「災害リスクは南海トラフだけじゃない」防災家・野村功次郎氏が語る、高齢者の命を守る視点
今回のゲストは、”日本で唯一の防災家”である野村功次郎氏。消防士として23年勤務したあと、防災家としてさまざまな情報を発信している。自身も両親の介護経験を持ち老人福祉施設や避難所のコーディネートにも関わってきた野村氏に、日本の防災対策に対する私見や、災害時に身を守る方法など幅広く伺った。
人生をレスキューする人になりたかった
―― 野村さんは、23年勤務されていた消防士時代には、阪神淡路大震災・新潟中越地震・東日本大震災などでの救護活動などもされていたと伺っています。消防士の活動は、体力・メンタルともにハードな状況で闘うイメージがあるのですが、もともと体力に自信があったのですか?
野村 いいえ。僕は幼い頃から体力面では苦労しました。
かなり遡るのですが、生まれたときに仮死状態だったことで発達に遅れが出てしまいました。小学校に入っても自分の名前が言えなかったり、ほかの人が言っていることが理解できなかったりする状況で……。
発達に伴い関節の病気を患ってしまい、中学校生活の半分ほどは入院生活となりました。車いすを使ってようやく学校に行けるようになったのが中学3年の秋です。
母は発達に障がいがある体で生んでしまったことをとても悔やんでいて「ほかの子と比較することなく自分が正しいと思うことを信じて生きてほしい」という考えで育ててくれました。
―― 中学校卒業後はどのような進路を選んだのですか?
野村 当時は支援制度も充実していない時代だったので、勉強についていけないまま中学校を卒業した後は、アルバイトをしながら仕方なく定時制高校に通うことにしました。
漢字が読めず計算もできない状態で、劣等感に苛まれる日々でした。
そんなある日、学校に行く途中で芸能プロダクションの人から声をかけられたんです。「タレントにならないか?」って。
僕は、すぐに東京に行くことを決めました。「認められたい」という思いが強くあったので。
―― ご両親は、反対されませんでしたか?
野村 ありがたいことに、母は「お前がそうしたいならそうしなさい」と言ってくれました。
その後、東京でも定時制高校に通いながら芸能活動をしていたのですが、高校3年の夏、父親がくも膜化出血で倒れました。
慌てて広島に戻ったとき、いまわの際で伝えてくれたのが「人の役に立つ仕事をしなさい」ということでした。自分の思いはめったに口にすることのない厳格な父が人生で大切にしていたことだったんだと思います。
その後、広島に帰って定時制高校を卒業し、公務員の試験を受けることにしました。転勤のない地元の消防署を選んだのは、両親の介護を考えてのことです。
―― お父さまはその後、お元気になられたのですか?
野村 幸い一命を取り留めたのですが、歩行困難で要介護状態になりました。2016年には母親が脳出血で倒れて介護が必要になったため、父が亡くなる2年前までは、両親の介護をしていたんです。
母はその後、脳梗塞や腰椎の圧迫骨折なども患い一時期は要介護3の認定を受けました。しかし、1年ほどで要介護1になりました。
―― 要介護状態のお母さまを介護する上で、意識した部分はありますか?
野村 母が楽しみになるような目標を少しずつ作ることは意識的に行っていました。例えば、僕がメディアに出るというのも母の楽しみの一つだったので、「この日、この番組に出るよ」のように声を掛けて励まし続けていたんです。
―― まさに救援活動での声掛けの経験が生かされていますね。現在は「日本で唯一の防災家」として活動されていますが、なぜフリーになろうと思ったのですか?
