正解しなくてもいい。考えることに意味がある──翻訳のプロが語る、「立ち止まる」英語学習のすすめ 【翻訳家・越前敏弥さんインタビュー】
ミステリや名作古典、YA小説など、英米文学作品を幅広く翻訳している越前敏弥さん。テキスト「NHK 中学生の基礎英語 レベル2」の連載「海外文学★ブックガイド」では、半年に一度、おすすめの海外小説を紹介しています。
子どものころから英語に親しんできた越前さんですが、英語の学びには大きくふたつのタイプがある、といいます。英語力を効果的に伸ばすためのヒントについてお聞きしました。
ちょっと背伸びして、知識を身につけたかった中学時代
──越前さんは小学生のとき英会話教室に通い始め、中学1年生の夏休みにはアメリカへホームステイをしたとうかがいました。当時、「基礎英語」はお聴きになっていましたか?
聴いている友だちはもちろんいましたけれど、私は他局の「百万人の英語」などを聴いていました。中学生には難しい内容なんですが、扱うトピックが面白かったんです。ちょっと背伸びがしたい年ごろだったんでしょうね(笑)。英語は好きな教科で、興味もありましたから。
今の「中学生の基礎英語」は、ストーリーの面白さでぐいぐい聴かせるスタイルで、わからないところがあっても続きが聴きたくなる。とてもいい構成だと思います。会話の内容も実際的で、日常的に使える表現をフレーズとして丸ごと覚えることができます。もし、当時の「基礎英語」も今のようなスタイルだったら、私も聴いていたかもしれません。
暗記と経験で学んでいくタイプか、まず理論を頭に入れたいタイプか
──少しわからないところがあっても面白いから続ける、というのは、確かに学びのモチベーションになりますね。「中学生の基礎英語」のリスナーには小中学生の親世代も多く、「親子・きょうだいで楽しく聴いています」という声をよく聞きます。反対に、「子どもはあまり聴かなくなってしまった」「もっと英語を好きになってほしいんですが…」という人もいるようです。
英語が好き・嫌いという以前に、学び方が合う・合わないというのもあるかもしれないですね。私は、学びの形には大きくふたつあるんじゃないかと思っています。「習うより慣れろ」という感じで一気に行くタイプと、理詰めで知識を固めていくタイプ。コミュニケーション重視の学びを重ねていくのが楽しいという人もいれば、まずは理論をしっかり頭に入れたい人もいるということです。私自身は後者のタイプですね。文の仕組みをひとつひとつ理解していかないと気がすまないたちなんです。
英文を読むときも同じです。「辞書なんか引かないでどんどん読むのがいい」とよく言いますよね。実際、そうやってたくさん原書を読んだという人も大勢知っていますし、翻訳家にも案外多いです。でも、私は全然だめ。「ここの意味がわからないのに、先には進みたくない」と思ってしまうんです。中学生のときからずっとそうでした。だからちょっと手間でも、その都度辞書を引いていた。結果として、そのやり方が自分には合っていました。
反復経験を積み重ねることと、論理的な理解を深めること、その両方をバランスよく行っていくのがベストではありますが、取っかかりは、自分の好きなほうでいい。お子さんが英語の学びでつまずいているのであれば、お子さんの気質も見きわめてみるといいのではと思います。
親子・きょうだいでも、学びのスタイルが大きく異なることもある
実をいうと、わが家は、ふたりの子どもが両極端なんですよ。
兄と妹ですが、妹──娘のほうは、通っていた中学校が英語教育に熱心だったこともあり、英文を暗唱して発表したり、英語劇に挑戦したりして、楽しく学んでいた。おかげで英語は得意だったのですが、どちらかといえばフィーリングで理解していたようでした。
それでは立ち行かなくなったのが、大学受験のときです。英語の長文を論理的に読む力が足りていなかったんですね。中学英語レベルだったらフィーリングでも読めたりします。でも、論理で読まないといけない時期は必ず来る。そこでつまずく人もいるわけです。娘は予備校で英語をきっちり学び直して、大学に進みました。大学時代に1年ほどイギリスの大学に留学し、卒業した今は、やはりイギリスの大学院で、翻訳を通した異文化コミュニケーションの研究をしています。
反対に息子のほうは、ほかの勉強はできたけれども、英語だけ苦手なまま大人になってしまいました。小学生のときに帰国子女の生徒がクラスにいて、その生徒たちが何でも主役になってやってしまうことを好ましく思わなかったようです。それで英語も嫌いになってしまった。
息子は私と同じタイプで、理詰めのほうが得意なんです。日本語の文章は論理的に読めるのに、英語になると、学ぶ意欲がどうも湧かなかった。それに、日本語の読解力があると、英語も細かなところまで読めなくてもなんとなくわかるから、突き詰めて考えなくなる。結果として、今も苦手意識が完全には抜けないようです。外国人の友だちは多くて、仲よくコミュニケーションをとるのはうまいんだけど。
もったいないですよね。そういう大人がもう一回英語を本格的にやり直すには何をしたらいいか──みたいなことを考えたいと思っているところです。
辞書を引きながら、ことばとていねいに向き合う時間も必要
──英語を論理的に、ていねいに読むということでは、中学生に向けても講義をされていますね。ご著書の『いっしょに翻訳してみない?』には、オー・ヘンリーの短篇After Twenty Years(「二十年後」)を題材に、中学生に向けて行った5回の翻訳の授業が収められています。回を追うごとに、中学生のみなさんの学びが深まっていくのがわかり、とても興味深かったです。
