映画『しまねこ』~ 画期的!猫語がユニークな世界観を生む離島ファンタジー
人間の営みのあるところ、猫の姿あり。
ゆえに、猫は人間に何かを訴えているのかもしれないという想像が、新たな創作のタネになることもあるでしょう。
映画『しまねこ』はほぼ全編、メインキャストのセリフが猫語に置き換えられた突飛な設定の作品。
しかしそこは商業映画なので、人間が見事に感情移入できるような独自の工夫が凝らされているのです。
むしろ、猫の言葉だから沁(し)みたという観客の声も聞こえてきそうな『しまねこ』はどのような作品なのでしょうか。
広島県福山市での公開、舞台挨拶に先立ち、今関あきよし(いまぜき あきよし)監督のインタビューを通して、いち早く紹介します。
映画『しまねこ』とは?
2024年10月18日(金)から福山市の福山駅前シネマモード、10月25日(金)から岡山県岡山市のシネマ・クレール丸の内にて公開される映画『しまねこ』。
岡山県笠岡市・笠岡諸島の北木島を舞台に、3匹の猫を女の子に擬人化して描かれる、幻想ものがたりです。
公式ホームページ
ミカタ・エンタテインメント配給作品『しまねこ』
舞台挨拶付き上映会のお知らせ
舞台挨拶付き上映会の日時などは以下のとおりです。
福山駅前シネマモード1(広島県・福山市)
・10月20日(日)午後4時30分からの上映後、午後5時40分~6時10分頃の予定
・登壇者:美咲姫、大島葉子、今関あきよし監督、山本周史(ラインプロデューサー)
シネマ・クレール丸の内(岡山県・岡山市)
・10月27日(日)午後5時5分からの上映後、午後6時10分前後の予定
・登壇者:鎌田らい樹、増井湖々、美咲姫、佐伯日菜子、今関あきよし監督
ストーリー
チョコ、ココア、ミントは、瀬戸内海の島に住む野良猫たち。日向ぼっこしたり、毛づくろいをしたり昼寝をしたり、時には冒険したりしてのんびり暮らしている。
でも実はココアはかつて交通事故で怪我をし、ミントは可愛がってくれた家族から捨てられた悲しい過去があった。そしてチョコは海に飛び込んで泳ぐのが好き。でもそれは虐待を受けていたからだろうか?助けてくれた大きな手を覚えているが小さな頃だったため、よく憶えていない。
そんなある日、海に落ちてしまったチョコを優しい手の誰かが救い出してくれて…。(公式サイトより)
▼映画「しまねこ」予告編【9/7より新宿K’s cinemaほか全国順次公開】
キャスト・スタッフ
映画『しまねこ』の見どころのひとつは、少女映画の巨匠 今関監督が、今後の活躍がますます期待される新人俳優を作品の中心に据えていること。
また利重剛(りじゅう ごう)、大島葉子(おおしま はこ)、佐伯日菜子(さえき ひなこ)といった、今関組の常連俳優たちが作品の世界観をさらに広げています。
フレッシュな3匹の主演俳優たち
ヒロインのチョコ役、鎌田らい樹(かまた らいじゅ)は、映画『幼子われらに生まれ』や『かそけきサンカヨウ』に出演するなど、いま注目の若手。
ココア役の増井湖々(ますい ここ)は、ドラマ『エルピス -希望、あるいは災い-』や映画『違国日記』など話題作への出演が続いています。
ミント役の美咲姫(みさき)は、2025年春公開予定の主演映画『春の香り』が控える、鹿児島出身の有望株です。
監督は少女映画の巨匠 今関あきよし
今関あきよし(いまぜき あきよし)さんは学生時代、大林宣彦(おおばやし のぶひこ)監督の推薦で、ぴあフィルムフェスティバルで入選受賞。若干23歳で、劇場映画「アイコ十六歳」(1983年)によりプロ監督デビューを果たします。
その後、浜崎(はまさき)あゆみや初代モーニング娘。の主演映画など、ティーンエイジ・アイドルを中心とする映像作品の監督として数多くの映画・テレビ作品を手掛けました。