野村 消防士時代、119に助けを求める方は、その状況になる前に家庭や社会での苦しみを抱えていることがあることを実感したのです。
例えば、息子の学費を稼ぐために慣れないバイクで新聞配達をして転倒してしまった男性や、子どもの受験のために長時間の仕事をした帰り、倒れて自転車に跳ねられた中年女性の事故の連絡が入ってくるんです。
そのような状況に触れるなか、事故と隣り合わせにある人生自体をレスキューするためには、自分自身がいつでも自由に動けるスタンスでいる必要があると感じました。そして23年働いた消防局を辞めてフリーになったのです。
大地震が来たとき逃げやすいポージング
―― 南海トラフ地震が注目を集めていることもあり、大地震に対する不安が高まっています。改めて大地震が来たときに取るべき行動について教えてください。
野村 建物の状態によって変わりますが、古い建物であれば脱出口の近くに移動するのがすぐに外に出られるため安全だと考えられます。建物が新しくて頑丈であれば、机の下などに隠れて、落下物から身を守る行動を取っていただきたいです。
周りに何もない場合、無防備に両足を揃えて立っていたら、地震の揺れで前後左右に揺さぶられてしまい、転倒してケガをするリスクがあります。そして、ただしゃがむだけでも危険を避けられません。
周りを見て倒れてくるものがあればさっと逃げる。倒れてくる音で崩壊に気づいたとき、素早く動ける態勢で構える”ポージング”を取っておくことが重要です。
このポージングなのですが、正しくできない方がほとんどなんですよね。
―― と言いますと?
野村 正座した状態で顔を伏せて両手で頭を守るダンゴムシポーズを習った人は多いと思います。しかしこの体制では命を守ることができません。
なぜなら、顔を伏せた状態では周りから倒れてくる物が見えませんよね。それに、重心が下がってしまうと、家具が倒れてきても避けることが難しくなります。
ダンゴムシポーズなどのポージングは、市町村や学校の印刷物などで一度は見たことがあるでしょう。しかし「この方法で本当に助かるの?」という疑問を抱かず「みんなが言う通りにすれば助かる」と思っている人は多い。災害の状況によっては通用しないこともあります。
―― では、どのようなポージングをとるべきなのでしょうか?
野村 僕がおすすめしているノムラ式ポージングをご紹介します。
片足(効き足ではない方)の膝を立て、もう一方の足(効き足)は地面に膝をついてつま先で地面を踏みしめ、腰を落とさず(重心)に直ぐに移動できるように踏み込みます。
両手を軽く握り、手のひらの中にエアーを作ります、その手を後頭部に乗せた状態で視線を上げて周囲の状況を見ます。
両肘と両腕は、飛散物、転倒物からの直接圧迫を軽減するために、肺や心臓を守れるようにしておきます。
三点で体を支えつつ周囲を見渡せるようにすることで、振動に耐えながら即座に動きやすい体勢になります。高齢者は特に、肺と心臓を強打すると致命傷です。肘と腕を動かしてしっかり体を守ることです。
このポーズであれば、危険を察知したときに逃げやすいですが、両足(二点支持)で無防備に立ったままだと、危険に気付いてから動くまでに時間がかかってしまいます。地震発生時のポージングが悪かったことによって、倒れてきたものに挟まれてしまったというケースも非常に多いのです。
避難所で適切なケアが受けられる工夫
―― 高齢で足に不自由がある方の場合、いざというときに早く避難所に移動できないことも予想されます。周りの人はどのようなサポートが求められますか?
野村 地震発生時に、避難する場所を予め把握しておくことですね。なぜなら、避難指示が出たとしても民生委員の方が来るまでには時間がかかるし、避難の経路がわかりません。
避難場所や避難経路が書かれたハザードマップがありますが、これを身近に置いておくために風呂敷などに書いておくこともできます。
20年ほど前の広島県呉市豪雨災害のとき、ある高齢女性の家にあった風呂敷にマジックでハザードマップを書いてあげたことがあるんです。風呂敷には、渡ってはいけない赤い橋に×を書いたり、緊急時の電話番号を書いたりしました。
その方は、風呂敷で作ったハザードマップをとても喜んでくれました。その時に「これはほかにも活かせそうだ」と思い、もう少し進化させることにしたんです。
外部から高齢者施設に助けが来たときや、高齢者が避難所に避難してきたとき、どんなケアが必要な方なのかはわからないことがあります。
そこで、色によってサポートが必要な状態がわかるようなグルーピングを考えました。赤いスカーフの人は自力で行動が不可能。緑は見守りが必要。白であれば健常者などと分けてスカーフを持ってもらうんです。
―― それだと周りから見ても判別がつきやすいですね。
野村 実施した福井県や千葉県、東京都江戸川区の介護や福祉の方からも「とてもわかりやすい」という声がありました。
さらにそのスカーフには、名前、血液型、アレルギー、持病、普段飲んでいる薬、緊急連絡先などケアに必要な情報も書くようにしました。本人がうまく伝えられなくても、どんなケアが必要かわかるようになっています。
そうすれば、災害時のストレス下にあるご本人に、何度も確認しなくても済みます。それに避難所の人にとっては「赤のスカーフの方だから注意が必要」という意識付けにもなります。
同じような情報を書いておく「防災カード」という首からぶら下げるカードがあるのですが、防災カードは首に引っかかるので、あえてハンカチやスカーフに書くようにしました。
―― 防災時に問題となることは、工夫次第でもっと改善できそうですね。
野村 そうですね。この取り組みはその後も改良を加えていき、やがて「レスキューベスト」という商品も私が開発考案しました。前面には応急処置資器材などの収納ポケットがあり、背面には所属や機関名が書いてあります。ワンタッチでライフジャケットになったり、吊り上げるような装置になったりする全災害対応型ベストです。現在は、自衛隊や海上保安庁、警察、全国の消防でも使われています。
特養の43%は浸水地域に立っている
―― 野村さんは福祉施設の設計アドバイザーもされていますが、さまざまな施設を見るなかで危険だと感じていることはありますか?
