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自己啓発本の流れのひとつである引き寄せ系。でも人間って、「ぜんぶ『他力』にまかせなさい」だとつまらない、と糸井重里。

ほぼ日

生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。第5回は、自己啓発本の流れのひとつ「引き寄せ系」について。


尾崎
この本(『14歳からの自己啓発』)でもちょっと書いたんですけど、カトリック教国では「自助」の自己啓発本って、あまり流行らないんですよ。また仏教の世界観でも、いまの古賀さんの話のように、「自助」ってちょっと「それは人間の思い上がりだ」みたいな感じがある。
だからたぶんカトリックや仏教と自己啓発思想って、そんなに相性がよくないんですよね。
日本で言うと、神道の方がよっぽど自己啓発の考え方に近いんです。神道ってわりと「人間が栄える」とか、「人間が喜んでる状態を神様が応援してくれる」みたいなところがありますから。

古賀
そうですね。
糸井
先生自身は研究しているあいだに、宗教に寄っていくことはなかったですか?
尾崎
僕自身はもともとかなり、キリスト教的なところがあるんです。
ただ、こう言うと宗教の方から怒られるかもしれないですけど、新約聖書って自己啓発的だなとは思うんですね。だってイエスは「求めよ。さらば与えられん」って言ってるわけだから。それ、まさに自己啓発じゃんって(笑)。
少なくとも新約聖書は、自己啓発とかなり相性がいいんじゃないかなとは思います。
糸井
だけど自己啓発的な発想って、やっぱり日本でも流行るじゃないですか。
仏教だと「自助」みたいな発想はあまり‥‥という部分があるにしても、実際には「自力」と「他力」の思想って、日本でもまだら状に存在している気がするんです。
尾崎
ああ、そうですね。
糸井
その理由って僕は、簡単に言うと、「全部『他力』にまかせなさい」だとつまんないから、だと思うんですよ。
尾崎
そうなんですよ。
糸井
完全に「他力」だけになってしまうと、面白くないんです。僕のなかではこの「つまらない問題」って、人間にとってけっこう大きい気がするんですね。
「自力」でがんばるとか、別にしなくてもいいのかもしれないけど、していると幸せ感があるというか、面白い気持ちになる。
古賀さんがちょっと前に「自分の気持ちを文字で残しておくのは、すごくいいぞ」という本を出してますけど(『さみしい夜にはペンを持て』)、あれも簡単に言うと「やると面白いぞ」ってことですよね。
古賀
あ、そうですね。やっぱり自分でやるから面白いんです。
あとは僕、「他力本願」の考え方って、ニヒリズムと接近しやすいとも思ってて。「他力」って、「自分にできることはなにもない。だからなんでもいいや。神は死んだ」みたいな発想に行きがちだと思うんです。
糸井
そうですね。
古賀
まぁ、親鸞自体は「神が死んだ」とは絶対に言わなくて、むしろ神は燦然と輝いていて、「自分たちはそのなかでどうしていくか」の話をしてるわけですけど。
実は親鸞って、極楽浄土のこととか、あんまり言わないんですよ。それよりも「現世でどうあるか」の話をしてて。
糸井
言わないですね。
古賀
そして自己啓発も基本的に「現世利益」の思想ですから。
「社会を幸せにする」みたいなことより「どう自分が幸せであるか」、自分の欲望の話をするわけです。
そういうことからすると、浄土真宗と自己啓発って、僕は意外と親和性がある気もするんですよ。
「自分が生きてる間の利益ばかり考える」って、下に見る人も当然いるとは思うんですけど。
糸井
それにしても多くの人のなかにある「自分はすごく崇高でありたい」とか、「俺はもう還俗から離れてるんだ」みたいにふるまいたいイデオロギーって、なんなんでしょうね。
水野
たしかになあ。だけど「崇高でありたい」ってやっぱりあるんですよ。
僕にしても、そもそも恋愛マニュアル本を手にとるって、最初めちゃくちゃ勇気が要ったんです。「これを読んでるなんて恥ずかしい! 家にあるのがばれたらどうしよう」みたいな感情があって。
そこは他者の目もあると思ってて。それこそ他の人から見た自分は「サリンジャーの本とか持ってたい」みたいな。