黒澤明(くろさわ あきら)監督の作品『夢 ~Dream’s~』のメイキング映像「MAKING OF DREAMS 夢 黒澤明・大林宣彦 映画的対話」では、メインスタッフとして参加。
近年は岩手、鹿児島、ウクライナ、ロシアなど国内外を舞台に、研ぎすまされた映像と温かい眼差しで現地で生きる人物を描き続けています。
最新作では、台湾の絵看板師のドキュメンタリー『顔さんの仕事』と本作が連続公開されています。
ラインプロデューサーは山本周史(福山市出身)
本作のラインプロデューサー、福山市出身の山本周史(やまもと ちかふみ)さんが現地コーディネートなどを担当。
山本周史さんは2022年2月、笠岡市の地域おこし協力隊に就任、とくに笠岡諸島の活性化を掲げ、東京でイベント運営に携わっていたノウハウを生かし、さまざまな地域おこし事業を手掛けています。
ロケ地は瀬戸内の北木島
岡山県笠岡市の笠岡諸島の中心にあり、そのなかでも最大面積を誇る北木島(きたぎしま)は、2019年に日本遺産にも認定された「石の島」。
「北木御影石」で知られ、桂林やベニスを想起させる景観や大規模な採石現場など、映画ロケ地としても活用の潜在能力は十分とされています。
笠岡市街からフェリーで片道1時間の船旅を楽しんだ後は、悠久の時が築いた絶景を目の当たりにできるのです。
今関あきよし監督インタビュー
尾道出身の大林宣彦監督に見出される形で、プロデビューした今関あきよし監督。
40年以上に及ぶキャリアを誇りながら、クリエイティビティを維持するために、現在も好奇心のおもむくままに人と会い、自らをつねに掻き回しているのだそう。
今回は純度の高い今関映画に挑んだという『しまねこ』の製作の裏側について、ラインプロデューサーの山本周史さん同席のもと、笠岡市観光協会でインタビューしました。
猫語を翻訳した字幕も世界初
──東京ではすでに公開されていますが、お客さんの反響はいかがですか?
今関(敬称略)──
北木島のおもむき、石切り場とか含めた独特の風景にまず驚いていたようです。
そして全編、世界初の字幕がついた猫語のセリフに戸惑いながらも、最初の5、6分過ぎるとだいたいみなさん慣れて、違和感なく観られていました。
最後のほうは猫にしか見えなくなって、ペットを大切に飼われているかたなどはかなり感情移入されていたようです。猫の習性をよく知っているので、なおさらだったんでしょう。
──翻訳字幕の入れ方も画期的です。
今関──
とくに若いかたにとって、LINEアプリとか、ああいうメッセージのやりとりって自然な感覚ですよね。
本作の字幕は色を分けて、配置もいろいろ変えるとかね。そうしないと、どの猫のセリフか分からなくなるんですよ。一方であまり画面を邪魔したくないので、字幕の入れ方はすごく悩みましたね。
──猫語が続くなかで、要所要所に入る(人間の言葉の)モノローグのナレーションが対比的に効いていました。
今関──
主演の彼女たちはまだ駆け出しの新人ですから、女性としての声も(お客さんに)聞かせてあげたいというのもありました。
見方を誘導するという意味でも、お客さんが感情移入するきっかけになるので、人間の言葉でナレーションを入れさせてもらったんです。
個性に合わせた猫語を役に与える
──最初の脚本では、セリフは人間の言葉だけで書かれていたんですよね。
今関──
最初は猫語にする予定はなかったんです。女の子を擬人化させて描くことは決めながらも、猫っぽいアクションとかいろいろできるけど、それだとコミカルになってしまう。
猫だといわれたって、なかなか分かりづらいと考えていたら、脚本家からのアイデアで猫語にしたらどうか、といわれて。
──監督とは10代からお知り合いの脚本家・小林弘利(こばやし ひろとし)さんからの提案で?
