【マルク・ローテムント監督「ぼくとパパ、約束の週末」】 「バイエルンだけじゃ、人生は学べない」
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで12月13日から上映中のマルク・ローテムント監督「ぼくとパパ、約束の週末」を題材に。
自閉症と診断された10歳のジェイソンが、父ミルコとともに毎週末、ドイツ各地のサッカースタジアムを訪ね歩く。1~3部の56クラブの中から自身の「推し」を探すため。
ジェイソンは宇宙物理学者を目指すだけあって、例えば宇宙の収縮「ビッグクランチ」の原理をとうとうと語るほどの知識の持ち主である。だが自分で決めたルールを守ることに固執するあまり、周囲とのあつれきが絶えない。
実話に基づく本作においては、さまざまなルールの優先順位が微妙に変化する点が興味深い。「56クラブ全ての本拠地でゲームを見る」が最上位に置かれると、それを阻害する「ルール」は適用が緩和される。ジェイソンは他人との近接距離が苦手だが、「試合を最後まで見る」というルールを守るために、スタジアム入場時のボディーチェックを目をつぶって耐える。
「自閉症の子どもとその親が、さまざまな困難を乗り越えて目標を達成する」という分かりやすい着地点に降りてこないところがいい。一義的には10歳の男の子が主役だが、「子育てを妻に押しつけていた夫」がわが子と正面から向き合う過程を描いた作品、という言い方もあり得るだろう。
スタジアムでのロケシーンが豊富で、各クラブのサポーターの合唱に感動する。ニュルンベルクを皮切りに、1.FCウニオン・ベルリン、シャルケ、バイエルン、フォルトゥナ・デュッセルドルフなど、日本人選手に縁のあるクラブも多数登場。ドルトムントのサポーター席「南スタンド」は「世界で一つの黄色い壁」と形容されていて、サポーターの熱がギュッと凝縮している様子が映画からも伝わってくる。
ヘルタ対ドルトムントという黄金カードに家族で足を運ぶも、ジェイソンはとある理由でベルリンのスタジアムの入場を拒む。その理由が実にまっとうで、感心してしまう。
映画の各所にフットボールの哲学がちりばめられていて、サッカーファンにはたまらないせりふが多数。特に良かったのはニュルンベルクのサポーターの言葉だ。「FCバイエルンだけじゃ、人生は学べない」
6対0だと失望しかないだろ、と言葉が続く。強者を称揚するばかりでは成長はない、と受け取った。人生の指針になる言葉だろう。(は)
<DATA>※県内の上映館。12月18日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、2025年1月2日まで)
シネマイーラ(浜松市中央区、12月27日~2025年1月2日)