「エナジーを与えてくれる」ベンチでも存在感が際立つ岸本隆一“優れた観察眼と言葉の重み”CSを戦う琉球ゴールデンキングスに貢献
Bリーグ西地区1位の琉球ゴールデンキングス(全体3位)は5月9、10の両日、沖縄サントリーアリーナに西地区2位の島根スサノオマジック(全体6位)を迎え、年間王者を決める2戦先勝方式のプレーオフトーナメント「チャンピオンシップ(CS)」の準々決勝に臨んだ。 初戦は79ー71で勝利し、第2戦も88ー70で快勝。7大会連続となる準決勝進出を決めた。 準決勝の2カードは5月17〜19日に行われ、キングスは中地区1位の三遠ネオフェニックス(全体2位)と静岡県の浜松アリーナで対戦する。勝ち上がれば、宇都宮ブレックス対千葉ジェッツの勝者と決勝でぶつかる。 負けられない試合が続く中、準々決勝で頼もしい存在がベンチに帰ってきた。レギュラーシーズン(RS)の最終盤で全治8〜12週間の「左第5中足骨骨折」の怪我を負い、CS出場がほぼ絶望的となった岸本隆一である。 キングス一筋13年目。Bリーグは今季で創設から9シーズン目を迎えるが、この間に所属し続けているのは岸本のみだ。手術もあって一時チームから離れていたこともあり、ベンチにいると「収まりが良い」と感じたファンは多いかもしれない。 島根とのシリーズの間に選手たちが発したコメントを聞くと、チームにとっていかに岸本の存在感が大きいかが分かる。たとえコートに立てずとも、である。
真剣な眼差しと、柔らかい表情と…
第1戦のティップオフ前、両軍がシューティング練習をしていると、沖縄サントリーアリーナがにわかに沸いた。 キングス側のベンチにポロシャツ姿の岸本が姿を現したからだ。拍手で迎えたり、カメラを構えたりする人も。自らの足で歩いて来たことも、アリーナを沸かせる要素だっただろう。負傷したのは4月19日にあったホーム戦だったため、約3週間ぶりの面前の場だった。 試合が始まると、ベンチの選手が並ぶエリアの中央に座った岸本。当分の間は鋭い眼差しをコートに向けていた。いつもの試合のように、習慣的に戦況を読んでいたのかもしれない。ただ、味方の好プレーが続くと、徐々に柔らかい表情も見せるようになった。 特に印象的だったのは、第4クオーター終盤の場面だ。 フリースローを獲得した小野寺祥太が足が痛そうにして一時ベンチに下がり、松脇圭志が代わりに打つことになった。松脇は昨シーズンのCS準々決勝でも同様な境遇でフリースローラインに立ち、その時は2本とも外していた。おそらくではあるが、それも念頭にあったのだろう。松脇が2本ともリングを射抜くと、椅子から立ち上がり、満面の笑みを浮かべながら拍手を送った。
「チームのために頑張ろうと」
CSの熱戦を間近で観ていて、一人のバスケットボール選手として体がウズく部分もあったはず。2戦目の後、コート中央で受けたインタビューで「どんな思いでコートを観ていたんですか?」と問われると、笑いながら本音を口にした。 「いやあ、本当に『うらやましいな』という思いでした。2日間みんな楽しそうにプレーしていて、本当に元気をもらいました」 客席では背番号14のユニフォームを身に付けるファンが多く見られた。相手のフリースローの際は、自身の似顔絵が描かれたボードがゴール裏の客席を埋め尽くし、盛大なブーイングと共に揺れた。「岸本隆一と共に‼︎団結の力」。ボードには、ファンの想いが添えられていた。 それは、当の本人にも伝わったようだ。 「いろんな場所で、いろんな方の思いを目にしていたので、本当にこう…負けていられないな、というか。もっともっと良くなって、チームのために頑張ろうという気持ちで、特にこの2日間は過ごしていました」 エースガードを担う自身が不在の中でも、ベンチに入った12人全員が出場してシリーズを勝ち切ったキングス。チームメイトに対しては、シンプルに一言。「最高です」。頼もしさを感じたのだろう。深くうなづきながら、声を張った。
CS直前、大活躍した平良彰吾にかけた言葉は…
