春の磯で出会える<コモンイソギンポ> ニョロニョロとした細長い見た目は小さなウツボ?
まだ死滅回遊魚(暖かい海から回遊してきて死滅してしまう魚)の姿が見られない春の磯。
しかしながら、様々な生命の息吹が感じられます。この時期に採集できる魚の種類はあまり多くないのですが、個性的な魚が多く見られます。
その中で、にょろにょろとした細長い魚が網に入ることがあります。
春の海で「ウツボみたいな魚が獲れた!」といったとき、本物のウツボが網に入ることもあるのですが、多くの場合はそれよりも小さなタウエガジ科の魚であることが多いです。
特に、カラフルなコモンイトギンポはウツボの幼魚に間違えられることもあります。
春の海のコモンイトギンポ
千葉県房総半島にある磯。筆者はしばしばこの磯にサンプリングに訪れています。
4月の終わりごろ、この磯の海藻がたくさん生えている藻場に網を入れると、にょろにょろとした魚が網に入りました。
コモンイトギンポという魚です。
コモンイトギンポZoarchias neglectus Tanaka, 1908はスズキ目・ゲンゲ亜目・タウエガジ科・カズナギ属の小型魚です。
背鰭と臀鰭には、2本の帯がひと組になった帯があることや、背鰭の前方に暗色斑があるなどの特徴があり、よく見ると意外とカラフルな魚です。
同じタウエガジ科で、磯釣りのゲストとしておなじみの種でもあるダイナンギンポは全長30センチほどと大きくなる魚ですが、本種は大きくても全長10センチ前後の小型種です。
分布域についてはかなり狭く、千葉県銚子から神奈川県三浦半島にかけての浅海にのみ生息している日本の固有種です。
名前に「ギンポ」とあるけれど……
コモンイトギンポは名前に「ギンポ」とあるものの、種標準和名で「ギンポ」とよばれる魚とは、特に近縁というわけではありません。
種の標準和名でギンポと呼ばれる種は、ニシキギンポ科に含まれており、現在は別の科となっています(昔はコモンイトギンポやダイナンギンポ、果てはナガヅカなどまでニシキギンポ科とされていた)。
カズナギ属は背鰭の前半が棘条で後方に軟条があり、本種の背鰭は22~25棘条、その後方に77~82軟条があるのに対し、ニシキギンポ科の種標準和名ギンポでは背鰭はほぼ棘条のみからなりその棘条だけで70を超えるのが特徴です。
また本種の尾鰭後端は尖るのに対し、種標準和名ギンポでは尾が円いので見分けることができます。採集直後の個体を見分けるのであればこの形質で見分けるのがよいでしょう。
なお、東京などで天ぷらの原料ほか高級魚として扱われる「ギンポ」は、ニシキギンポ科の種標準和名ギンポになります。
ギンポ亜目とタウエガジ科
魚の種名に「~ギンポ」とあっても、種標準和名ギンポと近縁とは限りません。
コモンイトギンポやダイナンギンポ、種標準和名ギンポといった魚はスズキ目ゲンゲ亜目の中に含まれています。
その一方「ギンポ亜目」という分類群もあります。これはヘビギンポ科やコケギンポ科、アサヒギンポ科、そしてイソギンポ科などを含むものであり、コモンイトギンポやダイナンギンポはもちろん、種標準和名ギンポもこのなかには含まれていません。
このほか、ゲンゲ亜目のものでもギンポ亜目のものでもないものに、ワニギス亜目という分類群に含まれる、トビギンポ科やベラギンポ科の魚もいます。これらの種ももちろん、コモンイトギンポや種標準和名ギンポとは関係がありません。
なお、ワニギス亜目は単系統群ではないともいわれており、例えば近年は、従来ワニギス亜目に含まれたクロボウズギス科はサバ科やイボダイ科などと同様に「ペラジア(サバ科を含む計15科のグループ/ギリシア語で「外洋に住むもの」を意味する)」に含まれています。
近縁種トビイトギンポ
千葉県の海で見られるカズナギ属の魚はコモンイトギンポのほかに、トビイトギンポZoarchias glaber Tanaka, 1908というのもいます。
トビイトギンポはコモンイトギンポに似ていますが、背鰭・臀鰭に幅の広い三角形の暗色斑があることや、尾端周辺に鱗があることにより見分けられます。
生息環境も概ねコモンイトギンポと同じく、沿岸域の海藻場や潮だまりで春に見ることができます。
ただし分布域はコモンイトギンポよりも広く、千葉県から三重県までの太平洋岸、大阪府、淡路島などで見られる日本固有種です。
西日本で見られるオオカズナギ
オオカズナギZoarchias major Tomiyama,1972 は背鰭と臀鰭に2本の帯がひと組になった帯があり、コモンイトギンポによく似ていますが、背鰭前部に見られる棘条の数が多いなどの特徴で見分けられます。
分布域も特徴的でコモンイトギンポは先述のように関東にのみ産しますが、本種は福井県以南の日本海、長崎県、天草、三重県、瀬戸内海にも見られます。
