【ユネスコ無形文化遺産「風流踊」の「有東木の盆踊」】8月15日、5年ぶり実施の「オクシズの盆踊」。江戸時代から続く文化遺産ってどんなもの?
静岡トピックスを勉強する時間「3時のドリル」。今回のテーマは静岡市葵区の有東木地区で8月15日に実施される「有東木の盆踊」。先生役は静岡新聞論説委員の橋爪充が務めます。(SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」2024年8月14日放送)
多様化する盆踊り
(山田)さっそく音が流れてきましたが、これは?
(橋爪)2022年に「風流踊(ふりゅうおどり)」41件の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録された「有東木の盆踊(うとうぎのぼんおどり)」です。聞いていただいているのは、その練習の音です。住民の方々が盆踊りの練習をしているところです。
(山田)風流踊が全国に41件あるということですか?
(橋爪)もっとあると思うんですが、代表的なもの、特徴的なものを政府が41件セレクトして、ユネスコに申請しました。
(山田)その一つということで。静岡市葵区の有東木といえばわさびで有名ですよね。
(橋爪)そうです。この音は私が8月8日に現地で採集したものです。7月下旬から8月上旬にかけて、有東木に通ってこの盆踊りについていろいろ取材しました。成果は8月11日付の静岡新聞に掲載しています。
(山田)有東木、行ったことがありますよ。安倍川沿いを車で走って、ちょっと右に曲がって。
(橋爪)そうですね。JR静岡駅から車で1時間ぐらいかかります。さて、今、お盆です。まず盆踊りの話をします。一説には500年近い歴史があるとか、ルーツをさかのぼると平安時代にたどり着くとか言われています。
(山田)月曜日の番組で「残しておきたい文化」というテーマで話をしたら、「盆踊り」というメッセージが多かった。でも、櫓のまわりで「チョチョンガチョン」と踊った思い出ってないですよね。
(橋爪)そうですね。いま、盆踊りは多様化しているんです。そもそもが、ちょっと前の言い方をするならディスコ、いまだとクラブのようなものですよね。人が大勢が集まって踊って騒ぐのは、楽しいですからね。
最近の盆踊りは従来の音頭や民謡だけでなく、ユーロビートやアニメソングを取り上げています。荻野目洋子さんの「ダンシング・ヒーロー」は各地で使われているとか。一方で、徳島の阿波踊りや岐阜の郡上踊りのように、観光資源となっている盆踊りもあります。
そんな盆踊りの一つ、「有東木の盆踊」は1999年に国指定重要無形民俗文化財に指定され、2022年に全国の24都府県41件の民俗芸能「風流踊」の一つとして、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
男女に分かれて踊る
(橋爪)「風流踊」というのは鮮やかな衣装をまとって太鼓やおはやしに合わせて踊るのが特徴です。死者の供養、豊作、雨乞い、除災への祈りが込められています。
(山田)盆踊りってそういうものですよね。
(橋爪)ユネスコ無形文化遺産の風流踊には、静岡県からもう一つ登録されています。それが、川根本町の「徳山の盆踊」。こちらもあした15日に開催です。鹿のお面をかぶって踊る、奇祭と言えば奇祭です。
(山田)ちょっと怖い感じもありますか?