授業を通して生徒が大きく変わったなと感じたのは、まず、ネット検索も含め、辞書を引くようになったことです。今はスマホで何でも調べられる時代なのに、最初は英語を読むときに単語や熟語を調べようという発想がないようでした。学校でも、教科書には巻末に結構充実した単語集がついているから、あえて辞書を引く必要がないということなのかもしれません。
それが、講義を重ねるうちにだんだん調べてくるようになり、そのうち国語辞典も引いてくるようになった。最後には辞書を引いてくるのが当たり前になった。大きな進歩だと思います。
辞書を引くことで、ほかのものも見えてきますよね。紙の辞書を引けばほかの単語も目に入るし、電子辞書ならリンクで別の語に飛べる。「この単語にこんな意味もあるんだな」と、ちょっとずつ本来の辞書を引いた目的から“ずれた”ことも頭に入っていく。学びにはそういう広がり方も必要です。加えて、いくつも意味が並んでいるときにどれを選べばいいか、といった思考力もつきます。
正解しなくてもいいんです。考えることに意味がある。中学生には、たくさん間違えて、ときどきうまくいって、という体験をどんどん積んでほしい。そういう成功体験、失敗体験を積むことで、言語の“輪郭”というのがだんだんはっきりしてくる。ことばを学ぶおもしろさは、そういうところにもあると思います。
英語と日本語のあいだを行き来することで、それぞれの言語の理解がより深まる
あと、辞書を引くようになったこととも関係しますが、講義が進むにつれ、生徒たちがみんな、英語であれ日本語であれ、だんだん細かいところにまで気を配って読むようになりましたね。細かい特徴に目を向けるというのは、学びを深めるうえで、とてもいいことです。特に「翻訳」というのは、英語と日本語のあいだを絶えず行き来する作業です。言語の違いを意識することで、英語はもちろん、日本語についての理解も深まっていく。
英語を見たら、日本語を介さずそのまま意味がわかる、というのも大事な能力ですが、翻訳的な読み方をすることで──つまり、日本語を介することで、英語の中だけでぐるぐる回っているよりも立体的に英語を理解できる、という側面もあると感じています。ですから、ときどき、そういう読み方も試してみてほしいですね。
イディオムやフレーズを覚えるときにも、「あれ、英語ではどうしてこういうふうに言うんだろう」と、ふと疑問に思う。そうやって少し立ち止まる時間も大事にしてほしい。「中学生の基礎英語」のテキストで言えば、後半の連載ページは、そういう「立ち止まり」のときに大いに役立つと思います。
──「中学生の基礎英語 レベル2」の連載「海外文学★ブックガイド」では、紹介している本の原文と翻訳文を対比させたコーナーがありますが、翻訳と英文和訳との違いもわかりますね。
「ここはどうしてこういう表現になったのかな」と考えてもらえたらうれしいですね。「ブックガイド」に限らず、テキストでは、北村一真さんの連載「きちんと英文読解」や、長めの英文読み物(ライトノベル)などもあって、さまざまな角度から英語に触れられる。そうやってぜひ英語に親しんでもらえたらと思います。
「基礎英語」プラスアルファで挑戦してみたい! 越前さんおすすめの洋書リーディング
〔学び直しの大人には──カズオ・イシグロ〕
カズオ・イシグロ作品は、内容についてはよく考えて理解する必要がありますが、英語自体はどれもやさしいです。第1作のA Pale View of Hills(『遠い山なみの光』)は、半分日本の話なので、身近なところから興味を持って読み進められますね。最近のKlara and the Sun(『クララとお日さま』)などもおすすめです。
〔中学生は──アガサ・クリスティーを翻訳書といっしょに〕
中学生の場合、未習文法があるので、翻訳書を並べて読むのがおすすめ。それなら断然アガサ・クリスティーですね。クリスティーも英語は簡単ですし、ミステリなので最後まで飽きさせません。翻訳と併せて読めば、英語も結構理解できると思います。Murder on The Orient Express (『オリエント急行の殺人』)なんか、派手でいいんじゃないかな。
越前敏弥(えちぜん・としや)
翻訳家。1961年生まれ。東京大学文学部国文科卒業。訳書に『ダ・ヴィンチ・コード』などのダン・ブラウン作品、ディケンズ『クリスマス・キャロル』、ヘミングウェイ『老人と海』、オー・ヘンリー『賢者の贈り物』(以上角川文庫)、『Xの悲劇』などのエラリー・クイーン作品(角川文庫、ハヤカワ文庫)、ダウド『ロンドン・アイの謎』(東京創元社)、ボック『オリンピア』(北烏山編集室)ほか多数。 著書に『翻訳百景』(角川新書)、『「英語が読める」の9 割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『越前敏弥の英文解釈講義』 (NHK出版)、『名作ミステリで学ぶ英文読解』(ハヤカワ新書)など。テキスト「中学生の基礎英語 レベル2」で、連載「海外文学★ブックガイド」を半年に一度担当。当連載をまとめた共著に『はじめて読む! 海外文学ブックガイド:人気翻訳家が勧める、世界が広がる48冊』(河出書房新社)がある。
◆聞き手:彌永由美
◆TOP画像提供:emma_illustration/イメージマート
関連書
NHKテキスト「中学生の基礎英語 レベル2」
『いっしょに翻訳してみない? 日本語と英語の力が両方のびる5日間講義』 越前敏弥 著/河出書房新社
『越前敏弥の英文解釈講義 『クリスマス・キャロル』を精読して上級をめざす 』 越前敏弥 著/NHK出版
『はじめて読む! 海外文学ブックガイド:人気翻訳家が勧める、世界が広がる48冊』 越前敏弥、芹澤恵、金原瑞人、ないとうふみこ、白石朗、三辺律子 ほか著/河出書房新社
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