チーム最年長の34歳。豊富な経験に裏打ちされた安定したゲームメイクと終盤での勝負強さを武器に、キングスを力強く引っ張ってきた。 長く、大きな責任も背負いながらの歩みに対し、チームメイトからのリスペクトは深い。だからこそ、発する一言一言は重い。それはメンバーのコメントからも伝わってくる。 島根との第1戦で3本の3ポイントシュート成功を含む13得点を挙げ、勝利の立役者となった平良彰吾は、数日前にあったチーム練習中、岸本から言われた何気ない言葉でリラックスできたという。 「やっぱり隆一さんがいた方が雰囲気がいいですし、いろいろ喋ったりもする中で、数日前の5対5の練習中に『もっと力抜いてやれよ』と言ってもらいました。外から見たらそう見えるんだなと感じたところもあったので、ありがたかったです。そういった面でも、やっぱり隆一さんの存在は大きいです」 キャプテンの一人であるヴィック・ローも岸本を「ミスターオキナワ」と評し、チームに力を与える存在だと強調した。 「キシ(岸本)はチームにとって非常に重要な存在で、沖縄の象徴です。コートでプレーしている姿を見た方がいいのは当然ですが、彼がチームにいるだけでも自分たちに多くのエナジーを与え、ゲームに向けたモチベーションになっています」 岸本と同じポイントガードの伊藤達哉も「岸本選手がベンチに帰って来てくれただけでホッとするというか…。彼の存在が、本当に僕たちの力になっています。彼の思いを形にできるように、チーム一丸となってやっていきたいです」と力を込めた。 ローが言ったように、もちろん岸本がプレーできた方がいい。それはチームにとっても、ファンにとっても。ただ、コートには立てずとも、“ミスターキングス”がベンチに戻ってきたことで、キングスのスローガンである「団結の力」は間違いなく高まったはずだ。
影響を与えうる、岸本の「コートにいる感覚」
今シーズン、岸本がコートを離れたのは今が初めてではない。昨年12月の中盤戦でも、左足を痛めて4試合を欠場した。直近の2シーズンはいずれもフル出場だったため、欠場するのは実に3季ぶりのことだった。 それから数カ月後、岸本に取材を行った際、久しぶりにコート外や映像でキングスの試合を観た感覚がどのようなものだったかを聞いたことがある。答えはこうだった。 「正直、プレーしてる感覚とあまり変わらなかったですね。『試合に出たいな』というのはもちろんありますけど。ここ3、4年は試合をやりながら物事を俯瞰で考えることは自分の中でも訓練してきた部分があったので」 プレー中に見えている景色とあまり変わらないということですか、と確認すると、「みたいな感覚でいましたね」と返答した。 つまり、岸本はフロア上にいる時、実際にコートを見る“目”以外にも、常に“鳥の目”で全体を見渡すような感覚を持ちながらプレーしているということだ。逆を言えば、コート外にいたとしても、フロア上で見る景色もイメージできるのだろう。 ポイントガードとして培われた優れた観察眼や試合の流れを読む力は、やはりベンチでも発揮されているようだ。以下は小野寺に「試合中に岸本選手から『今はこうした方がいい』などの話はあるんですか?」と質問した際のコメントである。
『この部分はいいから、我慢してやっていこう』
「そうですね。『この部分はいいから、我慢してやっていこう』ていう冷静な発言もしてくれていました。チームにとってすごいプラスだと感じます。脇選手や僕も岸本さんとコミュニケーション取って、チームに言葉をかけてくれていたので、そこは本当に安心した部分かなと思います」 手術終了後、4月25日のクラブ発表で「今の気持ちを言葉にするのは、まだ難しい時間を過ごしています。『何の為にここまでやってきたのか』『しょうがない事なのだから切り替えよう』、そんな気持ちが行ったり来たりしています。しかし、いつの日かこの状況に感謝する日がくると僕は信じています」とコメントしていた岸本。 もちろん、今もプレーで貢献できない歯がゆさがあるだろう。メンタルの浮き沈みもあるだろう。それでも、今の置かれた立場で、メンバーの一人として、チームのためにできる限りの力を尽くすことを決意している。 島根との第2戦後のインタビューで準決勝への意気込みを問われ、力強く言った。 「僕にできることを最大限サポートしていきたいと思います。選手もそうですし、キングスを応援してくれる方々の思いを背負って、しっかりそれを形にできるように、とにかく楽しんでいけたらいいかなと思います」 アウェーの地で挑む準決勝。三遠は今シーズン、クラブ記録となる22連勝を飾るなど快進撃を続け、優勝候補に挙げられる難敵だ。高い壁を越え、4季連続となる決勝の舞台に進出するため、チームとファンで強烈な「団結の力」を発揮したい。 岸本隆一と共に。