昭和の学校にあった「緑色の液体石鹸」の知られざる背景。「解決したい課題があるから商品を売る」
植物性の洗浄成分を使った「ヤシノミ洗剤」の原料調達が環境を破壊しているかもしれないという課題感から始まったサラヤの社会貢献活動は、いまや課題解決のために商品開発をするという逆転の発想に。ソーシャルビジネスを牽引してきた取締役の代島裕世さんは、「ビジネスが破壊した環境は、ビジネスで回復するしかない」と話します。
【前編】地球にやさしいはずの洗剤の"炎上"から20年。「見た者の責任」を問い続けるサラヤの本気度
ーー前編の記事で、社会貢献活動の原動力として「現場を見た者の責任」という言葉がありました。代島さんはドキュメンタリー映画制作の経験があるということですが、サラヤに入社したきっかけは。
早稲田大学を卒業後、ドキュメンタリー映画を制作した時期もありましたが、それだけでは食べていけず、塾講師やタクシー運転手をしていました。
ちょうどサラヤがここの東京本社ビルに移転したばかりだった1995年のある日、向かいのLPGスタンドで補給してUターンしてきたら、初老の男性が手を挙げて立っていました。乗り込んできたものの行き先の指定もなく、変だなと思いながらも「映画では食べていけなくて......」と身の上話をしたんですね。すると、「メーターを上げたままでいいから喫茶店に入ってコーヒーでも飲もう」と言われ、そこで名刺を渡されたのが、創業者の更家章太でした。
私はサラヤという会社を知らなかったんですが、奇遇にも「ヤシノミ洗剤」を使っていたので縁を感じました。今と同じステンドグラスのデザインのパッケージだったのを覚えています。
広告宣伝の担当を探しているからとトントン拍子に話が進み、入社することになりました。
ビジネスが破壊した自然
当時は「サラヤをドキュメンタリーにしてやろう」と思っていたくらいなので、今も現場主義で、現場で、匂い、温度、場の空気を感じることを大切にしています。2004年から取り組んでいる東南アジア・ボルネオ島の環境保全活動ではすでに20回以上、ボルネオを訪れています。
生物多様性がある森は、食物連鎖が機能しているので、生き物は擬態していたり、隠れていたりします。なので、ものすごくたくさんの生き物の気配を感じるのに、姿が見えないんです。そんな健全な森と比べ、一面がアブラヤシで覆われたプランテーションを見ると、率直に気持ちが悪いと感じました。もし1本が病気にかかるとすべてが滅びるような危うさも抱えています。
長い年月をかけてビジネスが破壊してきたものは、チャリティーだけではなかなか回復できません。ビジネスで解決しなければならないのだと、強く感じています。
ーーチャリティーだけでは回復できないというのは、どういうことでしょうか。
チャリティーでは資金を持ち出すか集めることになるため、持続性に限界があるからです。
現在サラヤは「ヤシノミ洗剤」など原料にパーム油を使用している製品の売上の1%(メーカー出荷額)を東南アジア・ボルネオ島の環境保全活動に使用しています。そしてすべての製品の売上の一部が、関連する何らかの社会貢献活動に寄付されています。
商品に寄付がついていれば、売上に乗じて資金が集まることに加え、消費者の共感を生み、課題認識を広めることもできます。私たちはメーカーとして、商品をつくって並べて売ることと、社会課題の解決を合体させていて、どちらか片方だけでは成立しません。
手洗いの文化をつくる
ーーソーシャルビジネスのトップランナー企業として知られていますが、その考え方は、サラヤの原点が公衆衛生であり、公共性が高いビジネスだという側面にもよるのでしょうか。
学校などの公共施設で、備え付けの容器に入った緑色の液体石鹸を見たことがあるでしょうか。あれが、創業の原点である日本初の薬用石鹸液「シャボネット」です。
三重県立工業学校(現在の松阪工業高校)に通っていたときから石鹸のつくり方を学んできた創業者の更家章太が1952年、固形石鹸より衛生的な液体石鹸を開発するとともに、手のひらで押し上げるスタイルの専用容器を開発しました。赤痢や食中毒などの感染が蔓延していた戦後まもない日本で、手洗いの普及によって公衆衛生の向上を目指したのです。
最近の新型インフルエンザや新型コロナウイルスのパンデミックでも実感しているところですが、公衆衛生というのは、個人の衛生管理とは異なり、倫理観や道徳観が全体的に高くなければ成立しない、非常に難しい領域です。
その実現のためには、石鹸やアルコール手指消毒剤を提供するだけでなく、手指衛生の習慣づくりやインフラ整備まで進める必要があります。
サラヤとしてSDGsの17の目標を研ぎ澄ましてどれか一つだけ選ぶとすれば、3番の「すべての人に健康と福祉を」だと思います。そして、事業領域である「衛生」「環境」「健康」の3つのテーマで世界に貢献することを目指しています。
その一つが、アフリカ・ウガンダで手洗いを普及させる「100万人の手洗いプロジェクト」です。
ーーウガンダでは「サラヤある?」などの会話があり、「サラヤ」がアルコール消毒剤の代名詞になっていると聞きました。
2010年にスタートした「100万人の手洗いプロジェクト」はビジネスに発展し、アルコール手指消毒剤の現地生産や医療従事者への教育、普及活動を進めています。また、対象となる日本国内で販売する衛生商品の売上(メーカー出荷額)の1%で、ウガンダのユニセフ手洗い促進活動を支援しています。
もっとも最近では、解決したい課題が先にあって、そのために商品を開発するケースもありました。ウガンダでの活動を通して、あまりにもひどい男尊女卑や母子保健の現状を見てしまったからです。
ウガンダでは出産は命がけです。不衛生な土間で、さびたカミソリ1枚で処置がされるなどで、感染症で死亡する妊産婦が後を絶ちません。
見た者の責任として、ユニセフを通じたこどもたちへの支援だけでは解決できない問題だと考えました。そこで2012年にスキンケア化粧品「ラクトフェリン ラボ」を企画。その売上の一部を世界の妊産婦と女性の命と健康を守る活動をしている国際協力NGOジョイセフに寄付することにしました。2021年からは、ウガンダの女性の死因の第1位である子宮頸がんの検診率を高める取り組みも始めています。
ーー企業として支援できる範囲と、解決すべき社会課題の大きさとのギャップに尻込みすることはないのでしょうか。
活動を通して学んだことですが、結果を出すことにこだわるのではなく、目標設定して進めるプロセスに意義があります。SDGsが2030年までのアジェンダを掲げているように、国際的には宣言することがスタートで、宣言しなければ何も始まりません。
残念ながら、世界中には解決したい問題がたくさんあります。商品が売れないと支援する資金がつくれないので、ビジネスのほうも頑張れる。私たちはそんな視点からソーシャルビジネスを進めています。
いくら支援してもゴールは見えないのですが、感染予防も社会課題解決も、最終的に大切なのは教育だということに行き着きました。
2022年からは、生命科学や感染症の知識などを伝える教育支援プロジェクト「いのちをつなぐ学校 by SARAYA」を始めました。校長先生に生物学者の福岡伸一さんを迎え、全国の小中高校の探求学習教材として発信するオンライン学校を開校しています。