(橋爪)いや、かわいいですよ。こちらも取材にうかがったことがあるのですが、今回は有東木に絞ってお話しします。徳山の盆踊については、また来年。
(山田)はい。
(橋爪)有東木地区の特徴ですが、わさび栽培で知られています。かつては大河内村と言われていました。有東木芸能保存会の西島友一会長によると、いまは55世帯で構成されているそうです。
(山田)55世帯だけど、ちゃんと盆踊が守ってつないでいるのがすごい。
(橋爪)盆踊は江戸時代初期から伝わっているもので、地元の曹洞宗寺院、東雲寺の境内でやります。
(山田)盆踊りと言ったら小学校のグラウンドのイメージです。
(橋爪)そうですよね。そういう盆踊りとはちょっと違うんです。一番大きな特色は、男女のグループに分かれ、数曲ずつ交互に踊るという点です。
(山田)フォークダンスっぽい。
(橋爪)有東木の盆踊は(男女が)混ざらないんです。男女のグループがそれぞれ数曲ずつ踊る。それを繰り返します。演目は全部で23あります。伴奏は基本的に太鼓だけですが、曲によっては扇子や小さいなぎなた、打楽器として使うコキリコ(竹棒)を持ちます。
(山田)へええ。
楽譜なし、歌詞は変化
(橋爪)この盆踊りをいつからやっているか、というのははっきりしません。約50年前から現地の調査を続ける静岡市歴史博物館名誉館長の中村羊一郎さんによると「徳川家康の大御所時代に駿府で大流行した『伊勢踊』が基になっている」そうです。城下町ではやったものが、周辺に広がっていったのでしょう。
(山田)じゃあ、川を上っていったわけですね。
(橋爪)中村さんは、最初に定着したのは梅ケ島村ではないかとにらんでいます。かつては安倍川筋、藁科川筋の各地区で独自の盆踊りがありましたが、いま川筋で残っているのは有東木だけです。
(山田)貴重な感じですね。
(橋爪)これ、本当に歌い踊るんですよ。踊りと歌が完全に一体になっている。楽曲が非常に複雑です。定型的な拍がない。体の動きと共に歌詞を紡ぎ出す。
(山田)振り付けは簡単なんですか?
(橋爪)動作自体は簡単なんですが、とにかく不規則なんですよ。よくこんなに難しい歌を皆さん歌えるなと思いました。
(山田)それを歌って、踊って残しているわけですね。
(橋爪)そこがまさに尊いところですよね。指導者の宮原孝雄さんに聞いたら、この方86歳なんですが、「楽譜は存在しない。長年人が人につなげてきた。これからもそうしていくだろう」とおっしゃっていて。
ここに30年ぐらい使っている歌集があるんです。この歌詞を見てください。これが面白い。
県内外の風物や景色、歴史上の著名人を描写したもののほか、色恋がテーマになったものもあります。
(山田)本当だ。平清盛が出てきたりしている。
(橋爪)甲州河内下山村に「お花」という「伊達者」、たぶん「粋な女」がいて「若い衆」を魅了している、というような軽い話もあります。
23演目の歌詞は成立した時期が異なるんです。一番古いのは室町時代と言われていて、新しいのは明治時代。さまざまな時代に歌の差し替えや歌詞の変更があったようです。これが面白いところですよね。
(山田)「再レコーディング」されているわけですね。そのたびに歌詞は変わる、と。
(橋爪)あえて変えている場合もあれば、伝え方が間違って変わってしまった場合もあるでしょう。時には「この話面白いよね」となって、歌詞を全部変えてしまったこともあると思います。
(山田)すごいロマンがある!
(橋爪)中村さんは「変容こそ風流の本質」と言っています。その時々の人々の好みに合わせて内容を変化させたからこそ、命脈を保つことができた、と。ある時代の人が「面白い」と思ってやらないと、その次の世代に伝わりませんからね。
(山田)すてき。
(橋爪)中村さんは「それをやってきたからこそ、有東木の盆踊がいまここにある」とおっしゃっています。それから、集落のまとまりが、こうした無形の文化財が伝わってきた理由だと。ここが有東木のすてきなところです。
(山田)時代の流れを取り入れながら変わっていくことで、今につながっている。
(橋爪)「形を守り伝える」ことが全てではないということですね。さて、「有東木の盆踊」は15日午後7時ごろから行われます。
(山田)一般の方も行けるんですか?
(橋爪)行けるんですが、駐車場はないのでご注意を。誰かに送り迎えしてもらう必要があるかもしれません。
(山田)ということで、ダンスにはまっている僕にとっても興味深いお話でした。今日の勉強はこれでおしまい!