野村 実は、老人福祉施設は浸水地域に建っていることも少なくありません。
2020年10月に全厚生労働省と国土交通省が行った調査によると、洪水浸水想定区域や土砂災害警戒区域に建つ特別養護老人ホームは全体の約43%です。
さらに、2022年にNHKが行った調査でも、津波の浸水区域内に3800ヵ所の高齢者施設が建てられていることがわかりました。当時の調査では、該当施設に12万人の方が暮らしていたといいます。
このなかでも全国1位は徳島県。浸水地域に老人福祉施設の50%が集中しているんです。僕が住む広島県は第4位で、26%ほどになります。
この状況にはとても不安が残りますよね。
―― 施設への入居を検討している場合は不安材料となると思います。介護事業者はどのような対策をしているのでしょうか?
野村 介護保険法施行規則の改正によって、今年の4月にすべての介護施設や事業所に事業継続計画(BCP)が義務付けられました。
災害発生時でもサービスの提供が維持できるように、平時から準備・検討しておくべきことなどがガイドラインとして整理されています。
各事業者が災害対応の計画をしていることは心強いですが、裏を返せば国の援助だけではカバーできない状況を見越しているのだと思います。今後は、国頼りではなく市区町村単位で条例規則を変えるような動きに持っていくことも必要になると思いますね。
志のある人が民生委員になれる支援の仕組みを
―― 例えば、どのような方法がありますか?
野村 防火対象物認定の建物のように「BCP計画災害対応型有料事業所」や「災害認定型事業所」という名前を付けることで予算が降りる可能性が出てくるのではないでしょうか。
それから、もう少し法的な面から考えると、地域を支える人を育てる仕組みが必要です。
例えば、長年地域に住んでいる方でなければ民生委員になれない仕組みがあります。 この制度に関しても、条例や規則、担い手の条件などを緩和して人員を増やしていくべきなのではないでしょうか。さらに、民生委員がサポートできる範囲を広げていくべきです。
―― 志ある民生委員さんが増えることによって家庭内で抱えてしまっている介護問題に光が差す可能性はありますね。
野村 ええ。待遇なども改善して、若い人も「民生委員になりたい」と思える仕事にしていくべきです。民生委員さんイコール「地味な見回りをする人」のようなイメージを持たれていることもありますから。
仕事の幅や規模を変えることによって、社会学や教育に興味がある大学生などが民生委員になれるとかね。そうすれば、もっと助けられる人が増えると思います。
―― ベテランの方たちのなかに新しい感性を持つ人たちが入ると、今ある仕組みをさらに進化させられる気がします。
野村 民生委員以外にも、災害ボランティアの経験がある方に賃金を払いながらコーディネーターとして力を貸してもらうシステムにできる可能性もあります。
介護業界は人材不足ですが、防災のための人材という側面から人を増やしていくのも一つの方法ではないでしょうか。
実は僕自身も、今後、防災のエキスパートとして活動する人をもっと育てていきたいという思いから、スクールの運営なども考えているところです。
―― 防災の体制をさらに強固にしていくために、ほかにもできることはありますか?