またコモンイトギンポやトビイトギンポは日本固有種ですが、オオカズナギは韓国からの記録もあります。種標準和名も学名の種小名も「大きい」という意味で、全長10センチを超えるようです。
日本産のカズナギ属は6種からなり、ここで紹介した3種のほかにノトカズナギ(石川県羽咋)、カズナギ(北海道~東北・北陸地方)、シンジュカズナギ(三重県英虞湾)が知られており、このうちノトカズナギやシンジュカズナギは2007年に新種記載されたもので、筆者もまだ見たことはありません。
ちなみにこの仲間を総称して「いとぎんぽ」と呼称することもありますが、種の標準和名でイトギンポと呼ばれる魚はやや深い海を好み、カズナギ属とは異なるグループとされています。
ウツボの仲間との違い
コモンイトギンポはその美しい色彩から「ウツボの仲間」と間違えられることがあります。
むかしむかし、筆者も持っていた小学館の『魚貝の図鑑』には争うコモンイトギンポの写真が掲載されていましたが、大きな口をあけて相手を威嚇する様子は、ウツボが口を大きく開ける様子を連想させます。
そのためかコモンイトギンポを撮影し、「これはウツボの幼魚なのでしょうか」と質問される方も多くいるようです。
しかしながらコモンイトギンポはスズキ目・ゲンゲ亜目の魚で、ウナギ目・ウツボ科の魚とは縁遠い魚のグループといえます。
なお、コモンイトギンポとウツボ科の魚との見分け方は簡単です。まずは目立つ胸びれがあることで、胸びれが退化的なウツボ科の魚とは容易に見分けられます(上記写真の赤い矢印)。
またコモンイトギンポは背びれに目立つ棘条(きょうじょう、ひれのスジの固くとがっているもの)がありますが、ウツボ科の魚は鰭に棘条を有せず、また鰭自体が厚い皮膚に覆われているという点も異なっています。
ただしこの鰭条の特徴というのは、コモンイトギンポくらいの大きさの魚であれば顕微鏡やルーペで観察しないと見えにくいです(上記写真の青い矢印)。
冷たい海を好むコモンイトギンポ
カズナギ属の魚は現在でこそスズキ目・ゲンゲ亜目・タウエガジ科に含まれていますが、従来はゲンゲ科に含まれていたこともあります。
またカズナギ属と、その近縁属ヒメイトギンポ属をあわせてNeozoarcidaeという別科とする考えもあります(実際に比「Fishbase」では別科とされている)。
タウエガジ科もゲンゲ科も水温の低い場所が好きらしく、北海道や東北、日本海沿岸に多いのですが、関東地方の磯でも数種類は毎年見ることができ、ダイナンギンポやベニツケギンポ、ムスジガジ、そしてこのカズナギ属が見られ、愛好家により採集されます。
ただし基本的にカズナギ属の魚は冬~春に姿を見ることができるものの、夏は浅い場所から姿を消してしまいます。
水中写真では水深20メートルくらいの場所でも撮影されており、浅瀬の水温が高いときは水温の低い深場に移動しているのかもしれません。
コモンイトギンポの飼育は難しい
コモンイトギンポは春の海で出会うことができる魚としては派手な見た目をしており、観賞魚として飼育されることもあります。
その飼育の難易度については「難しい」という意見と「簡単」という意見がありますが、筆者はコモンイトギンポの飼育は難しいと思っています。
というのも、コモンイトギンポは先述したように、比較的水温が低い場所を好み、高水温に弱いということがいえます。
5月の連休には、関東の磯に多くの愛好家が訪れますが、5月の気温は関東地方においても、ここ数年真夏に近い温度にまで上がることが多くなってしまい、コモンイトギンポにとってはつらい季節といえます。
筆者も飼育しているときは部屋の温度を20℃にキープしていましたが、うまく飼育することはできませんでした。
また多くの場合「海水魚飼育」といえば、カクレクマノミに代表される熱帯性海水魚やサンゴを飼育することが多く、そのような生物は大体22~25℃前後で飼育されることになりますが、そのような水温ではコモンイトギンポの飼育は困難といえます。
水槽用クーラーを使って水温18℃前後を保つようにしたいところです。
もしそれができないのであれば、採集しても持ち帰らずにリリースしてあげましょう。
(サカナトライター:椎名まさと)
文献
宮 正樹.2016.新たな魚類大系統ー遺伝子で解き明かす魚類3万種の由来と現在.慶応義塾大学出版株式会社.東京.
中坊徹次編. 2013.日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会.秦野.
冨山一郎・阿部宗明・時岡 隆.1958.原色動物大圖鑑2巻.脊椎動物魚綱・円口綱,原索動物.北隆館,東京.
Search Fishbase(US Mirror)https://www.fishbase.us/
魚類写真資料データベース https://fishpix.kahaku.go.jp/fishimage/