「無限に労働」「究極の使い捨てワーカー」共感必至のノンストップ逆襲エンタメ『ミッキー17』の魅力を考察
ポン・ジュノ監督最新作『ミッキー17』は“どん底の使い捨てワーカー”が主人公?
『パラサイト 半地下の家族』(2019年)でカンヌやアカデミー賞ほか映画祭を席巻、日本を含む世界中で大フィーバーを巻き起こしたポン・ジュノ監督の最新作『ミッキー17』が3月28日(金)より全国公開となる。本作には、ロバート・パティンソンやマーク・ラファロ、スティーヴン・ユァンら超豪華キャストが集結している。
イギリス・ロンドンでのワールドプレミアを皮切りに、“世界三大映画祭”ベルリン国際映画祭で上映されるやいなや、世界中のメディアから絶賛レビューが続出。「人生で一番先の読めない映画」「私たちの時代のための完璧な映画」「演出から演技に至るまですべてが完璧」「この異常な時代にぴったり」と世界中が大興奮のなか、先日2月28日にポン・ジュノ監督の母国・韓国で世界最速で公開されると週末4日間で13億円を記録。これは2025年公開作品のなかではもちろん、ロバート・パティンソンキャリア史上最大のオープニング記録を樹立。ますます“ミッキー”ブームが盛り上がりを見せている。
ポン・ジュノ監督といえば『パラサイト 半地下の家族』では半地下に住む家族が高台の豪邸に住む富裕層の家族に寄生していく様を描いたが、常に社会問題を織り込み、極限状態に置かれた人々の本質がドロリと滲み出す姿を描いてきた。最新作『ミッキー17』で描かれるのは、何度も死んでは生き返らされ、権力者に搾取されていく“どん底使い捨てワーカー”ミッキーと彼に身勝手な命令を繰り返すブラック企業のトップとの格差と、そんな権力者への逆襲。
主人公のミッキー(ロバート・パティンソン)はちょっと内気でダメダメな性格のため大借金を背負ってしまい、さらには誤って“超絶ブラックなお仕事”をすることになってしまう青年だ。予告映像や公式のあらすじからも分かるように、ディストピア版ハローワークみたいな場所でミッキーが(契約書をろくに読まないまま)申し込んだのは、何度も死んでは生き返らされる“究極の使い捨てワーカー”としての過酷すぎる仕事だった。
では本作は「ミッキーがヒドい目に遭う姿を延々と見せられる」映画かといえば、ちょっと違う。未開の地で“生き返り”を繰り返しつつ働くミッキーにもささやかな楽しみがあり、メシは不味いが理解者もいて、意外とエンジョイしているようにすら見える。いかにも周囲に流されるように生きてきたミッキーらしい順応ぶりだが、17人目のミッキーが予期せぬ事態によって“生き残ってしまった”ことから、事態は一変し……。
超絶ブラック企業で行われる「無限労働」
ミッキーの置かれた最悪のブラック労働環境は労働者搾取の行き着く先を暗示しつつ、内容によっては“人権を無視した最新の治験”みたいなパターンもあって、そもそも自分から志願しているだけに絶望度も高い……。
その支配・格差構造の象徴として登場するのが超絶ブラック企業の身勝手なトップ、マーシャル(マーク・ラファロ)とイルファ(トニ・コレット)。どこか見覚えのあるうさんくささ全開の存在感で、致命的にズレた価値観のもとに労働者を叱咤するパワハラっぷり、にもかかわらず熱狂的な信者を持つというブラックなカリスマだ。
ページ分割:痛快!逆襲エンターテインメント
“使い捨て”からの逆襲!人類の運命を握ることになってしまった愛すべき主人公
舞台設定こそユニークだが、本作の面白さは“底辺からのリベンジ”という普遍的なカタルシスにある。上下構造の格差自体は『パラサイト』と共通しているものの、資本主義の極まったディストピアで主人公がやることといえば、やはり逆襲、下剋上だろう。そして“人間をコピーする”という行為の副作用のような現象が、絶望的と思われた事態を見事にひっくり返していく。そこで活きてくるのが、パティンソンの見事な“使い捨てられ”ぶりである。
17人目のミッキーは登場時(ミッキー1)と同じく内気で優柔不断で心優しい男に見えるが、じつは生き返らされるたびに微妙に性格を変えてきた。ちょっとでも哲学的なテーマに踏み込みそうになるとクスッと笑える方向に急ハンドルをきってくるあたりは、ポン・ジュノ監督らしいユーモアセンスだ。
そんなミッキーの、言われるがまま、どんな要求もなんとな~く受け入れてしまうダメダメぶりは、新卒入社の頃のテンパっていた自分、あるいはバイト初日の微妙な空気なんかを思い出してしまい、どうにもいたたまれなくなる、と同時に誰しもがなんだかんだ共感してしまうキャラクターなのだ。やがてミッキーの“変化”が周囲の人間を巻き込んで予想外のリベンジへと発展。ただし「半沢直樹」的な倍返し系カタルシスだけでは終わらず、猛烈な感動すらもたらす「ドカンと大逆転」は、あらゆる映画ファンに刺さる気持ちよさだ。
キャストの新たな魅力を引き出すポン・ジュノの監督力
本作の世界観などから、ポン・ジュノ監督のハリウッド進出作『スノーピアサー』(2014年)を思い出す人もいるだろう。同作に出演するティルダ・スウィントンは『パラサイト』でのアカデミー賞受賞時に、インタビューで「世界が彼に追いついた」と絶賛していた。そしてパティンソンは「監督の母国を訪れたい」と本作の韓国プロモーションを熱望し、監督のガイドで辛い韓国料理にチャレンジするなど仲睦まじいキュートな姿を見せていた。
錚々たる名優たちから愛され信頼され、敬意を集めるポン・ジュノ監督。キャストの新たな魅力を引き出す手腕は健在で、とくにパティンソンは新たな扉を開いたと思わせるほど輝いている。もちろん、コレットの『ヘレディタリー/継承』(2018年)もかくやのスリラー演技、トランプとリベラーチェをミックスしたようなラファロのノリノリ独裁者演技も必見だ。
どん底からの逆襲、そして爽快感たっぷりのクライマックスに向かって大爆発する『ミッキー17』は3月28日(金)より全国公開。