第9回「曽根」駅散策 ~ 阪急宝塚・箕面線をスズキナオが降りて歩いて飲んでみる
駅前からその街を知るべく街を歩き、巡り合った人に街について聞いてみたり、酒場で店主と話してみたりして、街に住む人、そしてその街のよさを探る本連載。今回は、阪急宝塚・箕面線の曽根駅周辺を散策します。
駅前のダイエーが閉まる前に
阪急宝塚線・箕面線の各駅を散策していく当シリーズ、今回は曽根駅編です。先日、編集担当のMさんと「次の駅はどこにしましょう」と話していた際、曽根駅前にある「ダイエー曽根店」が2025年7月31日で閉店してしまうと聞いたことを思い出し、様子を見ておきたいと思って行き先を決めたのでした(取材は2025年6月に行っています)。
そんな理由もあり、まずはダイエー曽根店へ行くところからスタートしました。駅の東側にあるダイエー曽根店は、創業53年になる歴史ある店舗で、現在営業中の各地のダイエーの店舗の中でも最古級といわれています。建物の老朽化に伴い、閉店・解体が決まったとのことですが、その隣に立つ「ヴァイキングビル」も1970年に建設された古いビルで、こちらも時期は未定ながら遠くないタイミングで解体されることが決まっています。
阪急電車に梅田方面から乗ってきて曽根駅が近づいてくると見えるヴァイキングビルとダイエー曽根店という2つのランドマーク的な建物がなくなるとなれば、駅前の風景が大きく変わりそうです。
ダイエー曽根店の館内へ入り、雰囲気を味わいつつエスカレーターで6階まで上ります。6階はレストラン街になっていて、喫茶店やお好み焼き店など、4店舗が営業中でした。今回は中華料理店「若水」で食事をしていくことにします。ダイエー曽根店のオープン当時から営業している老舗で、かなりのサービス価格でボリュームたっぷりの料理がいただけるお店です。以前、570円のチャンポンをいただいたことがあるのですが、具材の量が驚くほど多くて大満足しました。
今回、私は450円のラーメンを。編集担当・Mさんは天津飯を注文しました。瓶ビールの中瓶をもらい、駅からダイエーまで歩いてきただけですが、早速乾杯します。ラーメンは、甘みを感じるスープとシャキシャキしたもやしの食感が印象的でした。Mさんの前に運ばれてきた天津飯はご飯が茶碗2杯分は使われていそうなサイズ感。さすが「若水」です。長年にわたってこの場所で地元の人たちの空腹を満たしてきた店なのだなと、歴史を感じる店内を眺めながらありがたくいただきました。
会計時、気になっていたことをお店の方に尋ねてみました。このお店のメニュー表の中に「ストレス(ヤキメシ天津飯)」という一品があるのです。「その組み合わせがなぜ“ストレス”なのか……」と誰しも思うでしょう。作るのが大変で、ストレスがたまるのかな、とか。
しかし教えていただいたところによると、このメニューは、5、6年前までは天津飯の下のご飯がカレーチャーハンだったのだそう。「カレースパイスの辛味とあんたっぷりの天津飯でストレスも吹き飛ぶ一品」みたいな意味合いで、ストレスと名付けられたようです。「スタミナ定食」みたいなニュアンスでしょう。今は天津飯+ヤキメシなので「ストレス」の名には適さないのだということをお店の方はおっしゃっていましたが、編集担当・Mさんの天津飯のボリュームを見るに、あのご飯がヤキメシだったらと想像するとたいていのストレスは吹き飛ぶかもしれないと思いました。
豊中市立文化芸術センターから駅の西側へ
すっかり満腹になってダイエー曽根店を出ました。巨大壁画が目立つヴァイキングビルの様子を眺め、「豊中市立文化芸術センター」に立ち寄ってみます。豊中市立文化芸術センターは2016年10月にプレオープン、2017年1月にグランドオープンした文化施設で、館内には大小さまざまなホールがあり、市民が気軽に利用することもできるうえ、大規模なコンサートや演劇なども上演されています。カフェも併設されており、ひと休みしていくのにもよさそうでした。施設の東側には住宅街が広がっているのですが、大きな邸宅が並び、「こんな家で暮らせたら」と憧れるような気持ちで歩きました。
