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18歳の“生きたい”想いを描いた物語。映画『春の香り』丹野雅仁監督インタビュー 神戸市など

Kiss

8月8日から『キノシネマ神戸国際』(神戸市中央区)で上映される映画『春の香り』は、脳腫瘍と闘いながらマンガ家を目指した18歳の少女・ハルカの、“生きたい”という想いを描いた、青春と恋の物語。

兵庫県小野市出身の丹野雅仁監督に、作品に込めた思いや撮影の舞台裏をうかがうとともに、故郷・兵庫のお話や、いつか撮りたい作品について教えてもらいました!

丹野雅仁監督

プロデューサーの堀ともこさんから、今回の作品の監督を依頼された時、最初は、「心が前を向かない」ところがあったとうかがいました。最終的に監督を引き受けるに至った経緯について、お聞かせいただけますか?

本作の原案は、脳腫瘍で亡くなられた女の子・坂野春香さんの「自分の存在を残してほしい」という願いを受けて、ご両親の坂野貴宏さん・和歌子さんが記録した闘病記で、その本を映画にしようと、堀さんから僕に依頼が来ました。

お話をいただいた時、僕は、人が亡くなる映画…特に若い女の子が病気で亡くなる映画というのは「ちょっと辛いな」と、正直にお伝えしましたが、堀さんから「女の子が亡くなる映画ではなく、“女の子が生きた映画”にしたい」と言われて。その言葉を聞いて、気持ちが変わりました。

原案である本はご両親が書かれているので、当然“親の目線”です。だから、映画にするなら“彼女の目線”、主人公である春香さんの視点で描きたい、と。

「18歳の女の子の、親の知らない一面も込みでフィクションとして描いてもいいですか?」と、坂野さんご夫妻に相談したところ、「ぜひ、それで構いません」と言っていただき、フィクションとして撮るという形で、監督を引き受けました。

©TTGlobal

その後、脚本を担当されたカマチさんと、彼女の青春を描く“恋の物語”として脚本を作り上げていったんですね。

彼女はマンガ家になりたい女の子だったので、想像力も豊かで、少女漫画の影響も受けていたと思います。しかも18歳という年頃なので、きっと恋にも憧れていただろうなと。

病気の影響で学校にもあまり行けなかったそうなので、実際にあったのかどうかは分かりませんが、物語の縦軸は彼女の「初恋」ということにしました。

18歳の女の子、それも青春・恋というテーマを扱うのは、やはり難しさがあったのでしょうか?

僕自身、それはすごく思いました。そこはもうカマチさんと僕の「おっさんの遠い記憶とロマンチズム」で書いています。「こうだったら絶対キュンとくる」っていうのを、おっさん2人で話し合って。だから憧れが入ってるぶん多少過剰かもしれない(笑)。

でも、実際に撮影が始まると、ハルカを演じた美咲姫(みさき)さんが「このシーン、キュンキュンくるよね」と言ってくれたんで。「監督ってロマンチストだよね」って。僕も「なに言うてんねん、俺はロマンチストだよ」と返したことを覚えています(笑)。

©TTGlobal

制作を振り返って、印象に残っている出来事があれば教えてください。

ハルカは“マンガを描いている”という設定だったので、「マンガを表現に入れよう」というのは、脚本段階から決めていました。ただ、マンガのパートはどうしてもフィクションっぽくなってしまうので、それ以外の部分はとにかくリアルに、「こういう人、いるよね」と思えることを意識しました。

作中に登場するタクミくんという彼氏は、完全に少女漫画的なキャラクターとして描いているので、その他の人物、たとえば家族などは、できるだけ“リアル”にしたかったんです。

リアルというのは、実在のご家族に寄せるということではなく、現実に存在していそうな、ちょっと生々しさのある人物像、という意味で、そこは気をつけましたね。

たとえば、美咲姫さんと篠崎彩奈さんは、“妹とお姉ちゃん”なんですけど、この映画に出てくる大人って、家族とお医者さんくらいなんです。それ以外はほとんど登場しません。