古賀
(笑)
水野
とはいえそんな意識もありつつ、のっぴきならない状況というか、自分の強い欲望と対峙せざるを得なくなった人は、そういうものにも手を出すというか。
僕自身も追い込まれてて、ほかにすがるものがなかったから、恋愛マニュアル本に行ったと思うんです。
結局、宗教もすごく困ってる人たちのためだし、自己啓発も悩みが深い人が読むもので。
糸井
あぁ。
水野
この「悩みが深い」って、他の人にすれば些細なことまで含まれてて、たとえば1個のホクロを気にして自死を選ぶ人がいるとしたら、その人の悩みはめちゃくちゃ深いですから。
そんなふうに、心の形として、めちゃくちゃ悩みが深い人は、崇高なままでいられなくて、自己啓発などに道を求めていく。
そこで耐えられる人が増えていくと、自己啓発書や宗教ってやっぱり力を失うし、逆に耐えられない人が多くなれば、そっちに行く人が増えるみたいな。
なんだか全体にこのバランスが理由で起きてることという気もしますね。
糸井
だから、実はかなりややこしいですね。なかなかこう「自己肯定本バンザイ」って話でいかない。
水野
いや、そうですよね。
糸井
尾崎さんがこの本を書いた動機ってどういうものだったんですか?
尾崎
そこはもう、純粋に面白かったからです。「人間はこんな不思議なことを考えてきたのか」と。
糸井
ああ、面白かったから。
尾崎
僕なんかだと、やっぱり気になるのは「引き寄せ系」の思想といいますか。
自己啓発本の大きな2つの流れとして「自助努力系」と「引き寄せ系」というのがあるんですけど、「自助努力系」は「努力すれば自分の生活がうまくいく」という話ですから、まぁ当たり前ですよね。
だけど「引き寄せ系」って、「あなたが強く望めば、現実が引き寄せられて思い通りになりますよ」という話ですから。
僕は最初に知ったとき「そんな馬鹿げたことを考える人がいるんだ!」と思ったんです。
水野
(笑)
尾崎
だけどこれは100年くらいずっと続いている考え方で。しかも、いまだに支持してる人がたくさんいる。そういう現象が、どうして起こるのかを知りたくて。
それこそジェームズ・アレンの「『原因』と『結果』の法則」とか、こういった本がなぜ成立するのか解明したいなと。
歴史や時代背景を見ていくと、これはこれで考え出され、支持されることに、ちゃんと理屈があるんですよ。
糸井
本のなかでユーモアを交えて書かれてますけど、尾崎さんはご自分でも「引き寄せ系」の話をいろいろ試されててて(笑)。
尾崎
ああ、やりましたよ、全部。で、実際に叶ったりもしてね(笑)。
糸井
「引き寄せ系」って不思議な理屈ですけど、僕自身も妙に信じているそういうものって、やっぱりあって。
松井秀喜が高校時代に先生から教わったという有名な言葉がありますよね。「心が変われば行動が変わる 行動が変われば習慣が変わる 習慣が変われば人格が変わる 人格が変われば運命が変わる」という。
あれ、僕は信仰のように信じているんですよ。「そこで変わるものってすごくいっぱいあるよ」と思ってて。
水野さんなんて、まさしくそういうこととともに生きてるでしょう?
水野
そうですね。ただ僕は「引き寄せ系」の自己啓発本もいっぱい読んできてますけど、すべてがそれでいけると思っているかというと、そうでもないんですよね。
たとえば本を書いてヒットさせるとか、「引き寄せの法則」は違う気がするんですよ。いくらヒットを願っても、「そんな簡単に行くかい!」とは思ってて(笑)。
「売れたのは想像したせいかな?」は、言説としてはあっていいし、面白いし、それで救われる人もいると思うんです。ただ、なにかをヒットさせるって本当に難しくて、いろんな力学が働いた上で起こるものという気がするんですね。
僕もがんばって書いて、編集者もめちゃくちゃがんばって、絶対に世に出ない大変さとかもいろいろあって。そこで時にボーンといって、時に違う。これはやっぱり「願ったから」とかじゃなく、どこかで時代とかが作らせてるように思うんですよ。
だから僕は自己啓発ファンですけど、同時にそういう思いもあるんです。

(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(5)「他力」だけではつまらない。)

古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。

水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。

尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。

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