【第172回直木賞候補作品から② 荻堂顕さん「飽くなき地景」】 戦前からの60年を描く。唯一形が変わらないものとは
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。1月15日発表の第172回直木賞の候補作品を紹介する不定期連載。2回目は荻堂顕さん「飽くなき地景」(KADOKAWA)を題材に。受賞作の予想は15日午後3時からのSBSラジオ「3時のドリル」内で。
2024年に第3作「不夜島」が第77回日本推理作家協会賞に選ばれた気鋭の作家による、戦前から2000年代に至る旧華族の物語。鎌倉時代の名刀工粟田口久国が製作したとされる「無銘」、それを家宝とした烏丸家の家族の確執と和解が作品の太い幹になっている。
戦後の都市開発で財をなす烏丸一族の嫡男、治道は、アートコレクターだった祖父の遺志を継ぎ、「烏丸家の守り神」とも称された日本刀をはじめとする美術品を展示する私立博物館の建設を夢見る。
東京国立博物館での勤務を夢見て学芸員資格を取得した治道だが、長く軽蔑していた父親の要請を受け入れ、一族が経営する建設会社の広報課に転職する。博物館計画はご破算になったかに思えたが、治道はその才覚を生かし、夢の実現に一歩一歩近づいていく。
文化芸術には冷淡だが押し出しの強さで企業経営者としてのし上がっていく治道の父、道隆は、あらゆる点で強欲。治道は「正妻の長男」だが、「腹違いの兄」直生に憎まれている。こうした人間関係は、二人が長じて「烏丸建設」の幹部となってからも続く。
およそ60年の時が流れる中で烏丸家の人々の形、烏丸家の家族の形、烏丸家が運営する会社の形、日本社会の形がドラスティックに変容していく。そんな中で、唯一「形が変わらない」のが粟田口久国「無銘」である。この対置が興味深い。
形は変わらないのに、「評価」は変わっていくという点も見逃してはならない。同じ構造の作品として、津村記久子さんの「水車小屋のネネ」を思い起こした。舞台設定も読後感も全く異なるが。
1968年東京五輪で活躍したとある陸上選手をモデルにした人物が登場し、胸を締め付けられる。
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