野村 日本は外国に比べて自然災害が多い「災害大国」です。これまでの災害経験の積み重ねから生まれた技術は、日本のみならず世界でも役立つものになるでしょう。その技術やノウハウをISO認証が得られるところまで確立していきたいですね。
それから災害時の対応手順が簡略化されていないことには、とても危惧しています。
例えば、災害救助は厚生労働省、災害対策は国土交通省、防災は国土交通省の水管理と総務省消防庁と保全局。災害対策基本法は内閣府というように。
これだけの機関が意見のすり合わせをするので、決断までの時間がとても長くなってしまいます。大災害で迅速な対応が迫られるときに、決断に時間がかかったがゆえに人命救助に影響が出るようなことはあってはなりません。
地方だからこそできる防災対策
―― 大きな決断は政府が主体になりますが、地方だからこそできることもありますか?
野村 地方には広い土地があります。僕は、その土地の有効活用が防災のカギになると思っています。
現在、海上自衛隊の基地が神奈川横須賀市、広島県呉市、長崎県佐世保市、京都の舞鶴市青森県むつ市の5拠点にあります。
その5つを防災拠点基地として、研究開発や人材育成、生産、再生エネルギーの貯蔵などを行い、病院船、輸送船、隔離船など非常時に実動する基地にする必要があると思うのです。
―― なぜ海上自衛隊なのでしょうか。
野村 既存の国基盤の基地的規模を考慮すると、自衛隊の海上基地が妥当だと判断しました。特に瀬戸内海・呉であれば津波被害は低く、実働する拠点配置になると思います。本当は、新たに国の防災のための基地を設置したいのですが、時間とコストの問題があります。
それに、大規模災害時は陸路寸断が起こる可能性があるうえ、空路も条件が悪い。それならば島国である日本は、航路を有効活用すべきです。
―― 海上自衛隊であれば、現実的に、緊急時に動きやすいと考えられるのですね。
野村 ええ。それに海上自衛隊であれば、防衛と防災を併用して国を守れる利点もあります。地方であれば広い土地があるので、災害拠点病院なども置けるでしょう。
防災のための会議は、机を並べた場所ばかりで行っていても前に進みません。いざというときに助けになる拠点を整備しておくことが必要です。
それから、一時避難場所にも注目し、一工夫あればいいでしょう。
具体的には、非常時の一時避難場所内のエリア設定、動線、人流、物資、管理などのレイアウトを決めておくべきです。大勢の方が避難した際には人流の管理が必要ですが、現状は、高齢者、お子さん、障がいのある方、外国人の方などのさまざまな方を、一括りに「被災者」としてしまいがちです。
また、炊き出しになるベンチは増えていますが、飲料水や子ども用と大人用のおむつなどを販売する自動販売機をつくっておくといいのではと思っています。災害時も使えますが、一時避難場所になっている公園に来た親子が、おむつを忘れたときも自販機から買えます。さらに、そこでは携帯電話の充電などもできるようになっているとかね。
高齢者の避難率を上げた割引券
―― 災害発生時、これまでの経験から「まだ避難しなくて大丈夫」と考える方もいると思います。その場合、周りの家族はどのようなアドバイスや声掛けをすべきでしょうか。ポイントがあれば教えていただきたいです。
野村 普段から災害が起こったときの逃げ方を伝え続けることをおすすめします。「最寄りの避難所はここで、この状況になったら逃げてね」のように。
ですが、たまにしか両親と会えない人もいらっしゃいますよね。その場合は行動することで何かがもらえたり、良いことがあったりするような状況をつくってみてください。 人間は、損することや無駄になることを本能的に避けたがりますが、得をするなら動きます。