必然的に親とのシーンが多いんですが、美咲姫さんに「親に敬語で話す?」と聞いたら、「いや、敬語は使わないです」と答えが返ってきて。じゃあ、「大人に対して自然にタメ口で話す癖をつけよう」と、撮影中は両親役の松田さんや櫻井さんをはじめ、スタッフ全員――僕も含めて大人全員に対して「絶対に敬語を使うな」と「タメ口令」を出しました。

若い人ほど、目上の人に対して普段から敬語で話すのが癖になっているので、最初はすごく違和感があったと思いますが、時間とともに慣れたようで、今でも彼女たちは僕らにタメ口で話してきますよ。「よそではちゃんと敬語使えよ」と言ってますけど(笑)。でも、それは映画にとっては効果があったと思います。

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主演の美咲姫さんは、約1,000人のオーディションから選ばれたと聞きました!

オーディションって、やっぱり若い俳優たちはみんな「私を見てください!」みたいなエネルギーを出してしまうことが多いんですけど、彼女は違っていました。原案の本をしっかり読んで、春香さんに対しての思いがものすごく強かった。オーディションに臨むにあたって、「私はあなたにならせていただきます」という手紙を毎夜、春香さん宛に書いていたと言ってました。

その人に“なる”という覚悟のようなものが、他の人と比べて一番強かったんですよね。それがとても印象的でした。

本作はハルカの目線、親の目線、周囲の人たちの目線など、さまざまな視点から観ることができますが、本作を観た方に「こんなことを感じてくれたらいいな」と思っていることがあれば、教えてください。

映画に対する感想や印象は、観る人によって違って当たり前なので、「こう感じてくれたらいいな」というものはありません。でも、やっぱり春香さんと同年代の“若い人”に観てほしいですね。

僕たちは普段、何気なく日々を暮らしているけど、その生活はものすごくスペシャルなバランスの上に成り立っていて、なにかひとつ崩れると「あ、こういうことになるんだ」「こういう人もいるんだ」と気づかされることがある。

映画の中でも言っていますが、“今のこの瞬間”というのは普通じゃないんです。“普通”ってよく分からない言葉ですけど、それを、なんとなくでも感じてもらえたら嬉しいと思っています。

監督は兵庫県の小野市出身と聞きました。故郷の小野市に対してどんな印象をお持ちですか?

生まれてから育った場所の印象…、特にないかもしれない(笑)。でも地元って、そういうものな気がします。僕は、けっこう前からよく沖縄を行き来しているんですが、沖縄ってすごいんですよ。都会に憧れて東京や大阪に出て行っても、最終的には「やっぱり島がいい」と戻ってくる人の割合がものすごく高いんです。

文化的な部分も関係しているのかもしれませんが、それを目の当たりにすると、「いいなあ」と本当に思います。そんな時、「じゃあ、自分にとっての兵庫県や小野市を、どうすればああいうふうにできるんだろう?」と、よく考えることはあります。

たしかに、兵庫県は人口の流出が問題になっています。沖縄と比較したときに、なにか“違い”があるのかもしれません。

僕の印象としては、兵庫県って、ちょっとでかすぎるんじゃないかなと思っていて。山の向こう側は完全に日本海側の文化圏で、神戸の方は瀬戸内の文化圏。南北の両方が海に面している県って、青森県と山口県を除けば、兵庫だけじゃないですか?だからこそ、兵庫県をひとまとめに語るのは難しいのだと思います。

県に対する愛着というよりは、もっとピンポイントな“地域愛”みたいなものになっている?

そうそう。しかも、その中で“神戸”が強すぎるんですよ。神戸の人に「どこ出身ですか?」と聞くと、「神戸」と言いますよね。「兵庫」とは言わない。横浜の人が「神奈川です」と言わないのも同じ。「誇れる」感覚です。

僕は昔から、神戸にすごく憧れがあって。子どもの頃から「街に行く」といえば神戸だったし、親がお中元やお歳暮を買いに行くときもついて行ってました。映画館で映画を観たり、というのも神戸だったので、僕にとってすごくスペシャルな場所なんです。

ただ、神戸の人間ではないから「神戸出身」とは言えない。おこがましいし、恐れ多いんですよ。かと言って僕が「小野」を誇っても誰も知らないし(笑)。

監督が兵庫県を舞台に新しい作品を撮るとしたら、どこで撮ってみたい、どんな作品にしたいでしょうか?

