3歳で無発語、多動だった自閉症娘。成人した今思う、児童発達支援で育てた「成長の種」【読者体験談】
監修:井上雅彦
鳥取大学 大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授/LITALICO研究所 スペシャルアドバイザー
発語がない娘。私は1歳3か月の頃から「何か障害があるのではないか?」と思い……
現在20歳の娘は、3歳8か月で軽度知的障害を伴うASD(自閉スペクトラム症/当時は広汎性発達障害)と診断されました。娘は注意力散漫な面があるとともに、なにかにつまずくとひどく落ち込んでしまうところがあります。でも素直で真面目な性格で、愛嬌があるかわいい子です。今は穏やかな日々を過ごすことができていますが、それは3歳後半から通い出した児童発達支援のおかげだと思っています。
なかなか発語らしいものが出なかった娘。私は娘が1歳3か月の頃から「何か障害があるのではないか」と思っていました。ですが、健診で指摘を受けることなく、そのまま幼稚園へ入園。その後さまざまなトラブルが起こるようになったのです。
入園後間もなく加配が。年少クラスと未就園児クラスへ半々に通うように
娘は発語がないだけでなく、じっとしていることができませんでした。椅子に数分と座っていられませんでしたから、ほかのお子さんたちと同じように行動することはとても難しい状況だったようです。まだ診断はありませんでしたが、3歳から入園して間もなく娘に加配の先生がついてくださるようになりました。
そして、園と保護者で相談をし、娘に園に早く慣れてもらうために、登園は午前中のみ、1週間のうち3日は在籍している年少クラスへ、残りの2日は未就園児クラスへ通うことになりました。障害や特性のある子どもに対して理解のある園だったので、柔軟に対応してくださったのだと思います。その後、娘はなんとか幼稚園に通っていたのですが、相変わらず話すことはありませんでした。
ある日、加配の先生、担任の先生、副園長先生たちから「娘ちゃんはお話しをしません。保健センターへ相談してみませんか」と提案いただきました。ショックはありませんでした。ずっと一人で娘の障害を疑っていましたが、他人からの指摘に「やっぱり……!」と確信を持った瞬間でした。
私は、市の保健センターへ相談へ向かいました。
居住地に療育センターがない!往復2時間半かけて隣の市まで通う日々
市の保健センターでは、臨床心理士さんと娘、私で何度か面談をし、検査が行われました。やはり娘はASD(自閉スペクトラム症)だと思われる面が多いと指摘され、児童発達支援へつながることになりました。
ただ当時、私が住んでいる地域には療育センターがなかったのです。臨床心理士さんに探していただいたところ、ありがたいことに隣の市の療育センターが受け入れてくれることになりました。さっそく紹介状を書いていただき、娘は隣の市の施設へ月2回通うことになりました。保健センターへの相談からここまでは約1か月半という、かなりスピーディな展開でした。
ただ、隣市の療育センターまでは往復で2時間半!月2回といえども、最初は私も娘も、精神的、体力的にきつく大変でした。
※当時は療育センターという名称でしたが現在は「児童発達支援事業所」「児童発達支援センター」などに変更されています。
児童発達支援での刺激は、娘の成長の種に
距離は遠かったですが、3歳後半から満6歳になる就学前ギリギリまで、2年6か月ほど療育センターに通って本当に良かったと感じています。
児童発達支援を始めるようになってからも、教室から飛び出す場面はありましたが、娘をみて下さった心理士さんは丁寧に対応してくれ、落ち着いてみんなと同じ行動が取れる場面が少しずつ増えていきました。ずっと同じ心理士さんに見ていただけたのも、安心材料でした。
それまで娘の世界は家庭と幼稚園のみでしたが、療育センターという居場所ができ、そこで適切な関わり方をしていただけると、ある瞬間ぐっと成長することに気づきました。適切な他者からの刺激はこんなにも子どもを伸ばしてくれるのかと驚きました。さまざまなことを教えてもらい、それを娘は自分のペースで吸収していったようです。
幼稚園、療育センターの方と相談し、年中時は年少クラス、年長時はからは年中クラスのみに通いましたが、卒園については「大丈夫!」とお墨付きをもらい、娘と同級生の年長さんたちと一緒に卒園できました。そこには入園当時トラブル続きだったのが嘘のように成長した娘がいました。
児童発達支援での時間があったからこそ、現在の穏やかな日々がある
大人になった今、じっとしていられないということはありません。たまに噛み合わないこともありますが、会話も問題なく続けることができ、職場の人たちとの関係も良好です。児童発達支援での時間があったからこそ、現在の穏やかな日々があるんだなあと実感しています。
ただ、働くようになりお金の管理もだいぶできるようになりましたが、料理や洗濯などはまだまだ……。でも、今のように明るく過ごしてくれれば、それでいいかなとも思います。
親なきあとのことは心配ではありますが、これからもさまざまな刺激の中、娘のペースで成長して人生を楽しんでもらえればと思います。
イラスト/星あかり
エピソード参考/S.K
(コメント:井上先生より)
お子さんが成人期の今、幼児期を振り返るとその当時悩んでいたことや受けて良かった支援、反省点など、いろいろな思いがあるでしょう。発語の遅れなどに悩まれていた幼児期、療育センターに早期につながり、お子さんに合ったプログラムを受けることによって少しずつ成長を感じられるようになられたのですね。幼稚園と専門機関を並行して活用する並行通園は当時からありましたが、通われていた療育センターと在籍園との連携はとてもうまくいっていたのではないでしょうか。幼児期に親子を支えるさまざまな地域機関が互いに連携できることも大切だと思います。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
知的発達症
知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。