例えば、静岡で実際に行った手法ですが「早く避難すると商店街の割引券がもらえる」と言って高齢者に声を掛けたのです。試験的に行った取り組みでしたが、避難率がものすごく上がりました。
―― 義務だから避難するのに比べると、モチベーションが上がりそうです。
野村 それから、自治体の緊急避難速報の放送を中学校の放送部員の女の子の声に変えてみたこともあります。
私は10年ほど前から「学校防災」を提言し、教育機関での防災教育にも携わっています。その関係で中学校放送部の生徒さんや地域ラジオのパーソナリティの方などと一緒に防災放送の取り組みをしてきたんです。
京都府宇治市、大阪府大東市、福島県耶麻郡磐梯町の中学校などの役所のホームページには当時の記事が残っていますが、そのほかにもいろいろな自治体から問い合わせが来ました。
結果的に、機械的な音声で「大地震です」と避難勧告されるよりも、子どもたちの声の方が避難への意識が高まることがわかりました。実際、「孫が言うなら動く」というタイプの高齢者もいますからね。
福祉避難所の半分以上は環境が整っていない
―― 2024年は、元旦に地震が発生したり東北で大雨があったりしたので、現在も避難所生活を強いられた方もいらっしゃると思います。高齢者が避難所生活で気を付けるべきことはありますか。
野村 まずは何より高齢者の体調の変化ですね。
一言も「しんどい」と言わなくても、ADL(日常生活動作)がどんどん下がっていくことがあるので、周りが気にかけておく必要があります。
現役の救急隊のときもそうでしたが「なぜこんなになるまで言わなかったの?」と思うような手遅れに近い状態になってから病院に連絡してこられる方もいました。
年を取れば取るほど、「自分は邪魔者」「迷惑かけているのではないか」と思って、言いたいことも言えなくなったり、我慢をしてしまう傾向も見られます。
それから、もう一つの問題は、避難所で話せる相手がいないために孤独感を感じてしまう方がいることです。
―― 避難所にはコミュニケーションを取る場は設けられないのですか?
野村 避難所によりますね。福祉避難所的な施設を運営している自治体は、全国に1700箇所ほどあります。運営方針も1700通りです。そのなかでも、うまくコーディネートできている避難所とできていない避難所があります。
コミュニケーションを取れるスペースがあったとしても、寒さがひどかったり、トイレが近過ぎて臭いがきつかったりと、環境の悪さに悩まされるケースもあるのです。
そのあたりが統一化されていないのは、基準ができていないからでもありますね。 ですので、各地の避難所の環境を整えるためにも、早急にISO認証を受けたいですね。
―― 家の近くの福祉避難所も事前に把握しておくべきですね。
野村 そうですね。把握しておくのはいいと思います。しかし、福祉避難所を名乗っていても、実際は避難所としての環境が整っていないケースも少なくありません。
理想は、災害発生時に避難しなくても福祉施設のなかで過ごせることです。災害に備えた備蓄などを行って避難所指定を受けられるような環境にしておけば物資も届きます。
―― 理想の避難所とはどのような環境だとお考えですか?
野村 災害対応型事業所というような大規模の施設をつくって、そのなかに避難所や福祉施設も作れば一石四鳥ぐらいになると思います。
特定のエリア内に必要な施設をまとめて配置するのも良いのではないでしょうか。災害時の対応を行う病院のほか、人を輸送するワンボックスカーを出してくれるタクシー会社なんかもあったら助かりますよね。
実現するためには、災害対応型事業所協定を結んで、条件をクリアしている施設を災害重点地域に認定できるようにしていくべきだと思います。
災害への備えが進まない日本
―― 先ほど出たBCPの話に関して伺いたいのですが、BCPが義務化されて入居者と施設側目線でどのような変化があるとお考えになりますか?
