糸井重里の自己啓発本があるとしたら、その教えは「一回、地面で遊べ」? だけどそれで得られるものはないし、儲かるわけでもない。でもそういうことをするのは‥‥「やると面白くなるから」かも。
生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。第10回。糸井重里の自己啓発本があるとしたら、その教えは「一回、地面で遊べ」?
水野
地方から上京する人って、けっこう「金を稼ぎたい」「ビッグになりたい」みたいな気持ちでやってくるじゃないですか。
その後、その意識を持ち続ける人もいれば、卒業していく人もいて。おそらく糸井さんは卒業されてきたほうなのかなと思うんですけど。
ただ、ずっと上に向かうエネルギーを持ち続けている人っていて、それはそれで「エネルギーがあっていいな」とか思いません?
糸井
ああ、僕自身のことで言えば、そこはそんなでもなかったんですよ。ものすごくガツガツしたような時期って、僕はほんとになくて。結果的にいろいろやれてきたのは、たぶん運がよかっただけなんですよね。
水野
じゃあ、そんなに上を目指すとかではなく。
糸井
うん。僕がやってることっていつも「誰かがやればいいのに」という言葉が引き金なんです。「誰かがって、糸井さんやってくださいよ」「え? じゃ、やろうかな。できるかな」みたいな感じではじまって。
ただ、それは頼まれただけのものだから、どこかで飽きてやめるんです。その繰り返しで。
水野
へぇー。それはずっと変わらずに?
糸井
基本的には変わってないかな。
でも「ほぼ日」以後はチームで動いてるから、「この人たちを面白くする仕事を見つけなきゃ」という思いが基本的にあるんです。ガツガツするわけじゃないけど、そこでものすごく本気にはなってますよね。
そのことはすごくよかったと思ってて。ひとりでやってたら、僕はたぶんもう、何もしてないと思いますから。
「『自己』がネットワーク化してる」ってさっき言いましたけど、そういうことが僕を救ったのかもしれないです。
水野
歳を重ねると、上に向かうエネルギーって、もしかしたら「自己」がネットワーク化しないと保てないのかもしれないですね。
糸井
それはね、想像したことあって。
年をとったら自分はどこかで「元・先生」という人になるんだろうと思ったんです。会社の受付で「あの人にはお世話になったから失礼をしてはいけないよ」とか言われて、会長室に直接エレベーターで上がっていく人みたいな。自分はうまくいくとあそこなんだなと。
そう思うとゾッとして、どうすればその未来を避けられるかをすごく考えたんです。
尾崎
ああー。
糸井
それが釣りをしてた時代だったんだけど、あるとき、釣りの大会に参加するために、湖にある小さな机の受付の列に並んでいたんです。朝から大学生の子とか地元の人に交じって並んで、3000円払って、番号のゼッケンをもらうわけですね。そのとき急に「‥‥あ、ここだ」と思ったんですよ。
それ、先生として扱われるのと真逆じゃないですか。「自分はまだこれをできるから、大丈夫だ。よし、ここからいこう」と気持ちの整理がついたんです。
思えばそれはテクニックですね。だから僕の自己啓発本があるとすれば、「一回、地面で遊べ!」という項があるんじゃないかな。「どこかで地面のことを考えろ」みたいな。普段ハイヤーで移動する暮らしをしてる人なら「歩け」とか。
水野
なるほど。
糸井
でもね、それをやって何が得られるかというと、別に何もないんですよ。それで儲かるわけでもないし。
‥‥あ、「面白く」なる。そうかぁ。
古賀
ああー。
水野
それはすごくわかります。
うち、いま4人子どもがいるからもう無茶苦茶で、キャパを完全に超えているんです。でも、子育ても結局「面白さ」に助けられるしかないんですよ。
思いがけないことがどんどん起こる。片付けもする、洗いものもする、ポトフも作る。仕事もそのなかで同時にやる。「こんなしんどいのに、なんでやってんだろう?」とも思うんだけど、「でもこれやらなかったら面白くないよな」という気持ちがあるんですよ。
その僕を保ってるのってやっぱり「面白いから」なんですよね。
尾崎
はい、はい。
糸井
ゴルフをしてて球が林の中に行ったとき、誰も見てなくても、打ちやすい場所に球を動かしたりとか別にしないじゃないですか。
みんなが案外そこを守るのは、それをやってしまうと「面白さ」がぶち壊しになるからで。
やっぱり「面白いほうを選びたい」って、人はどこかあると思うんですよ。
水野
そうですね。
糸井
でも、いまみたいなことを説く自己啓発本はないですね。「そっちのほうが面白いよ」とかって。
尾崎