そこから少し南へ向かい、線路をまたいで西側へ向かうと「豊島公園」があります。広い敷地内にバラ園や野球場もあり、子ども向けの遊具もあって、体を動かしたり、のんびりピクニックをするのにも適しているようでした。
公園の入り口前の道路をさらに西へ向かうと、「昼のみとお惣菜 apeti」というお店があり、明るい時間からワインを飲んでいけるようでした。お店に入ると、店内には子ども向けの絵本やおもちゃがあります。冷蔵ケースにはおいしそうな惣菜が並び、好きなものを選んでワインと合わせていただけるとのこと。キャロットラペとおすすめしてもらった白ワインで優雅に乾杯します。
お店に立っている高根大揮さんにお話を聞くと、この店はすぐ近くにある「wineshop alpha」の姉妹店として、2024年9月にオープンしたそう。wineshop alphaの店主・黒田未有妃さんが2人のお子さんを育てているそうで、家族連れでも気軽に立ち寄ってワインを買ったり飲んでいったりできるお店を、と考えて営業しているそうです。
高根さんは豊中駅前で「間借りイタリアンGastoriaT」というお店を営業しているシェフで、もともと、そのお店がwineshop alphaからワインを仕入れていたという縁で、日中17時まではこちらに、夕方18時以降はGastoriaTに立っているそうです。高根さんが作る惣菜は、ワインに合う品ぞろえで、いくつかの定番メニューとその時々で変わるものと、常時10品ほどが用意されています。
ワインも惣菜も、日常使いできる価格帯に抑えられており、週末には近所の家族連れがふらっと飲みに来たり、惣菜をテイクアウトしていくことも多いそう。以前は大阪市内の飲食店でお仕事をしていたという高根さん。「梅田とかミナミで仕事をしていた時期もあったんですけど、結局は地元のこっちに帰ってきました。不特定多数のお客さんに向けてたくさんの料理を作る仕事よりも、お客さんの顔を見ながら一品一品を作る環境の方が自分にとってはいいなと思ってこっちに来たんです。こっちだと、常連さんの顔も覚えられますからね」と今のお店の規模が気に入っているそうでした。
ワインを飲んで優雅なひとときを過ごした後、wineshop alphaへも立ち寄ることに。こちらはオープンから4年になるワインショップで、店内でワインを飲める小さなカウンターも用意されています。
店主の黒田さんはもともと大阪市内に住んでいたそうですが、お子さんが生まれたことをきっかけにこちらに引越してこられたといいます。ワインに関わるお仕事は以前からしていたそうですが、出産を機に仕事をやめ、生活も大きく変わったとのこと。
「子どもが生まれるまでずっと夜型だったんです。飲んだり食べたり、自由にしていたんですけど、子どもが生まれて生活がガラッと変わって、昼間がメインになりました。ワインはずっと好きだったんですけど、こういう時間帯にワインを買える場所がないなって思ったんです。ディスカウントショップに行けば買えるんですけど、説明を聞いたり、味見をして買えるようなお店はなくて、それで自分で始めようと」と、お店をオープンした経緯には、子育てが大きく関わっているそうでした。店内にはお子さんたちが元気に遊ぶ声が響き、にぎやかです。
「うちはキッズ向けのメニューとか、キッズ向けのイベントは用意していなくて、あくまで大人の店にいかに子どもを連れていけるかっていうのが裏コンセプトになっているんです。週末は子どもがめっちゃいて、そこで大人が飲んでいるっていう(笑)」