野村 義務化によって策定はされたのですが、猛暑や記録的大雨、大きな地震など、不安になっている事業者も多いのではないでしょうか。
今後の課題としては、各事業所での取り組みを公表して評価改善する場を設けないといけないと思います。内々での取り組みにしてしまうと、いざというとき機能する仕組みになっているかまではわかりませんから。
―― 今のままでは“作って終わり”になってしまう可能性もありますね。
野村 そうですね。 ただ、以前から思っていることなのですが、防災対策がなかなか動かないのには政治的な理由があるんですよ。
それは政治家が防災にお金を使うことを、よく思わない風潮があることです。
国防の場合と比較してみましょう。例えば、どこかの国が武器を100個用意したとします。それに対して防御の楯になる設備が200個用意できれば、安心感がありますよね。国防予算や防衛費がつきやすいし、その施策を行った政治家は「あの人は国を守った」と評価されやすい。
一方で防災の施策は、いつ来るかわからないものに巨額のお金を投じて堤防をつくり、食べるかわからないものに何億も使ったりするのか、という思いになりやすい。
しかし実際は、どのくらい用意したら安心できるかわからないものを1000も10000も用意するのが防災なんです。
ですが、多額の予算を取る施策を考える政治家は評価されないため、防災のための政策をやりたがらない政治家は多いです。「ムダなものをつくった」とか「いらない施策を行った」と言われるのが嫌なのもあるでしょう。
大地震の脅威に対して不安になっている人は多いですが、防災のために巨額の費用がかかるとなると、よく思わない人が多いという見方もあるのです。
―― 2024年の元旦には大きな地震がありましたが、やはり状況は変わらないのでしょうか。
野村 変わってないと思います。 新型コロナウイルスの感染拡大でも、目に見えないものに対する守りが弱かったことが露呈されたと思いますが、多くの人はそのことに気付いてないのです。
見える脅威に備えることはもちろんですが、見えない脅威もおろそかにすることはできません。そのことが胸落ちしなければ、何十年経っても同じ過ちを繰り返すことになるんですよ。
―― 根の深い問題があるのですね。
野村 だからこそ、同じ危機感を持つ専門家が力を合わせて情報交換しながら体制を整えていく必要があります。僕は僕のテリトリーでしか闘えませんから。
注意すべきは南海トラフ地震だけではない
―― 大地震が来れば、自分の身の回りだけではなく、国そのものが打撃を受けます。多くの人たちが協力して防災に取り組むことが必要ですね。最後に、大地震に不安になっているみなさんに向けてのアドバイスをお願いします。
野村 現在、多くの方は、きっと南海トラフを危惧されていると思います。今年の1月に政府が出した見解では40年以内に90%以上の確率で起こると言われていますから。
しかし、日本には111ほどの活火山があるので、注意すべきは南海トラフだけではありません。
東北、北海道、与那国島など、30年の間に90%以上の確率で大地震が起きると予想される場所は、日本中のあちこちにあります。
ですので「地震が少ないところに住んでいるから大丈夫」ではなく、ちょっとした違和感に気付くように日々を生きていただきたいです。
災害が起こってしまってから振り返るフィードバックではなく、先手、先手で物事を考えたうえで、その改善点やアイディアを話し合うフィードフォワードが大切です。それが被害を最小限に抑えて、死者や負傷者を減らすことにつながりますから。
具体的には、今日の気温や湿度、風速、潮の状態など、自分自身の感性で毎日チェックする習慣をつけることをおすすめします。「世間がこう言っている」という“みんならしさ”ではなく、自分の感覚で状況の変化をキャッチして敏感に行動する“自分らしさ”が大切です。
死後硬直は生前から始まっている
―― 我慢をしてしまう高齢者の話もありましたが、自分の体調の変化にも敏感である必要がありますね。
野村 ええ。僕は消防の仕事を長くするなかで思っていたのですが、死後硬直は生前から始まっていると思うんです。
―― ……どういうことですか?
野村 「もういい。私はわかっているから聞かない」と言って、周りのアドバイスを聞かずに自分の世界に閉じこもり、人とコミュニケーションを取らなくなる人がいます。
人と笑い合ったり誰かを励ましたりしなくなって運動もしなくなると、頭も体もどんどん固くなっていきます。日々、死後硬直が始まってるんですよ。
最後の最後まで我慢して、病院に連絡せずに亡くなった方は、僕の経験上、死後硬直も早いようなイメージがあります。もちろん医学的な検証はしてないですが。
―― そうならないためにも、日頃からコミュニケーションを取っておくことが本人と家族にとっても大切になりますね。
野村 自分とは違う意見であっても「ああ、そういう考え方があるんだな」と聞く耳を持っていただくことを意識していただきたいです。その積み重ねが、頑固な心を溶かして、苦しいときにも助けを求められることにつながると思いますから。
人を批判し、意固地になることに時間を費やす人生より、互いに笑い合い人との絆を感じられる人生の方がいいです。
災害によって命を失い会話ができなくなる人を見てきたぶん、何でもないことで喧嘩するよりは、そばにいてくれる人を大事にしてほしいと、しみじみ思います。
言葉の語尾に“ネ”をつけるだけでも違うんです。「これでいいんです」というより「これでいいんですよ」や「これでいいんですね」と言ってあげる方がお互いに心がなごみます。ぜひ、今日から始めてみてください。
―― 私もちょっとした変化に気付ける感性を大切にしたいと思います。本日はありがとうございました。
取材/文:谷口友妃 提供写真:木下樹