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捕獲された野生鳥獣の9割が未利用 地域資源であるジビエの魅力を知る料理人が人と自然の継続的な共生を助ける 25年4月号

料理王国

捕獲された野生鳥獣の9割が未利用 地域資源であるジビエの魅力を知る料理人が人と自然の継続的な共生を助ける 25年4月号

あらゆるジャンルの美食が集結する東京。国内外からの来訪者にとっては、そこでの食体験が大きな目的になっている。なかでも提供する側に確かな知識と技術が求められるジビエ料理は、食都が誇る魅力の一つ。日本、そして東京でこそ味わえるジビエの魅力について、日本ジビエ振興協会代表理事とトップシェフに伺った。

近年、各地で鹿や猪による農作物被害が深刻化。捕獲数は年間約124万頭※に上るが、食肉として利用されるのはわずか10%ほど。残りの90%は利用されずに廃棄されているのが現状だ。

「せっかく捕獲した命を無駄にしないためにも、ジビエを資源として活用することが重要です」と語るのは、長野でレストランを営みながら、日本ジビエ振興協会の代表理事も務める藤木徳彦さんだ。

藤木さんがジビエに関心を持ったのは、レストランを開業した1998年のこと。「冬場の食材が極端に少なく、何か地元で使えるものはないかと探していたところ、猟師さんから鹿肉をもらったのがきっかけでした。それが驚くほどおいしかった」。しかし、地元では「鹿はおいしくない」とされ、ほとんど消費されていなかったという。
「調理方法や処理技術が整っていないことが、ジビエの本当のおいしさを知られる機会を奪っていたんです」

それから四半世紀。藤木さんらの活動もあり、現在は国のガイドラインが整備され、国産ジビエの品質は向上。調理技術の進化もジビエの魅力を高めている。「これまで産地で食べられるジビエ料理は鍋料理が多かったですが、今では鹿肉でだしをとる『鹿節』や、猪肉を使ったすき焼きなど、和食の技法を取り入れた料理も広がりを見せています」

※環境省「ニホンジカ・イノシシ捕獲頭数速報値(令和5年度)」(令和6年8月30日)より。
https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs4/sokuhou.pdf

「エスポワール」では近隣のジビエを扱うほか、全国のジビエも使う。この日、厨房にはオナガガモやマガモのほか、山口県から届いた鹿肉があった。

東京が国産ジビエをブーストし、産地と共鳴する

東京は、全国の食材が集まる食の中心地であり、ジビエの可能性を広げる場でもある。
「全国各地のジビエ肉が集まるだけでなく、さまざまなジャンルのレストランがあるのが東京の大きな魅力」と藤木さんも期待を寄せている。
「専門店が多い東京では多彩な形でジビエを組み込めます。東京でさまざまなジビエの楽しみ方が生まれ、それが産地にも伝わることで、ジビエという食文化が成熟していくと思います」

インバウンド需要の増加も、ジビエの普及に追い風をもたらしている。
「海外の方は日本近海でとれる近海魚を楽しみに日本を訪れている方も多いですね。海だけでなく、山の『天然物』として、国産ジビエも十分に魅力的な食材として受け入れられるはずです」

持続可能な未来のために「山の恵み」をいただく

しかし、ジビエの普及には課題もある。「飲食店でのジビエの取扱いには、仕入れコストの問題がつきまといます。現状では、牛肉と同じかそれ以上の価格になることもあり、安定供給が難しい」。そのため、ジビエを「安く大量に消費する食材」ではなく「付加価値の高い特別な食材」として扱うことが重要だという。
「例えば、フランスではジビエは家畜の肉よりも上位の食材として扱われています。日本でも単なる『捕獲された動物の肉』ではなく『山の恵み』として価値を高めるべきです」

鹿肉はバターで優しく火入れをし、赤ワインソースを添えて提供。

ジビエの活用は、単なる食文化の発展にとどまらず自然との共生にも繋がる。「捕獲された個体の利活用率を上げることで、無駄な廃棄を減らし、持続可能な地域経済を支えることができます」。また新たな技術として「ジビエカー」の導入も進んでいる。「これは、トラックの荷台を処理施設にし、現場で迅速に解体・衛生処理を行うシステム。フランス大使館の関係者も『こんなに衛生的な処理はフランスにもない』と驚いていました」。調理分野でも変化はある。今年度から調理師学校のテキストにジビエ調理についての項目が取り入れられたそうだ。

振興協会では衛生的な一次処理に必要な「剥皮室」「解体室」「冷蔵室」を車内に備えた移動式解体処理車・新型ジビエカーを開発。

日本ジビエ振興協会が、全国調理師養成施設協会の会員に向けて実施している「ジビエ料理セミナー」。写真は服部栄養専門学校で実施された時のもの。

日本のジビエは、今まさに進化の途上にある。「今後は、国内外の需要を見据えながら、適切な価格設定や流通システムの整備を進める必要があります」。料理人がジビエの魅力を理解し、消費者に伝えていくことで、日本のジビエ文化はさらに発展していくだろう。
「ジビエは単なる肉ではなく、自然と共に生きるための食材です。料理人の皆さんには、ぜひこの食材の可能性を探求し、新しい料理に挑戦していただきたいですね」

