ボブ・ディラン素人がいきなり伝記映画「名もなき者」を観たらこう思った / 知っておいた方が良いたった1つのこと
クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットからレジェンドミュージシャンの伝記映画は一大コンテンツになっている。正直、伝記映画と聞くと「またかよ」と思わないこともないのだが、それがボブ・ディランとなると途端に公開が楽しみになってしまった。
そう、2025年2月28日に日本公開が開始した『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』はボブ・ディランの伝記映画。言わずもがなのレジェンドではあるものの、ボブ・ディランが1番好きと言えちゃう日本人って相当マニアな感じがする。なぜなら……
・歌詞
ボブ・ディランって歌詞の重要度が明らかに高いから。英詞の例え韻、アイロニカルな言い回しがかっこいいとかだけじゃなく、それが社会に対する主張だったりする。
ゆえに、当時のアメリカのカルチャーや社会の空気感への理解がないまま、ボブ・ディランが好きというのはなんかダサイ。ミュージシャンである私(中澤)としてはそういうハードルの高さを感じるのだ。
で、何度かトライしてみたものの、そのメッセージ性がまるでピンと来なかったので、周辺作品にハマったことはあれど、ディラン本人にハマったことはない。理解したいんだけどなあ。まあ、いわゆる憧れというヤツだ。
・素人でも楽しめるか
なので、今回の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は良い機会だと思ったわけである。知らないからこそ、この機会に履修したい。きっとクイーンよりもそういう人は多い映画だと思う。ただ不安なのは……
知らなさすぎて面白みが分からない可能性があること。なんたって伝記映画だからな。何かエピソードとか調べていった方が良いのだろうか? でも、どこまで知っていれば楽しめるのか……。それを知るために、まずは一発体験してみることにした。
・いきなり見た結果
行ったのは朝イチ9時30分の回。平日の朝イチだというのに、後方腕組みのオタクのようなオーラを漂わせるおじ様おば様方がチラホラと見えてスカスカではないことにビビった。邪魔にならないようにせねば。歴戦のボブ・ディランのプロたちに敬意を払いつつ、素人目線で見させてもらおう。ふむふむ、なるほど。
まず、思ったのは非常に良い映画だということ。すぐにそれを感じさせられるのはボブ・ディラン役のティモシー・シャラメが弾き語りをするシーンだ。しゃがれ声や歌い回しの特徴がマジで似てる。異質すぎるから逆に真似しやすかったりするんだろうか?
だがさらに聞くと、ギターのアクセント、ハーモニカの波が寄せて返すようなニュアンスまでそのままである。こんなことが可能なのか? しかもカメラの前で演技をしながら。
・ライブの表現の違い
もう本人にしか見えなくなる感じは『ボヘミアン・ラプソディ』に通じるクオリティーである。さすが第97回アカデミー賞主要8部門にノミネート。これはただの売り文句ではない。
とは言え、伝記映画ということで『ボヘミアン・ラプソディ』を引き合いに出すのも違うかもしれない。ストーリーがあそこまで成り上がりの光と影にスポットが当てられたものではないのである。
前述の通り、ボブ・ディランの光と影には当時の社会やカルチャーが関係してくる。ゆえに、ライブシーンの演出も人が集まって湧くというのではなく、自分を取り巻く環境に対するメッセージを発するディランがフィーチャーされているように感じられた。
・伝記であり青春映画
その60年代後半のアメリカ感と社会の狭間で揺れる生きざまは、極めて青春映画的。言うならばボブ・ディラン青春白書である。もし、ディランを全く知らない人が見たとしても普通にストーリーで楽しめるのではないだろうか。ただ、仮に1つ見る前に知っておいた方がいいことをあげるなら……
ボブ・ディランはロック黎明期のフォークシンガーということ。当時のフォークファンにとってエレキのヘイトの的だった。ゆえに、フォークのトップスターだったディランがアコースティックからエレキギターに持ち替えた『ニューポート・フォーク・フェスティバル』は今も歴史的事件として語られている。
・深さにかかわらず楽しめる作品
ディラン素人の私でも知ってる超有名な逸話だけど、逆に言うと、これだけ押さえておけば後は普通に楽しめるだろう。
というわけで、素人の私でも没入できるくらいに映画内の進行に合わせてきっちり説明されている本作。映画終わりには、プロたちの「良い映画だったね」という話し声も聞こえてきた。
それにしても、笑ったのは最後の終わり方がミニシアター系映画『アイデン&ティティ』と同じだったこと。こちらは高円寺のバンドマンの元にディランが現れる……というストーリーで、公開は2003年なので22年前だ。本当に凄いのはハリウッドの22年先を行っているみうらじゅんと田口トモロヲだったのかもしれない。バン! チャーーーー♪ チャラチャチャーーーーー♪
参考リンク:名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.
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