今から30年ぐらい前に、県内のあるケーブルテレビが開局記念に企画を募集していて、そこに送った作品が、僕が一番最初に書いた脚本なんです。それを撮りたい気持ちはあります。

泳げなかった男の子が、泳げるようになるという話で、少し“河童”の要素を盛り込んでいて…。河童の伝説って、全国いろんな場所に残っているじゃないですか?それって、日本に住む人の多くが海や川、山の近くで育ってきたことの証であり、日本人にとっての“スタンダード”は、そうした自然が身近にある環境だと思うんです。

さっき「育った場所としての小野の印象って、これといってないかも」みたいなことを言いましたが、今回、小野にしばらく居てみると、毎日朝から蝉はシャクシャク鳴いてるわ、キリギリスはギーギー鳴いてるわ、という当たり前の夏の風景がとても楽しいんですよ。

だから、そうした原風景がちゃんと映っていて、「あ、これは“うち”の物語だ」と感じられるような、河童の話にしても「うちの地域にも似た話があるな」と思ってもらえるような、そんな物語を作りたいです。

海も山も川もある兵庫県は、絶好のロケ地ですね!

最初に作ったお話を、自分の仕事の“最後の締めくくり”にするのはアリかもしれませんよね(笑)。

当時はテレビ局から「うちは開局したばかりなので、(予算的に)これは無理です」と言われて。デジタル技術も未発達で、CGもなければドローンもない時代だったので、僕自身も「これは(撮るのが)難しいな」と思っていたんです。でも今だったら、技術的には簡単に撮れます。なんだったら、iPhoneで撮れるかもしれない。

昔は夏休みになると、子ども向けの実写映画がよく上映されていましたが、そういう映画がなくなってしまったことに少し寂しさを感じています。

今、ちょうど構想しているのが、まさにそういう映画です。舞台は兵庫ではなく、沖縄ですが…(笑)。

1973年に沖縄のある動物園が、タイからゾウを輸入したんです。そのゾウが那覇空港に到着した後、木製の檻から逃げ出していなくなったんですよ。みんな大騒ぎして、必死にゾウを探したんですけど、そのまま今に至るまで、発見されていません。

当時の新聞には「ゾウがいなくなった」「捜索中」「依然行方不明」と載ったんですけど、それで終わったんですよ。そのゾウは、輸入された当時まだ10カ月くらいの子ゾウだったので、今も生きていてもおかしくない。その出来事をもとに、夏休みに3人の女の子が「ヤンバルでゾウを見たらしい」という噂を聞いて、ゾウを探しに行く――。そんな話を考えています。

『春の香り』と同じく、実話をきっかけに構築された物語なんですね。すでに制作に向けて動き出しているのでしょうか?

まだ全然。今は僕がプロットを考えているだけの段階で、プロットに興味を持ってくれるプロデューサーが見つかったら、そこから動き出す、という感じですね。

劇場で上映される日を楽しみに待ちたいと思います。本日はありがとうございました!


作品情報
映画『春の香り』
【監督】
丹野雅仁
【プロデューサー】
堀ともこ
【脚本】
カマチ
【原案】
坂野貴宏、坂野和歌子
【キャスト】
美咲姫、櫻井淳子、佐藤新(IMP.)、篠崎彩奈、松田一輝、平松賢人(BOYS AND MEN)、笠井信輔ほか

上映劇場
<兵庫県>
キノシネマ神戸国際
(神戸市中央区御幸通8丁目1-6 神戸国際会館 11F)

公開日 2025年8月8日(金)〜

丹野雅仁監督について
兵庫県小野市出身。2002年『1‑イチ‑』で映画監督としてデビュー、『カミナリ走ル夏』(2003)、『イツカ波ノ彼方ニ』(2005)、『ラブレター 蒼恋歌』(2006)、『パラノイア』(2014)、『メイド・イン・ヘヴン』(2021)、『あの夜、コザにいた。』(2022)、『春の香り』(2025)などの作品を手がけている

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