利用者からの暴力・ハラスメントへの対応方法とは?
本日のお悩み:利用者さんからの暴力は我慢するしかない?
利用者さんから暴力を受けて主任に相談したら、ケアが間違っていたからだと言われました。
たしかに私の力不足もあると思います。
でも施設の外なら普通は傷害罪になるようなことでも、私たちが悪いのでしょうか?
いつか大事にならないかひやひやしています。黙って受け止めるしかないのでしょうか?
◆この記事のポイント◆
1.利用者さんからの暴力は「労働災害」になる
2.暴力の背景は理解しつつチームで動くように工夫しよう
介護現場における暴力などのハラスメントは珍しい話ではありません。また、暴力が原因で長年続けた仕事を辞めてしまったり、その影響で収入が減少したりとその場だけの問題ではなく、その後の生活にも影響を与える場合があります。
一方で、「普段は優しい利用者さんだから」「認知症などで辛いのかな」などと利用者様の気持ちを案じ、介護職員として大目に見たい気持ちもあると思います。とはいえ、暴力は傷害罪など罪に問われるべきものです。施設内での暴力やハラスメントはどのような扱いになるのでしょうか。
本日は法律の視点と現場の視点でそれぞれ専門家の先生方に解説いただきます!
「利用者さんからの暴力」を法的な視点で見ると?【弁護士: 伊達伸一 先生】
執筆者/専門家
伊達 伸一
https://mynavi-kaigo.jp/media/users/10
職員の5~9割が利用者さんからの暴力やハラスメントを受けたことがある
三菱総合研究所が2019年に調査した「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書」によると、サービス形態によって差はありますが、職員の5~9割が利用者からのハラスメントを受けたことがあるとのことでした。
そして、利用者から職員へのハラスメントの内容をみると、訪問・通所系では人格否定・能力否定などの暴言が主となる「精神的暴力」が最も多く、その他のサービスではいずれも物を投げつけられる、唾を吐かれるなどの「身体的暴力」が最も多かったとのことでした。※1
このように、介護の現場では、職員さんが、利用者さんから暴力等を受けていることは少なくありません。
※1 出典:厚生労働省株式会社 三菱総合研究所「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究
報告書」
暴力やハラスメントの種類
介護現場における暴力やハラスメントとはどのようなものがあるのでしょうか。暴力やハラスメントは大きく分けると以下、3つの種類があります。
1.身体的暴力
2.精神的暴力
3.セクシュアルハラスメント
※参考:厚生労働省株式会社 三菱総合研究所「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究
報告書」
●身体的暴力
身体的暴力とは、身体的な力を使って危害を及ぼす行為のことを指します。職員側が、回避することができ危害を免れた場合でも、危害を及ぼそうとした段階で身体的暴力に含みます。
具体的な例は以下の通りです。
・コップを投げつけられる
・蹴られる
・手を払いのけられる
・たたかれる
・手をひっかく、つねる
・首を絞める
・唾を吐く
・服を引きちぎられる
●精神的暴力
精神的暴力とは、個人の尊厳や人格を言葉や態度によって傷つけたり、おとしめたりする行為を指します。具体的な例は以下の通りです。
・大声を発する
・サービスの状況を覗き見する
・気に入っている職員以外に批判的な言動をする
・刃物を胸元からちらつかせる
・利用者さんの家族が「自分の食事も一緒につくれ」と強要する
・家族が職員に理不尽な要求をする
●セクシュアルハラスメント
セクシュアルハラスメントとは、意に沿わない性的誘いかけ、好意的態度の要求、性的ないやがらせ行為などを指します。具体的な例は以下の通りです。
・必要もなく手や腕を触る
・抱きしめる
・入浴介助中、あからさまに性的な話をする
・卑猥な言動を繰り返す
・勤務中の職員の服の中に手をいれる
利用者さんからの暴力は基本的には「労働災害」になる
利用者さんからの暴力に起因する労災認定について
職員の方が利用者さんから暴力を受けた場合、基本的には「労災」になります。
また、暴言についても、精神障害を発病していることなどといった一定の要件を満たしていると、労災認定の対象となります。※
そのため、賠償については勤務先の法人に対して責任を問うことになります。
その後の生活に支障が出るような後遺障害が残った場合も、その点が賠償の額として問題となります。
加害者である利用者さんに対しては、利用者さんが認知症で責任能力が無かったりすると利用者本人の賠償責任を問うことは難しいでしょう。
利用者さんの親族に責任が問えるかどうかという点も法的な問題としてありますが、施設に預けている場合は難しいかもしれません。
※参考:厚生労働省精神障害の労災認定
利用者さんからの暴力に起因する労災申請時の注意点
次に、労災を申請する際の注意点について説明をします。労働災害は、仕事による業務災害と、通勤による通勤災害に分かれています。利用者さんからの暴力や暴言は、介助中など業務の時間におこなわれるものですので、「業務災害」に該当します。※
また、労災は申請したからといって必ず認定されるものではありません。利用者さんの責任能力の有無や、職員さんの元々の疾患の有無なども加味したうえで認定されます。
※参考:厚生労働省労災保険給付の概要