こういうお店があることで、育児で大変な日々に少しだけでも息抜きの時間が持てる人がたくさんいるのだろうと思いました。この街の印象について黒田さんに聞くと、「曽根は子育てがしやすいです。夜は静かで、お店は少ないんですけど、そこがいいんです。特にこのあたりは幼稚園とか保育園、こども園とか、たくさんあるんですよ。子育て世代がいっぱいいる街ですね」とお話を聞かせてくれました。
こちらのalphaで選んだワインをapetiに持っていって飲んだり、apetiでテイクアウトした惣菜に合うワインをalphaで選んで買っていくこともできるとのこと。いろいろな使い方ができそうです。
コーヒーを飲みながら曽根の街の変化を知る
apetiの店内で提供されるコーヒーの仕入れ先、「MAHOT COFFEE」をおすすめしてもらい、そこへも寄っていくことにします。MAHOT COFFEEは曽根駅の西側、集合住宅の1階に店舗を構えるコーヒーショップです。コーヒーを飲み比べて注文できるスタイルで、さまざまな風味のコーヒーを試飲するだけでも楽しく思えます。
試飲をした後、飽きのこない味を目指したというオリジナルブレンド「曽根」を選んでいただきつつ、オープンから11年目になるというこの店の店主・大槻一博さんにお話を伺いました。曽根が地元という大槻さんは、この街の変化についても詳しい方です。「曽根は最近いろいろなお店ができてコーヒーショップも増えてきました。住宅地なのでクリニックとか美容院は昔からあったんですけど、飲食店はあんまりなかったんです。それが変わったきっかけは文化芸術センターができたことだと思います。あのホール、結構力を入れて面白い催しを企画しているんですよ。県外から来る人も増えて、それがきっかけでかなりお店が増えた気がします」と教えてくれました。
「この近くだと、伊丹空港の飛行機の離着陸が間近に見えるというので千里川土手が観光スポットになっていますし、あと、これも千里川土手の近くなんですけど、『山城愛仙園』っていうお店があって、そこが全国的に多肉植物好きの聖地になっているんです。土日祝日は一般の人でも入れるので、県外からそこに来る方もいたり、海外の人もそこが目的で来ますよ」と、おすすめの場所をいろいろ教わってさらに曽根を歩いてみたくなりました。
MAHOT COFFEEのドリップパックをお土産に買い、最後に、先ほど寄ったapetiからも程近い立ち飲み店「立呑処マキノ」で締めの一杯を飲んでいくことにしました。大鍋にたっぷりと作られた肉じゃがをいただき、「氷結」のチューハイを飲むひととき。
昔からこの辺りで暮らしてきたご常連たちが一人、また一人と現れ、お店の方と楽しげに会話をしています。昔からあるお店と、ここ数年でオープンしてきたお店とを行き来して、時代の変遷を経つつも、曽根の街に漂う穏やかな雰囲気はきっと変わらずにあったのだろうと思いました。ダイエー曽根店とヴァイキングビルの跡地には巨大な複合文化施設ができるという話もあり、そんな未来の景色も楽しみかもしれないと考えながら、グラスを傾けます。
曽根駅周辺物件情報
曽根駅は大阪の高低差マップを紹介する本でもよく掲載される豊中市にあります。駅前にはチェーン店から個人店とお店が立ち並び、東、西、南の街に分かれて住宅街が広がります。梅田など大阪市内で働く人が多く住む街ではあるものの、10年ほど前に大きな文化施設が完成し、それ以降は飲食店を中心にお店が増えたといいます。そんな曽根駅周辺の家賃相場は、ワンルーム4.88万円、1K5.67万円、1DK 6.35万円で、1LDKなら9.01万円、2DKが6.08万円となっています(2025年7月時点)。大阪梅田駅までも15分以内、地元の方々に伺うと、落ち着いていてよいそうです。
スズキナオさんによる人気連載が書籍化! 加筆修正を大幅に行ない、「大阪環状線」1周の降りて歩いて飲んでみるが楽しめます。