「クマは人を食べものだと思う?」札幌のあるマチが、専門家と探した“事故を防ぐヒント”
北海道では近年、札幌の住宅地でも、クマが出没するようになりました。
なぜ変わってしまったのか?どうしたらいいのか?
クマに強いまちづくりの一歩を踏み出した、町内会があります。
連載「クマさん、ここまでよ」
この記事の内容
・変わってきたクマと人の関係
・クマ好きな町内会?
・問題グマ「ナンバー18」と「ナンバー82」
・「クマは人を食べものだと思う?」
・町内会で見つけた、クマに強いまちづくりのヒント
変わってきたクマと人の関係
クマとどうつきあうか。1月、町内会で話し合うワークショップを開いたのは、札幌市中央区の円山西町です。
札幌市民にとっては、クマが身近なのは南区のイメージだったかと思います。しかし近年、西区や中央区でも出没が増えてきました。
円山西町~藻岩山周辺では、2007年から2010年ごろにはまったく情報がありませんでした。
しかし2021年以降は、円山の登山道や、公園や病院の近くなど、住宅地でも出没情報がたびたび寄せられるようになっています。
2022年の大みそかには、円山西町にある児童相談所などの敷地でも目撃情報がありました。初詣客が訪れる北海道神宮の近くということもあり、地域には緊張が走りました。
「クマ好きな町内会」?
ワークショップは超満員!小さな子どものいる家族など、幅広い年代が集まりました。会場の隅から隅までイスを補充するほどの人数です。
実はこの町内会でクマ関連のイベントが開かれるのは、今年度だけで3度目だといいます。勉強会のほか、夏祭りでもクマについて知るためのブースを出しました。
町内会長の有賀誠さんは、冒頭のあいさつで、「年に3回もクマのイベントをする町内会は、ほかにないのでは。意識が高まって、天気の話の後にクマの話をするような、『西町の人ってクマの話、好きだよね』って言われるような町内会になったらいい」と話しました。
そのときの有賀さんも、話を聞く住民たちも、笑顔だったのが印象的でした。
かしこまった勉強会…というより、町内会のみんなが顔を合わせる、地域の楽しい集まり、という雰囲気でした。
問題グマ「ナンバー18」と「ナンバー82」
まずは「地域のクマの現状を知る」ことから始めました。
札幌市職員や、市から委託され出没対応や調査にあたっているNPO職員が、クマの出没状況や対策の現状について発表。住民が特に関心を寄せていたのは、「DNA調査」についてでした。
札幌では、クマの出没情報が寄せられると、市やNPOの職員が現場に駆け付け、痕跡の調査をします。フンや毛が見つかった場合は、DNAを調べ、そのデータを蓄積しています。
出没時以外にも、山の中でヘアトラップ調査(クマが木に体をこすりつける習性を利用して毛を採取する調査方法)を行って蓄積しているデータもあります。
その地道な継続で、現在までにのべ162頭を識別しているといいます(うち40頭はすでに捕獲または自然死したと見られている)。
このデータは、「どのクマに、どう対策すべきか」を考えるのに役立ちます。
住民地での出没が10件相次いだとしても、それは10頭のクマが出ているということではありません。DNAや、目撃したときの姿の情報などを組み合わせると、すべて同じ1頭のクマだと推定することもできます。
円山西町や藻岩山の周辺では近年、「ナンバー18」と「ナンバー82」というクマが、問題個体として注目されてきました。ナンバー18は子どもを2頭連れた母親、ナンバー82は子どもを3頭連れた母親です。
特に注意すべきクマがわかると、そのクマの行動範囲や状況をふまえて、対策を考えられます。ナンバー82・ナンバー18とみられるクマは、すでにどちらも捕獲されています。
ただ、それで安心、で終われる話ではありません。
その後、残された子どもと見られるクマが、人が捨てたとみられる生ごみをあさる姿も目撃されています。
