長崎の急斜面・木密エリアの土地を農園化。空き家跡地をまちの未来に繋げる「さかのうえん」の活動とは
坂のまち、長崎が生まれたのは戦後
日本では多くの都市が山に囲まれた盆地や海から近い土地などの限られた平地にあるが、そのうちでも平地が少なく、斜面地が多いのが長崎県長崎市だ。
長崎市は深く入り込んだ長崎港の周辺を埋め立てることで形成され、その後、戦後復興期に山腹を駆け上るように市街地化が進んだ。
市では標高20m以上か、平均傾斜度5度以上を斜面市街地と定義しているが、現在ではそれが既成市街地の7割を占める。市のホームページでは「住宅建設一般の経済的限界と言われている15度以上のところまで、市街地が形成」されているとも。言葉通り、坂のまちなのだ。
しかも、戦後、区域区分が行われる前にもともと斜面にあった棚田や農地などを潰して無計画かつ急速に開発されたため、あまり質のよろしくない住宅が密集。本格的な車社会到来前夜だったため、幅員が狭く、階段もある道路が作られており、車の入れない市街地が広範に存在することになった。
近年ではそこに住民と住宅の高齢化が安全面の不安に拍車をかける。
木造で燃えやすい、密集しているので延焼の懸念がある、斜面だと上部に燃え広がる、震災の時には土砂災害のみならず、老朽化した住宅、ブロック塀などの倒壊で道路が閉塞、より避難を難しくするなど挙げ始めればいくつもある。実際、火災も度々発生している。
それをなんとかしようと市では国、他自治体に先駆けて先進的な空き家対策を行ってきた。それが2006 年度から行っている公費解体型事業である「老朽危険空き家対策事業」。2011 年度からは補助金型事業の「老朽危険空き家除却費補助金」も行われている。
公費解体は一定の要件の元で空き家を寄付してもらい、行政が更地化。以降は地元の自治会等で維持管理に当たるというもの。空き家がそのままで放置されないのが良いところだが問題もある。維持・管理である。草刈りひとつも大変なのだ。
自治会の空き家跡地管理を肩代わり、農園にした「さかのうえん」
そんな自治会管理の空き家跡の土地を借りて斜面地で農園を始めた人がいる。長崎都市・景観研究所(null)の平山広孝さんだ。
平山さんは学生だった2010年に「長崎市若者のまちづくり施策提案制度」を利用、斜面都市のリ・デザインをテーマに1年間行ったフィールドワークなどの成果をまとめて当時の長崎市長に現在の「さかのうえん」のアイディアをプレゼンした。
「元々長崎市出身ですが、一度県外に出て、そこでたまたまバイト先で知り合った友人と意気投合、長崎で何かしたい、斜面地を変えようと始めたのがこの活動。まち登山、斜面でアート、そしてさかのうえんと3つのアイディアが出たうち、さかのうえんを市長にプレゼンしました。さかのうえんは坂+農園という意味です」
市長は「おもしろいね~」とアイディアを賞賛してくれたが、その時はそれだけ。それが実現したのは10年後、2020年のことである。現在活動している中新町東部の自治会長から自治会で管理している土地を使わないかと声がかかった。
中新町エリアは長崎の重要伝統的建造物保存地区である東山手エリアに隣接する住宅地で、細い路地、階段の周囲に小規模な住宅が密集する典型的な長崎の斜面地。中心地のひとつ、新地中華街あたりからなら15分くらいだろうか、十分歩ける距離だが、資産性はあまり高くはなく、空き家も2~3割くらいに及ぶ。歩いているとところどころに朽ち始めた住宅を見かけるエリアだ。その中にぽつんぽつんと更地になった土地があり、平山さんが自治会に替わって管理を始めたのはそんな土地のひとつ。
「こうした空き地自体は他にもありますが、活動に理解がないと使わせてもらえない。ところが、中新町東部の自治会に続き、中新町南部の自治会にも活動的なスーパー自治会長がいらっしゃり、そのおかげで以降年に1ヶ所くらいのペースで農園が増えてきました」
空き家の活用より「農園にするほうが良い」という理由
自治会としてはそれまで自分たちで草刈りをするなど労力を要していた土地を貸すことでそれが農地として使われ、人が来るようになる。手間が省けて賑わいが生まれるならうれしい話だ。
「区画を区切って貸す、農園全体を貸すなど農園ごとに使い方は違いますが、土日は主に若い人が作業をしに来て、それだけでは不足する草刈りなどを地元の高齢者が補ってくれるなどでやり取りが生まれています。
農園の面白いところは誰の眼にも生育状況が見えること。会話のきっかけになりやすいのです。それに農園には草むしりなど誰にでもできる、やることがあり、誰がいても不審に思われることのない場所。しかも、草むしりをしたら感謝される。ある種の居場所にもなり得るのです。
時には農園利用者以外の人が集まるイベントなどもやっており、子ども達が集まることも。地元の人達には賑やかになったと喜ばれています」