今関──
そう、そこで猫を飼っている小林くんに、全部猫語に翻訳して、一匹一匹キャラクターを付けたいので、それも含めて書いてほしいと頼みました。
そんな展開があり、3匹の猫は読み合わせながら、がんばって猫語のセリフを入れたわけです。東京でリハーサルをちょっとして、北木に入ってからも旅館で毎日毎日。
ほぼ貸し切り状態だった北木島の旅館の部屋から、ずっと猫の声が聞こえてきてた。ニャーニャーって(笑)。
だから、3匹の猫のセリフはアドリブじゃなく、全部人間のセリフと対応させて覚えているんです。
北木島の異空間を作品の背景に使いたい
──ロケ地に選ばれた北木島の決め手となったのは何でしょう?
山本(敬称略)──
最初に監督が、Googleマップを見ながら探していた段階では、白石島のほうがいいなって言ってたんです。でも北木島に来てみたら、この作品はこちらのほうが合うねっていう経緯で決まりました。
今関──
北木島はすべてが手つかずの自然というのではなく、石が切り出されて水が溜まっている場所があったり、ちょっと人工的な異空間のようなところがあるじゃないですか。
あまり観光地化されてないというのもあいまって、島の異質な感じと作品がすごく合っている気がしたんです。
純度の高い今関映画に挑む
──本作はこれまでの今関監督の過去作において、どのような位置づけの作品なのでしょうか?
今関──
いつも何かのオファーがあって動き出すのではなく、つくりたい映画を撮ってはいるんですけど、なかでも今回は、さらに純粋に自分のやりたい企画として撮ったんです。
いわゆる大林映画というのにならえば、今関映画としては純度の高い作品なのかな。
だから好き嫌いは分かれるかもしれないけど、それを覚悟の上でピュアに撮りたいっていうのが実際に反映された作品だと思いますね。
いまなお偉大な大林監督の功績
──いま名前を出された大林監督は、地元・尾道に残した功績は大きく、ここ備後地域の40代以上のかたのなかには、なんらかの影響を受けたという人は少なくないと思います。
今関──
僕らの世代の映画監督で、大林さんに影響されてない人っていうのはいないに等しいんじゃないですかね。
僕がプロデビューする監督作『アイコ十六歳』では、大林さんに製作総指揮、いわばプロデュースをしていただきました。
その後は、大林さんの作品を手伝うようにもなったし、現場でカメラをやったり、メイキング映像を撮ったり、編集を補助したりして、直接関われるようになったので、やはり影響は強く受けていますね。
──大林監督から受けられた影響はさまざまだと思うのですが、その辺りを少し明かしていただけますか?
今関──
デジタル時代になってからとくに、映像も、音楽も、いわば苦節のいらないエンターテインメント業界ですが、その流れに反するようにクオリティ(偏重)主義に陥ってはならない。そう考えるのも大林さんの影響があります。
(デジタル時代よりずっと以前に)大林監督が自由に映画を撮って世に公開していたから、そうした柔軟なスタンスが許されると承認されたわけです。
だけど大林監督の(劇場映画)デビュー作『ハウス』は公開当時、映画界から総スカンを食らったんです。業界では誰一人として認める作品じゃなかったんです。
でも僕らファンにとっては大絶賛の画期的な映画だったから、ルールとかセオリーを踏まえなくても、好きに撮っていいんだという証明にもなった。
いったら、なんでもありの自由奔放な撮り方に太鼓判が押されたという。そこからスタートしてるんです。とくに僕らの世代は。
ま、ルールやセオリーは後からつくったりするかもしれないですけどね。
地域と連携をとるラインプロデューサー
──山本さんにお伺いします。本作ではラインプロデューサーとして、どのような関わり方をしたのですか?
山本──
基本は地域と制作側をつなぐこと、スタッフがうまく回るようにする縁の下の力持ち的な仕事。
最初は現地コーディネーターをやってくださいという話だったんです。ただ(北木島の)地域のかたが、町内を回って交渉した上に、いろいろ手伝ってくださるんで、実際にはそのサポートですよね。
だからコーディネーターとしての肩書きは地域のかたに担っていただき、映画の便宜上、ラインプロデューサーとクレジットされてます。
潮位の変化に対応するバックアップ
──撮影現場の準備などで苦労されたことはありますか?
