいの状況ではないでしょうか。昨年ぐらいから海外のVCの方にお会いする機会も増えてきましたが、どちらかというと日本のスタートアップに投資したいというよりは、米国の金融マーケットの冷え込みを受け、日本の大企業からLP出資を受けたいという思惑をもつケースが多い印象です。
一方で、特に西欧圏から中国への投資は考えづらい状況ですので、投資資金の割り振り先の一部が日本になることは十分にあり得ると思います。実際に、先日のSmartHR(THE FUNDの出資先企業)の資金調達でも海外の大きな投資家が入ってきています。
―日本のスタートアップが世界で存在感を示すためのポイントは、何だと思われますか?
いわゆるSaaS系のプレーヤーで、日本市場を対象に事業展開しているスタートアップは、極めて厳しいと思います。国内で成功しているSaaS企業は数々ありますが、その多くは「日本特有の規制や雇用慣行が障壁となって、海外企業が参入してこないから」という理由によるものです。裏を返せば、日本の企業が海外に行こうとした際、国内市場に最適化していることが足枷になるということです。エンタープライズ向けソフトウェア領域をはじめ、日本に最適化したサービスのグローバル展開は難しいでしょう。
より技術寄りの領域など、文化や商慣行などに関係なく使える技術なりであれば、日本企業にもチャンスはあると思います。あとは、エンタメ系、日本固有のコンテンツIPなども、今後は突き抜ける可能性がありそうです。
―機関投資家によるファンドやスタートアップへの出資が今後日本でさらに増えていくために、必要なことは何だと思われますか?
まず、投資する側の運用担当者が、受託責任をきちんと果たす必要があると思います。担当者がコロコロ変わり、10年単位で投資リターンを評価できない組織だと厳しいと感じます。なおかつ、パフォーマンスを挙げた運用担当者へのインセンティブがないと、結果には結びにくくなってしまいます。事実、「うちは米国債と社債を買って2%のリターンがあればそれでいい」と言われていた年金担当者の方もいました。であれば、わざわざ社員からお金を集める必要はないですよね。現在の米国債でも5%はつきます。なぜこんなことになってしまうのかといえば、運用者に受託責任もインセンティブ構造もないからです。
一方で、VC側もパフォーマンスを出し、VC投資を「金融商品」として成立させていく必要があります。そのためには情報開示が必要だということで公正価値評価の議論が進んでいますが、それはそれで問題点も多い。全てのファンドに一律に公正価値評価を求めると、多額のお金もかかるので、シード投資の担い手となるような小型ファンドは皆無になると思います。
大企業×スタートアップ、好例生むには「真の問題意識」を
―VCとしての御社の考え方などについても教えてください。THE FUNDではタイミー、アストロスケール、SmartHRなどそうそうたるスタートアップへの出資を行っていますが、スタートアップへの目利きのポイントみたいなものはありますか?
当然ながら、シードとレイターでは見るべきポイントが変わります。シードの、そもそもプロダクトもあるかないかという状況では、判断材料が創業者とマーケットしかない状況です。よく「創業者とマーケットのどちらが大事か」と聞かれますが、どちらも大事であり、マーケットと創業者がフィットしていることも非常に重要です。
一方、レイトステージとなると、見るべきものが格段に増えてきます。資金調達などを重ねるとサイドレターなどを求められますし、内容のコンフリクトも多々起こります。そういった部分を解決した上でないと話が進まないことも多く、判断材料が増える分、工数や注意点も増えていきます。
―最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします。
大企業とスタートアップとの連携においては、現段階でコレという具体的な好事例がまだ多く出ていないのが実情です。本当に意味のある成功事例を生み出していくために、社会やシステムの発展を自分事として問題意識を持たれている方々と、今後もより良い取り組みを続けていけたらと考えています。
従業員数なし