建物の中での作業と違い、誰が来ているのかが見えているところも地域の人には安心。普通は夜間に作業することはなく、うるさい思いをすることもない。逆に昼間忙しかった農園利用者が仕方なく夜間に収穫に来たところ、周囲の人に咎められたという笑い話もあった。近所の人たちにとって農園は守ってあげたいと思う、関心のある土地になっているのだ。
空き家問題では建物を残して活用しようというやり方が多いが、こうした経験から平山さんは畑にするほうがメリットがあると考えている。
建物があるとリノベーションはもちろん、維持管理にお金がかかる。だが、畑であれば維持管理コストは安く、農産物を売ればお金を生む。教育や福祉の場として使うこともできる。実際、平山さんはさかのうえんでそうした活動も始めている。
「さかのうえん」の取組みは、福祉、教育と連携、国から管理委託も
「昨年の秋から福祉事業者と連携、農作業をしてもらい、できた野菜を販売するようになりました。事業所に来ている人の中には屋外で作業をするのが好きな人も多く、その人達が唐人菜、辻田白菜などながさき伝統野菜等を栽培、収穫物を乾燥ミックス野菜に加工、販売するという流れです。乾燥させておけば長く販売できるからです。
また、隣接する海星高校の授業や部活でさかのうえんを活用、収穫体験、試食会、国産小麦の栽培などといった教育活動も展開しています」
さかのうえん開始から5年目。活動は確実に広がっており、5ヶ所目の農園は自治会からではなく、国から土地の管理委託を受けた。
「2025年に新たに整備した『さかのうえん中新町ザ・ビュー』は国が所有している土地の管理を市民団体として引き受けたもの。相続後に所有者にワケがあって国が所有することになった土地は売却が基本ですが、接道がないなどで建物が建てられない土地は売れません。その土地は財務省が管理することになりますが、それが増えていくと管理コストが嵩む。そこで市民団体に管理委託できるようにする制度が生まれ、この農園はその制度を利用して生まれました」
国では所有者不明土地の発生を防ぐため、2023年から相続した土地を国庫に引き渡すことができる相続土地国庫帰属制度をスタートさせている。これまでの物納制度に加え、新たな制度ができたことで国が引き受けることになる土地は増えていくはず。加えて、それらの多くが細切れの、使いにくい土地であることは想像できる。
となれば、コストをかけずに管理、かつ地元のためにもなるという使い方が必要とされる。さかのうえんはそれにも寄与する仕組みということになる。
長崎の斜面地を選択肢のある場所に変える
さらに平山さんはその先を考えている。
斜面地、空閑地の利用法として農園はこれまでもあったやり方で、特に目新しいものではない。だが、平山さんが農園を選んだのは農園がやりたいからではなく、長崎の斜面地を選択肢のある場所に変えていくために有効だからだ。
「長崎の斜面地の問題点は細い路地に小さな区画、古い木造の住宅が密集していることにあります。でも、それが少しずつ間引かれて家が更地になり、農地になっていったら風景は大きく変わります。家が点在、その周りに広い農地あるいは庭が広がるようになったら眺望、採光、風通しもよくなり、火災などの危険も減ります。住む場所として考えても魅力的になるはずです。
長崎は平地が少ないため、中心部近くのマンションは4,000~5,000万円と高額でしかも50~60m2とコンパクト。利便性は高いけれども、広さ、居住環境、価格などの面から選びにくいと思う人もいるはずで、今後、斜面地が密集市街地でなくなっていったら、それに代わる住まいの選択肢になり得るのではないかと思うのです」
住宅にするという選択肢以外にもやり方はあり得る。宿にしたり、キャンプ場にしたり、点在する空き地を使ってパターゴルフ場もいいし、小さな土地なら小屋を建てる、トレーラーハウスを置くという手もある。お荷物だった斜面地が新しい長崎の魅力、財産になるかもしれないのだ。
「長崎は山も海もあってまちにもいろんな表情がある。コンパクトだけれど密度が高く、利便性も高い。のんびりした雰囲気、人の優しさなどさまざまな魅力がありますが、そこに住まい、暮らしの選択肢が加われば。最近では市内の別の場所でも斜面地の活用を研究しています。斜面地を魅力的にできれば長崎は変わります」
最後に連れていっていただいた国から管理を委託されている『さかのうえん中新町ザ・ビュー』は長崎港一望、遮るもののない開放的な場所だった。住宅が間引かれ整理されていけば、斜面地は変わる。斜面の魅力を活かした住まい、施設などが生まれてくれば、このまちはもっとおもしろくなる。過去のマイナスをプラスに転じようとするやり方にわくわくする。
■取材協力
長崎都市・景観研究所(null)