山本──
北木島の周辺は、潮の干満差が2mぐらいあるんで、監督がこちらに来島する前にも、(潮の干満との)撮影日程の調整が難しいかもしれませんって言ってたぐらいなんです。
(「北木島のベニス」といわれる)千ノ浜の護岸の海辺に、映画だときれいに小舟が浮いているけど、撮影しているうちに潮が引いて、係留ロープが引っ張られ、小舟が宙吊りになってしうまうんです。だから途中で北木の漁師さんを呼んで、そのロープを調整していただいてました。
今関──
それらの対策として時間表をつくったんですよ。いつだったらここで撮れるか。絵になる日・時間帯を計算してスケジューリングしてもらった。
だからそういう意味では、あれだけきれいな絵が撮れたのは、現地のかたと山本さんの協力を含め、確かな情報があったからですね。
北木島グルメを満喫
──北木島での一週間の撮影期間に、島グルメを召し上がられましたか?
今関──
宿(天野屋旅館)から歩いていける距離にある、「港屋」の亀の手から出汁を取ったラーメン。塩と醤油の2種類あるラーメンをキャスト&スタッフ全員で、最終日にいただきました。
あとは宿で食べた、1匹丸ごと素揚げしたタコは抜群にうまかった。あまりにおいしいのでべた褒めしたら、翌日か翌々日にもまた出していただいて。
予算は相当絞って申しわけなかったぐらいなのに、結構豪勢なバーベキューを2回も用意していただいて、和牛から海鮮から、そこに地元のかたが北木島でとれた牡蠣を差し入れてくれて、こんな贅沢(ぜいたく)していいんですかっていう。だから食事の面で、かなり北木島を満喫したと思います。
聖地巡礼しながら島の魅力にふれる
──山本さんの笠岡市地域おこし協力隊としての活動と、映画『しまねこ』がつながる部分はありますか?
山本──
本作のパンフレットには、QRコードで読み取ると、ロケ地がGoogleマイマップ上にピンポイント表示される「ロケ地マップ」を掲載しています。
実際に行こうと思えば、それを頼りに島内をまわれるように準備しているんです。
今関──
東京の上映時にも、あの背景がすごいけど、北木島ってどこなのって、みなさん興味津々のようすで、だからパンフレットも売切れていましたね。
島内を周遊できる電動の小型車・グリスロはあるし。3つの港を経由して回るだけでもいろんな風景を見れるし、何もしなくてものんびりできる島だなと僕は思うんです。
10月20日は福山駅前シネマモードで舞台挨拶
──20日の舞台挨拶(福山駅前シネマモード)が近づいています。どのような心境ですか?
山本──
会場の福山駅前シネマモード(当時ピカデリー劇場)は僕が子どものころ、最寄りの映画館だったんですよ。
そこで『ET』とか、『ゴジラ』とか観たりしていたので、その舞台で挨拶させていただくのは感慨深く、監督には感謝なんですけど、地元にちょっとだけでも今回、恩返しができるかなっていう心境です。
映画『しまねこ』ができたことで、地元の良さが伝わると良いかなと思っていて、地元の人にはちょっと誇りに思えるぐらいきれいな場所が、こんな近くにあるんだっていうのを知ってもらえるのがやっぱり楽しみですね。
おわりに
「地域の魅力は、地元住民にはなかなか気づきにくいので、外部のすぐれた映像作家がそれに光を当てていただけると期待している」ラインプロデューサーの山本さんはそういいます。
たしかに本作で今関監督は、生き生きとした人物(動物)像を描きながら、刻々と表情を変える北木島から巧みに情景描写をひき出しているように感じられました。
また、メディアを通して「~は猫の楽園」といった常套句(じょうとうく)で語られがちな離島や漁港の実情に対し、一歩立ち止まって考える機会をえられたと思います。
映画『しまねこ』は、そうした多面的な鑑賞のできる、少しビターな大人のファンタジーです。本作に興味を持たれたかたは、できれば劇場の大きなスクリーンでの鑑賞をおすすめします。