ごみなどによって、一度クマに「住宅地や人には近づいていい」と学習されてしまうと、親子の代にわたって、人にとってもクマにとっても悲しい状況が続いてしまうおそれがあります。
そして山の中には、ほかのクマもいます。出たクマを「捕獲」するだけでなく、山にいるクマたちを住宅地に引き寄せないための対策、人に近づきたいと思わせないための対策=「防除」も大切なのです。
「クマは人を食べものだと思う?」
では、どう防除したらいいのか。
住民からは、「昔はクマに人の存在を知らせたら逃げてくれた。今は人を見たら、食べものだと思って近づいてくるのか」という質問が出ました。
NPO職員は、クマと人の緊張感も、歴史の中で変わってきたと話します。
「昔はハンターがクマを追いまわす機会が多くあった。そのころと比べると、ハンターの減少や高齢化が進んだ今は、クマの人への緊張感が下がっているかもしれない」
一方で、クマにも「個性」があると話しました。
「人ってこう、って決めつけられないですよね。住んでいるところや経験で、どんな人かが変わる。クマだって個性がある。藻岩山周辺のクマは現状、かなり賢く、あまり人には会わないようにしながら行動していると思う。見極めることも必要」
だからこそ地道な調査を積み重ねて、“見極め”ながら、クマごとの対策をすることが重要です。
どう防除するか、どこを防除するか
そして、地域ごとの対策も必要です。クマに対する考え方、地域に対する考え方も、人によって違います。
自分たちは、どこでどんなクマ対策を求めているのか。グループを組んで、地図を広げながら、話し合いを始めました。
このワークショップの主催は、町内会と、野生動物と人について研究している北海道大学の学生らです。
企画立案した北海道大学大学院の伊藤泰幹(いとう・たいき)さんは、
・意見に正解、不正解はない
・異なる考え方にも耳を傾ける
・ほかの人の話を受けて、途中で意見を変えてもOK
というルールを提示。
「学生たちは西町の初心者です。地域に住むみなさんにぜひ西町について教えてもらいながら、話し合いを進めたい」と呼びかけました。
①出没地点を地図で見てみると、気づきが
地図には2007年から2024年までのクマの出没地点が印刷されています。そこに住民たち自ら、「出没当時の思い出や感情」「マップを見て気づいたこと」などを書き込んでいきます。
その中で、「出没地点は道路沿いが多い気がする。人通りが多いから、ここで目撃情報が多いのでは?」などの気づきも生まれました。
②クマ目線から地域を考える
次に、クマの目線から地域を見つめます。
「クルミ」「農作物」などクマの食べものになるものがある場所、「草やぶ」などクマの通り道になる場所にシールを貼ったり、マーカーで書き込んだりしました。
ここで驚いたのが、住民のみなさんから意見が次々に出ていたことです。
「ここにフキがびっしりある。見通しも悪いので、クマが通っていたらわからなくて危険かも」
「ドングリの木がここにある」「コクワはここ」「栗もある」…などなど。
自分の地域のどこに何の木があるか、すごく詳しく把握されていることにびっくりしました。
円山西町のみなさんは、円山西町のプロ!自分の地域を普段からよく見て、気にかけて暮らしているのだなと感じました。
何がクマの食べものになりうるのか、どんな場所が通り道になるのかを知っているのも、これまでの勉強会の成果なのだろうと思います。
ごみを朝に出す当たり前のルールもクマ対策のひとつですが、「このあたりでは夜にごみを出す人もいて困っていた。でも家族が声をかけてみたら、ルールを守ってくれるようになった」という話も出ていました。
クマ対策を正しく理解し、地域で声をかけあって暮らしを守る…すでに実践が始まっているようです。
③人目線から地域のクマの出没を考える
クマ目線を想像したら、今度は「自分たちの気持ち」を整理します。
住宅地全体に出てほしくないとは思いますが、その中でも優先度をつけて、クマに絶対に出てほしくない場所を、1人3地点選びます。