日本ジビエ振興協会代表理事
藤木徳彦 ふじき のりひこ

1971年、東京都生まれ。駒場学園高校食物科卒業後、長野県・蓼科高原のオーベルジュで修業を積み、98年に「オーベルジュ・エスポワール」を開業。2017年に「一般社団法人日本ジビエ振興協会」を設立。代表理事として、日本全体でのジビエの普及に取り組む。

一般社団法人日本ジビエ振興協会
(オーベルジュ・エスポワール)

長野県茅野市北山5513-142
TEL 0266-75-1885
https://www.gibier.or.jp

精肉技術と風土が生む繊細な味わい


日本ならではのジビエの魅力を表現

東京・青山に店を構える傍ら自らも狩猟を行い、確かな目と技術でジビエを極上のひと皿に昇華させる室田シェフ。東京だからこそ楽しめるジビエの魅力とは何かを、お聞きした。

ジビエ料理といえば、フランス料理の伝統の一つとして知られるが、日本でも近年、食材としての価値が高まっている。その中心にいるのが、東京・青山でフランス料理店を営む室田拓人シェフだ。自身も狩猟を行い、肉の扱いに精通した彼の手によって、日本ならではのジビエ料理が生み出されている。室田シェフによると、日本のジビエの特徴は、肉質の繊細さにあるという。「海外のジビエと比べると、鹿や猪は小型で肉質が柔らかい。脂身が少なくあっさりしているので、日本人の味覚にも合いやすいですね」。また、捕獲後の処理技術が進化し、ジビエ特有のクセを抑えつつ、旨みを引き出す工夫もなされている。

室田シェフが狩猟免許を取得したのは、お客様に最高の料理を提供するためだったそうだ。自ら仕留めた命に適切な処理を施し、余すことなく使うことが、質の高いジビエを生み出す鍵となる。そのため、全国各地の信頼する猟師や自身で狩猟したジビエを、厚生労働省が定めた衛生ガイドラインを遵守する処理施設で衛生的に解体してもらい、使用しているという。
「ジビエは、捕獲から処理までのスピードが味に直結します。例えば、撃ってから30分以内に血抜きを行うことで肉の臭みを防ぎ、旨みを引き出せる」と室田シェフ。加えて、その肉の状態を見極め、最適な加工や熟成方法を選ぶことも重要だという。「例えば鹿肉は熟成させることで旨みが増し、猪肉は適切にさばくことで脂の甘味を引き出せます」。こうした技術が、ジビエ料理の味わいを一層高めている。

海外からも着目される国産ジビエの可能性

ジビエは産地に近い地方でしか楽しめないと思われがちだが、室田シェフは「東京だからこそ、ジビエの可能性が広がる」と語る。
「東京には、フレンチだけでなく、和食や中華など多彩な料理が集まっています。例えば鹿肉を和風のだしで炊いたり、イノシシを四川風のスパイスで味付けしたりと、さまざまなスタイルで楽しめるのが魅力です」

「網獲り青首鴨のロースト」
フランスではコルヴェールと呼ばれる高級食材として知られるマガモ。室田シェフは10月頃に寒冷地から日本に渡ってきたマガモが十分に餌を食べて太る12月、網で捕獲しすぐに血抜きし処理施設で精肉されたものを使用している。野生味あるサルミソースで提供。

近年は海外からの観光客にもジビエが注目されている。
「寿司は世界中で食べられますが、国産ジビエは日本国内でしか味わえません。特にアジア圏のお客様は、日本のジビエに関心を示されますね」

「蝦夷鹿のロティ」
北海道別海町の蝦夷鹿(2歳オス)を2〜3週間ねかせたもの。ジビエのフォンに胡椒をきかせた、ジビエ料理定番の「ソース・ポワヴラード」にキクイモのピュレを添えた。鹿は季節によって様々な産地のものを使い分けるという。

「ジビエのパテアンクルート」
クラシカルなパテアンクルートのルセットがベース。中心にフォワグラを入れ、鹿、熊、猪、穴熊の肉のミンチ肉で包み込む。上に流し込むコンソメのジュレもジビエのコンソメ。動物達が住んでいる風景が浮かんでくるような、山の味わいがある逸品だ。

室田シェフは、ジビエの未来についてこう語る。「日本のジビエはまだ発展の途中。これからは日本ならではの調理法も取り入れた、新しい料理を広めていきたいですね」

日本のジビエ文化を牽引する室田シェフ。美食の最前線である東京で活躍する料理人の力が、そのおいしさと可能性を切り拓く未来を実現させていく。

室田拓人 むろた たくと

1982年、千葉県生まれ。武蔵野調理師専門学校卒業後、東京・芝の「レストラン タテル ヨシノ」を経て2010年より東京・渋谷の「デコ」シェフに就任。16年に「ラチュレ」を独立開業。09年に狩猟免許を取得した室田シェフのジビエ料理には、国内外でファンが多い。

ラチュレ

東京都渋谷区渋谷2-2-2 青山ルカビル B1F、2F
TEL 03-6450-5297
11:30〜15:30、18:00〜23:00
不定休

text: Reiko Kakimoto photo: Hiroyuki Takeda 協力:東京都

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