弁護士や公的な窓口に相談しましょう
労働災害に関する相談先で法的な相談は弁護士に行いましょう。
また、暴力を受けたことにより発生する生活の相談は、行政や公的な相談窓口などそういった相談を受け付けている団体に相談しましょう。
迷ったら厚生労働省 総合労働相談コーナーのご案内から各都道府県の窓口を探すことができます。
利用者さん同士のトラブルに発展すると、法的責任を負うことも
介護の現場では、暴力等に及ぶ利用者さんの問題行動の対応に頭を悩ませているかと思います。
しかしながら介護事業者は、職員や他の利用者の生命・身体の安全を守るべき安全配慮義務(安全で健康に働ける・利用できる環境を整える責任のこと)を負っています。
暴力等の問題行動が見られる利用者さんがいた場合、これにしっかりと対応しておかないと、万が一職員や他の利用者さんに危害が及んでしまった場合、介護事業者としては法的責任を負ってしまう可能性があります。
ー実際に損害賠償請求が認められた事例も
実際に、特別養護老人ホームにおいてショートステイを利用した際、利用者が他の利用者の車椅子を押して転倒させた事案において、介護事業者に安全配慮義務違反による損害賠償請求が認められた裁判例があります(東京高裁 平成18年8月29日判決)。
この裁判例では、介護職員に対し暴言を吐いたり暴力的な行為をしたりといった事故前の状況から、事故発生の予見可能性が認められるとして、その利用者の安全を確保する義務があったとして損害賠償請求を認めています。
このような事態を未然に防ぐために、職員と利用者さんの関係ももちろんですが、利用者間同士の関係も把握し適切な対応が必要となります。
利用者さんからの暴力に対する施設・事業者の義務について
事業主は、労働契約法第5条において「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められています。
労働者の安全への配慮を怠った場合、損害賠償を請求されるリスクや、事業所や施設のイメージダウンに繋がるといったリスクがあります。
では、労働者の安全に配慮するためにはどのような工夫ができるのでしょうか。
1.暴力防止のための体制構築
2.職員への適切なサポート提供
3.安全な労働環境の整備
4.利用者さんおよび家族への意識啓発
1.暴力防止のための体制構築
暴力などをできる限り起こさない、起きた場合もしっかり対応できる状態をつくるという観点で、施設・事業所として方針の決定や周知を行い、体制を構築することは重要です。
体制構築のために、暴力などの傾向がある利用者さん情報を従業員間で共有しておく、暴力発生時の対応マニュアルを作成しておくなど職員全体で把握しておくことが大切です。
2.職員への適切なサポート提供
施設全体の体制構築も大切ですが、職員一人ひとりに対するサポートも重要です。
具体的には、相談窓口の設置や日頃の研修の実施、ハラスメントに関する話し合いの場の設置などです。職員にとって、利用者さんからの暴力や暴言は周囲に打ち明けづらい問題だと思います。
しかし、日頃から施設や事業所として課題意識を持ち、風通しのよい環境を作っておくことで、いざというときにも施設一丸となって、対応ができるようになると思います。
3.安全な労働環境の整備
また、職員に対する安全配慮という観点で、労働環境の整備を行うことも大切です。
具体的には、利用者さんやご家族の情報に基づく担当配置や申し送りを行うこと、苦情に対する適切な対応と連携体制を築いておくことなどです。労働環境において、可能な限り事前に配慮しておけると、暴力などの予防に繋がります。
4.利用者さんおよび家族への意識啓発
また、施設や事業所の職員側だけで対策を行っても、実際に暴力やハラスメントを行ってしまう利用者さん側への配慮ができないと元も子もありません。
そのため、利用者さんやそのご家族に対しても意識啓発を行う必要があります。
具体的には、契約時に暴力やハラスメントにあたる行為を説明する、トラブル防止のためにご協力いただきたい事項を伝えておくなどが実施できる事項です。職員だけでなく、利用者さん側の意識も高めておけると相互予防を行うことができます。
利用者からの暴力が起きる原因について【専門家:古畑佑奈 先生】
執筆者/専門家
古畑 佑奈
https://mynavi-kaigo.jp/media/users/19
まずは認知症の症状について復習しましょう
まず、今回の利用者さんが認知症であるという前提でお話したいと思います。
ご存知かもしれませんが、大切なことなので復習だと思って読んでいただければ幸いです。 認知症には、「中核症状」と「行動・心理症状」があります。
「中核症状」とは、出来事を忘れてしまうといった記憶の障害、時間や場所がわからなくなる見当識の障害、思考力や判断力の低下、物事の手順がわからなくなる遂行機能障害といった症状です。
これは、認知症と診断される人みなさんに、進行の程度によって現れます。
もう一つが「行動・心理症状」です。「BPSD」と言われます。
行動症状としては、ひとり歩きや帰宅行動、昼夜逆転、不潔行為、異食行為、などがあり、攻撃的な言動や介助への抵抗もこちらに該当します。心理症状には、不安感や強迫症状、抑うつ状態、無気力状態などがあります。
このBPSDは、人によってさまざまで、症状が出ないという方もいます。 認知症介護に携わっている方は、このBPSDと向き合い続けていることがほとんどではないでしょうか。
BPSDは身体的要因・心理的要因・環境的要因で起きやすくなる
さて、ではBPSDは、なぜ起きると思いますか?
