立川さんぽのおすすめ6スポット。カフェから雑貨店、書店まで、多様な個人店が同居する街へ
多摩エリアのハブシティ・立川は、駅前こそ巨大ビルが林立するが、少し歩けば空と緑が広がっている。都心と田舎の狭間にあって個人店も元気。それどころか、独特な世界観が渦巻いている。
週替わりの媚薬にハマる『スパイス越境』
ドキュメンタリー『タコスのすべて』を見てスパイスに目覚めた大森夫妻。週替わりで出すのは原点のタコライスやカレーで、本場をリスペクトしつつ、塩麹や醤油を隠し味にした“越境”スタイルが信条。10種以上をブレンドしたガラムマサラの香りにも悩殺される。音楽活動する洋平さんとライターのふじこさんが醸す空気感もボーダレス。
11:30〜14:00、日不定・月〜水休。
立川流に手に取って遊べ『立川インフォメーションストア TiSTORE』
国営昭和記念公園の花みどり文化センターに4月お目見え。くるりんグッズ、空気の器やテラダモケイなど、立川みやげ「立川のたいこばん」に目が迷う。運営する『福永紙工』の駒村壮太さんいわく「是非手に取って遊んでみてください」。ワークショップも随時開催。『Adam’s awesome PIE』運営のカフェも併設。
11:00〜17:00、無休(カフェは月〜水休)。
絵本とモノづくりが満載のたまり場『cafe&books かとぶん』
祖母が営んだ住民憩いの加藤文具店。「そのコミュニティを残したい」と孫の敦さん・智子さん夫妻が開店した。絵本は書店勤め経験者の智子さん母・しづこさんのチョイス。売り切れ必至の『むぎこ製ぱん所』が日替わりパンを届け、キッチンカーが庭先に出店し、手芸、アナログゲームなど部活も盛ん。
11:00〜17:00(水はキッチンカー出店、金・土にイベント多し)、日・月・木休。
☎042-526-0945
おしゃべりも楽しい小屋『スープカフェ なんでもない日』
根川緑道沿いの立地にひと目ぼれ。児童文学作家のさなともこさんは持ち主に直談判し、店を開いた。「スープなら料理下手でも作れるかなと思って」と笑うが、テラスで販売する近隣農家の旬野菜を用いた日替わりスープはどれも香味がしみる。絵本や図鑑も満載な小屋の風情は「話し声が筒抜け」で、初見の客も交えておしゃべりの花が咲く。
10:30〜14:30、月〜木休。
茶を喫しながら耽美な世界に没入『オケモト手仕事雑貨店』
アンティーク着物が軒先ではためき、店では着物にエプロン姿の店主・オケモトノリコさんが給仕。奥の作家部屋に踏み入れば、かわい金魚さん、リルガさんなど、名うて作家の作品が2025年のテーマ「小川洋子著の最果てアーケード」に合わせ、月替わりで並ぶ。クリームソーダで喉を潤し、ハーブティで心を癒やし、1日過ごす人も少なくない。
14:00〜19:00、月に5日営業(SNSで告知)。
異世界への扉が開く妖精の本屋さん『狐弾亭(こびきてい)』
店主の高畑吉男さんは大学で妖精学を教えながら、2025年2月に本屋を開店。メルヘン、文学、スピリチュアルなどの新刊、雑貨も販売するが、店の一角を占めるのはケルト神話が主軸の、妖精にまつわる自身の蔵書群。日本に1冊しかない原書や図鑑は、サロンでドリンク片手にページをめくりたい。「アイルランド妖精譚の語りの会」、古楽器の演奏会も毎月開催。
14:00〜20:00、月・火休。
街に散在する心が羽ばたく場所
往来にぎやかなペデストリアンデッキを抜けると、ターミナル駅にかかわらず個性的な個人店が次々と姿を現して俄然面白くなる。その一つが『スパイス越境』。カレーやタコライスなど、アーティスティックな皿が印象的だ。しかも、切り干し大根などの和素材をもスパイスで調理するなど、「本場と日本を行ったり来たりするので“越境”なんです」と、店主のふじこさん。おいしさに国境はない。料理は自由だ!
爽快な国営昭和記念公園に足を向ければ『TiSTORE』で大人たちが陳列の紙飛行機を試していた。共同運営する立川観光コンベンション協会の木嶋雅史さんは、「立川のアートは日常的に触れる作品が多く、子供たちも美術館やギャラリーで触りたがります。それも立川らしさ、と言えるかも」と笑う。同じく共同運営の『福永紙工』の駒村壮太さんは「1/100建築模型用添景のテラダモケイのワークショップを見ていると、樹木からひまわりを咲かせるなど、お客さまの発想が自由。見ていて新鮮です」と頬を緩ませる。
確かに街を見渡せば、ファーレ立川のパブリックアートは触り放題だし、『石田倉庫』のような芸術家たちのアトリエもあって、アートが街に息づいている。戦前に遡れば「立川飛行機」があったし、デザイナーとタッグを組んで次々思いもよらぬ紙アートを発表する『福永紙工』は昭和の印刷加工会社が原点。モノづくり魂が根付いているのだ。
とはいえ、芸術家にありがちな孤高さは、立川の人たちからは感じられない。『かとぶん』では歩き回る小さな子を見守りながら、お茶したり、おしゃべりしたりして、趣味の部活を繰り広げている。店主の加藤敦さんは「みんな、店に入ってくるときは“お邪魔します”で、帰るときは“お邪魔しましたー”なんです。ここは店というより、地域の居間」と牧歌的。
根川緑道の豊かな情景を借景にした『スープカフェ なんでもない日』で卓上の花の可憐さに和んでいると「その花瓶、陶芸もするピアノの先生の作品なんですよ」とさなさん。「本当は私が生けようと思っていたけど、いつも準備に大わらわで、見かねて庭の花を摘んで毎週、生けに来てくれるんです」と目尻を下げる。「お店を始めて、いろんなご縁に恵まれています」。どうやら立川では暮らしの中でほのぼのとコミュニケーションを取りながら、感性を育んでいるようだ。
ニッチな世界すらフツウにそこにある
月に5日間しか開かない『オケモト手仕事雑貨店』の扉を開くと、耽美(たんび)系作家約50人の雑貨がひしめいていた。オケモトさんは「杖をついている方も、ここではパッと乙女に戻られますよ」と口元を綻(ほころ)ばせる。
また『狐弾亭』は、店主の高畑さんいわく「国立と立川のエアポケット的な場所」が功を奏し、街はずれの秘密の書店の様相。古楽器の演奏会も催し、盛況だ。「この辺りは古楽器を演奏する人も多いですよ。国立音大も近いですからね」。どちらも、特異な世界観を求める遠方客たちをも、街に引き寄せている。
人の数だけある個性と世界観。立川では多様な世界観が混沌(こんとん)と同居し、ゆるゆる交流しながらユニークな世界観を深めていた。
取材・文=林 さゆり 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2025年9月号より