その理由を発表し合うことで、それぞれの思いの同じところ、違うところを理解します。
「小学校」「じゃあ中学校も」「児童会館」「子どもがよく遊ぶ場所」「通学路」など子どもが集まる場所もあれば、「バス停の近く」「病院」「動物園」など人が集まる場所、「円山も観光地だし、登山道では出会いたくない」など観光客にも配慮した意見も出ました。
対策を決めるには、地域の思いが重要
ワークショップではクマ目線で出没原因になりうるものを探しましたが、「見つけた原因をなくせばいい!」とすぐに決められるわけではありません。
話合いの中で、住民からは
「山が近くにあるから、この地域を選んで住んでいる。外から見たら、山の近くに住むのが悪い・我慢すべきって思われるかもしれないけど、でも防ぎたいラインはあるよね」
「実のなる木があることは問題ではなくて、私はそんな自然があるからこの地域が好き。木をなくしてしまうのではなく、問題個体のクマへの対処を考えたい」
という意見が出ていました。
「クマの通り道になりうる緑は全部刈ってしまおう!」「札幌市内のクルミの木を全部伐採してしまおう!」と、専門家や行政がすべて決めてしまうのは、地域にとってのベストな対策とは言えません。
「自分たちはどんなマチに住み続けたいのか」「どこでどんなクマ対策を望むのか」、地域ごとの住民たちの気持ちが重要です。
たとえばクルミの木をなくしたくないなら、山からその木までの通り道になる草やぶの草刈りをしておく、山との距離が近いなら電気柵で境界線を作る、などの選択肢があります。
コメンテーターとして参加した、クマの専門家・間野勉さんは、「草刈りで完全な出没の抑止はできないが、子どもがクマに気づいたのが1メートルの距離まで迫ってからなのか、それとも30メートル先にいる段階で気づけたのかで、その後に違いが出て来る。子どもにも正しく知ってもらって、『ここは暗くなってからは通らないようにしよう』『一人では歩かず、人と一緒に歩こう』など、無意識に心構えを持っておくコミュニティにできると、クマとの事故が起こりづらい地域にできる」と話しました。
ワークショップは終始、互いの意見を否定することなく、「たしかにそういう考え方もある!」と和やかな雰囲気で会話が進みました。
参加した住民からは、「こんなに盛り上がるとは思わなかった!」「有意義な時間だった」「地元の人たちが同じような思いを持っていることがわかってよかった」などの感想が上がりました。
「定期的にこういう会があったらいい」「学校でやるとか、子どもも一緒に学べる機会があってもいいのでは」など、今後への意欲が伺える声もありました。
その様子を見ていると、「いい町内会だなあ…」というのが一番の感想でした。
学び、話し合うことができる町内会。きっと円山西町には、クマ対策でも、防犯でも、防災でも、一緒に暮らしを守るためのベースが備わっているのだなと感じる会でした。
札幌市では、ホームページでクマの出没地点を公開しています。自分の地域の現状や、自分の気持ちを見つめ、家族や友人と話し合うことから始めてみてはいかがでしょうか。
連載「クマさん、ここまでよ」
暮らしを守る知恵のほか、かわいいクマグッズなど番外編も。連携するまとめサイト「クマここ」では、「クマに出会ったら?」「出会わないためには?」など、専門家監修の基本の知恵や、道内のクマのニュースなどをお伝えしています。
取材・撮影:HBC報道部、Sitakke編集部IKU
文:Sitakke編集部IKU
2025年3~4月上映の劇場版「クマと民主主義」で監督担当。2018年にHBCに入社し、報道部に配属されてからクマの取材を継続。2021年夏からSitakke編集部。
※円山西町町内会勉強会「ヒグマテーブル」は、北海道大学CoSTEP・円山西町町内会の主催、札幌市環境局・NPO法人Envision環境保全事務所の協力で行われました。
※掲載の内容は取材時(2025年1月)の情報に基づきます。