それには、身体的要因、心理的要因、環境的要因がかかわってきます。
◆身体的要因:水分不足・体調不良・便秘・薬の副作用etc.
◆心理的要因:不安・孤独・ストレスetc.
◆環境的要因:騒音・慣れない場所・慣れない介護者etc.
これらの要因に働きかけることができれば、症状が治まることもあります。
ですから、一概に「質問者さんのケアが適切でなかった」だけが理由ではないかもしれません。
もしかしたら、便秘で調子が悪かったのかもしれない。
もしかしたら、寝不足でいらいらしていたのかもしれない。
もしかしたら、部屋の照明が明るすぎて嫌だったのかもしれない。
自身のことを責めるのではなく、利用者さんの立場で考えてみましょう。
暴力やハラスメントへの意識が低い
また、利用者さんの世代についても考えてみると、現在より暴力やハラスメントに対する意識が低かった世代であるという背景もあります。
男尊女卑といった考え方や、ハラスメントの線引きなどが異なる可能性があるので、先述したように契約時の説明や目線合わせが重要です。
暴力は「言葉にできない気持ちの表れ」と理解する
とはいえ、「暴力」で表現された気持ちを受け止めるのはとても大変です。
これから書くことはきれいごと、と思われてしまうかもしれません。
ですが、これだけは忘れないでください。
利用者さんは、言葉にできない気持ちを、暴力という形で表現されています。
決して、質問者さんを、傷つけようとか、困らせようと思っているわけではないのです。
むしろ利用者さんからの不調の訴えである可能性もあります。行為の背景になにがあるのか、いろいろな可能性を考えて「生活を整える」ことが、介護の仕事です。
利用者さんからの暴力が発生した際の対応方法
利用者さんからの暴力が発生した場合、まずは自分の身を守ることが大切です。そのうえで、状況や内容を詳しく記録します。
ここからは上司への相談や、利用者さん家族との連携など第三者も交えての対応となります。1つずつ詳しく見ていきましょう。
上司に報告し、施設全体で適切な対策を講じる
暴力などが発生した場合、できる限り当日のうちに上司や管理者に報告をするようにしましょう。そして施設全体で行える対策はないかやケアプランで見直しが必要な箇所はないかなどを確認していきましょう。
報告がスムーズかつ正確に伝わるよう、先述した記録を行う際は、起こった事実だけでなく、どのような声かけを行ったかなどいつも以上に詳細に、記録する必要があります。
利用者さんの家族と連携する
利用者さんからの暴力が発生した際に、ご家族との連携も大切です。具体的には、契約時に目線合わせをした内容の確認や、今回のトラブルに関する対応方法などです。
また通所型施設の場合、家庭内のトラブルが関係している可能性もあります。施設や事業所の対応も大切ですが、ご家族と情報共有を行うことも再発防止にむけて大切でしょう。
振り返りはチームで!
質問者さんは、ご自身の力不足も要因であると考えておられるようなのですが、どこが不適切だったかの振り返りは主任に相談された際にしましたか?
また、そのことについてチームで相談する機会はありましたか?
要因を探ると、その方の訴えたかったことがいくつか出てくるかもしれません。
その場合は1人ではなく、ぜひチームで取り組んでみてください。
同じように悩んでいる職員の方もいるかもしれませんし、チームでその方に適切なケアを提供することが、BPSDの改善に必要なことなのではないかと思います。
対応が難しい場合は「かわす」技術も必要です
また、もともと気が短くて、普段から怒りっぽい方だった可能性もあるかと思います。
私の経験上、どんなに要因を探って働きかけても、申し訳ないことにこちらの考えがご本人の思いに至らず、対応が難しい方はやはりいらっしゃいました。
その場合、暴力を「かわす」技も必要です。イライラしていそうなときは時間をあける、1人ではなく2人で介助する、相手の行動パターンを予測して拳をよけるなど。
手をつかまれたときにスッと外せる護身術の技を覚えておくのもいいかもしれません。 (もちろん、相手に危害が及ばないもので、あくまでも自身が怪我を負うことを防ぐ目的です。転倒事故などには十分注意してください。) 少しでもヒントになることがあればいいのですが… 今後も、一緒に考えていければと思います。
最後に:ハラスメント対策マニュアルを見てみよう
厚生労働省は介護職員の方々に安心して働いてもらえるよう、介護現場におけるハラスメント対策に力をいれています。そして、その一環として介護現場におけるハラスメント対策マニュアル(※厚生労働省のサイトに遷移します)を作成しています。
その中には、組織としてハラスメント等に対する考え方を周知させておくこと、話し合いの場や相談窓口を設けること、未然防止に向けて日々点検を行うこと、行政など関係機関と連携をとっておくことなどが書かれています。
事業所としても、個人としても一度目を通し、施設ごとに今一度、暴力やハラスメントと向き合う機会を作ってみてください。
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