いや、でも糸井さん、「ほぼ日」で毎日ずっと書いてるじゃないですか。すごいと思うんですけど、あれはそういう自己啓発だと思います。
糸井
そうか。あれ、自己啓発。
尾崎
もう10年ぐらい前、糸井さんが「今日のダーリン」に、オフシーズンの野球選手の話を書いていたんです。
野球の選手がオフに入ったとき、最初に自主トレで何をやるかというと、「打ちやすい球を投げてもらって、カツーンと気持ちよく打つ。それを何回も何回も繰り返すんだ」って。
厳しい球を投げてもらうほうが練習にはなるんだけど、オフの最初はとにかく「遠くへ球を打ち飛ばす感覚」を身につけるのが非常にいいと。
だからものを考える人間も、最初から詰めるのではなく、まずは「これを書くとどこまでボールが飛ぶかな?」みたいなことを考えるのは、頭の体操としていいんじゃないか。そういうことを書かれてたんです。
糸井
ははぁ。
尾崎
その話が僕には、いまでも頭に残ってて。
新しいプロジェクトがはじまるときとか、最初はボールが「カツーン!」っていい音を立てて遠くへ飛んでいくイメージを持つようにしてるんです。「今回はどこまで飛ばせるかな?」を考えるのが、習慣みたいになっていて。
糸井
ああ、いいですね。
尾崎
それはかつて糸井さんが「ほぼ日」に書かれたものを読んだからなんですけど。
だから糸井さんが毎日書かれる文章は、ぱっと見、そんなに自己啓発的な色合いはないんですけど、必要とする人には、まあハマるんですよ。
僕もね、全部がハマるわけじゃないけど、ときどきもうほんとに鍵穴に鍵がカチャッとはまるようなときがあって。それがその先何年も習慣みたいになって、僕を力づけてくれる。
だからあれはね、自己啓発だと思います。
糸井
そうか。
水野
だけど糸井さんの文章って、そういう匂いが一切しないですよね。臭みがないというか。すごくきれいな表現で。
尾崎
うん、だからそうは書いてないんだ。
水野
逆に僕の本なんて、どうだと(笑)。
これだけギャグを入れて、もうほとんど無駄話のような作りで、駄洒落のようなタイトルとかで「みなさん、これを自己啓発と思うかい?」と思って出したら、いろんな場所で「ああ、あの自己啓発本ね!」とか言われて。
全員
(笑)
水野
いまも覚えてるんですけど、すごく売れたときに、ある芸能人の方がテレビで僕の本を前に「あ、わたし自己啓発本、ダメ!」って言ったんですよ。「いやいや読んでくださいよ、全然違うぞ」みたいな。
でも、どこか匂っちゃってるんですよね。だけど糸井さんの文章は匂わないんですよ。あれはどうしてですか。内容だけじゃないかもしれないですけど。
糸井
「♪人前でくちづけたいと、心からそう思う」(笑)
古賀
たぶん糸井さんは‥‥。
水野
(笑)あれ、古賀さんは匂ってる側ですよね? 違います?
古賀
(笑)はい、匂ってる側です。もうぷんぷんと。
水野
じゃあ僕の言ってること、わかりますね? われわれ匂ってる側ですもんね。
古賀
(笑)糸井さんは広告出身じゃないですか。だからたぶん長年「野暮なものが混ざる・混ざらない」に対して、僕らと比べものにならないぐらい自覚的にやってこられたと思うんですよ。
野暮と一線を引かなきゃいけないお仕事を、ずっとされてきてて。もしかしたら「野暮をスパイスのようにほんのちょっと混ぜるのが効果的」とかはあるのかもしれないですけど。
逆に僕らは「どれだけ野暮を盛り込んで、お客さんを喜ばせるか」があるから。
水野
そうですね、僕らはとんこつラーメンみたいなものですから。違う方を向いてても「あ、あるじゃんあるじゃん! 自己啓発あるじゃん!」って思ってもらう必要があるから(笑)。
糸井
でもたとえばカーネギーの『人を動かす』の野暮度って、ものすごく上手にできてますよね。
水野
いや、だけど僕は矢沢さんがカーネギーの『人を動かす』を読んだというのも、「あ、野暮なものを食らったな」と思いましたよ? やっぱりあれは自己啓発の原点ですから。
古賀
うんうん。
水野
だけど『成りあがり』ってなぜか、デール・カーネギーの名前が出てきてすらも、自己啓発の匂いがしないんです。「どうしてそうできてるんだろう?」とはやっぱり思いますよね。
(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(10)「一回、地面で遊べ!」)
古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。
水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。
尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。