三國清三シェフ、笹岡隆次シェフが福岡県へ。 トップシェフが探る、福岡ガストロノミーの可能性①
世界有数の漁場として知られる玄界灘=筑前海、そして豊前海、有明海と3つの海に面し、肥沃な筑後平野を有する福岡県。一年を通して多彩な山海の幸に恵まれた福岡は、国内外の旅行客が食を目的に旅する土地でもあります。豊かな食の恵みを、いま改めて「食の王国福岡」として打ち出す美食プロジェクトが進行中。来年2月のガストロノミーセミナー開催に向け、トップシェフ2人が1泊2日で福岡県へ。食材の産地を訪ね、東西南北へと視察に赴きました。
2025年11月23日。年内最後の三連休で大賑わいの福岡空港に、「三國」の三國清三シェフと「恵比寿 笹岡」の笹岡隆次シェフが到着しました。全国的に名高いシェフの来福とあって、この視察には地元テレビ局の取材陣も二日間の密着取材を敢行。空港からタクシーに乗り込んだ一行は、早速視察へと出発しました。
ブランド魚「特鮮本鰆」の腹と背、刺身と炙りを味わう
最初の視察先は、福岡北西部に位置する糸島市。JF糸島(糸島漁業協同組合)の直売所「志摩の四季」です。糸島で水揚げされた新鮮な魚介がそれぞれの漁船名付きで売り場に並ぶほか、生け簀で活魚も取り扱っています。
この日、志摩の四季では、11月恒例の「糸島さわらフェア」の開催中でした。サワラは、晩秋から春にかけて脂がのり、旬を迎える魚です。
ここでシェフたちのために用意されていたのが、2013年から糸島漁協が力を入れて売り出しているブランド魚の「特鮮本鰆(ほんざわら)」。
このブランドで販売するためには、釣り方や処理方法のルールが定められています。
①一本釣りで漁獲したもの。
②その大きさが2.5kg以上の大物であること。
③身割れ防止のためにスポンジの上で、素早く神経〆して血抜きする。
④その後すぐに海水氷で6時間以上冷却。
「特鮮本鰆」の生産者の一人である吉村弘幸さんによれば、2000年代に入り、糸島でサワラの漁獲高が年々増えていたことがブランド化の背景にあるそうです。「糸島漁協では、サワラにより高い価値をつけたいと考えて、サワラの生食の伝統がある岡山県での研修を実施しました」と吉村さん。
そこで学んだ上記③④の「高鮮度処理」を施すことで、産地から離れた場所でも、旨みたっぷりの新鮮なサワラを、刺身や皮付きで炙ったタタキで味わうことができるようになりました。「特鮮本鰆」は市場や直売所を通して全国へ出荷されているそうです。
さて、「特鮮本鰆」の味はいかに。シェフたちは、目の前でさばかれていく「特選本鰆」に注目します。
写真の本鰆は締めてから2日ほど経ったもので、大きさは脂ののりがほどよい3〜4kgサイズ。サワラは身崩れするのが早い魚ですが、高鮮度処理によって1〜2日寝かせて熟成させることが可能になりました。
腹身、背側、それぞれに皮付きの炙りと、生のまま。4種類を試食。
三國シェフ「どちらかというと、ねっとりとした舌触り。背側はいっそう身が締まってるね。脂の感じはスッキリした印象」
笹岡シェフ「生の刺身と比べると、炙って温めた時に身がふわっと柔らかくなりますね。皮の香ばしさもアクセントになる」
三國シェフ「僕の親父は漁師なんですよ。漁師って魚は皮付きで食べますよね?」
吉村さん「そうですね。刺身や炙りのほかには、炊き込みご飯や塩焼きも定番の調理法ですが、私は皮付きで食べることが多いです」
売り場の一角にある人気の食堂では「糸島海鮮丼」を試食しました。この日の海鮮は、「特選本鰆」の炙り、ヒラス、ヒエダイ、コシナガマグロ タチウオの5種類。昼食を終えたシェフたちは、糸島を後にし、次の視察地へと向かいます。
「福岡有明のり」ができるまで
2番目の訪問先は「福岡有明のり」の産地、有明海に面する福岡県の南西部です。福岡県では、大川市、柳川市、みやま市、大牟田市の4市で401の生産者(令和7年現在)がノリの生産に携わっています。
シェフたちが訪ねたのは、柳川市にある福岡有明海漁業協同組合連合会ビルの前。同会では、ノリの養殖、生産や販売までを管理しています。
「ノリというのは極めて日本的な食材ですよね。寿司が好きなのでノリはよく口にしますが、フランス料理には本来使いません」と三國シェフ。
「日本料理には欠かせません。真っ黒な食材は意外と少ないので、盛り付けの面でも貴重ですが、かえってフランス料理の方が驚きの一皿が生まれそうですよ」と笹岡シェフ。
さて、産地で新たな発見やひらめきがあるでしょうか?
なお、「ノリ」と一言で言っても、生物的な分類はいくつかに分かれています。「クロノリ」と呼ばれる紅藻と、「アオサ」などと呼ばれる緑藻、そして川に生息する淡水ノリ。福岡有明のりは、基本的にクロノリを原料としています。
最初に一行は、ノリの養殖について紹介する動画を鑑賞しました。
まず、4月から10月にかけて、ノリの種(胞子)を牡蠣殻につけ、水槽の中で培養します。9月になると、海に高さ7〜12mの支柱を立てます。支柱の数は、1漁家につき2200本ほどにのぼるそうです。
10月になると、いよいよ「採苗」(種付け)。養殖用の海苔網に一つずつ小さな袋を取り付け、その袋に胞子でびっしりと覆われた牡蠣殻を入れます。
採苗
画像提供/福岡有明海漁業協同組合連合会
そして、その網を海に立てた支柱に張り込んでいきます。ノリはここから有明海の養分を取り込みながら育ち、徐々に牡蠣殻を出て海苔網に絡まり、葉形に成長していきます。
このように、支柱を立てて網を張り込むノリ養殖の方法は「支柱式養殖」と呼ばれ、九州や瀬戸内海など西日本で多く行われているそうです。
干満差が最大6mに及ぶ有明海では、1日に2度の引き潮のタイミングでノリは海面上に吊るされる状態となり、空気に触れます。これが有明のり特有の口溶けの良さにつながるポイント。
生産者たちは、ノリの成育の様子と天候、潮の満ち引きなどを見ながら、よりよいノリが育つように日々網の高さを変えているとのこと。干出具合の調整は、腕の見せどころなのだそうです。
干出
画像提供/福岡有明海漁業協同組合連合会
そして、ノリの種を海に移してから、およそ1ヶ月で最初の収穫期が訪れます。
これが「一番摘み」です。この時のノリは、まだ葉が細く柔らかいため、加工後は非常に薄く柔らかい板ノリが完成します。また、香りの豊かさも一番摘みならでは。
続いて、約1週間ごとに二番摘み、三番摘み……と収穫が続き、12月に海苔網を撤収するまで10回ほど収穫することができます。
ちなみに、ノリの養殖は11月〜3月のワンシーズンに2期作で行います。10月(または11月)の採苗までは1期作目も2期作目もまとめて行いますが、先述した一期作の一番摘みの1週間ほど前に、2期作目用の海苔網は海から引き上げ、海苔網ごと脱水・乾燥させたのち冷凍で保存します。
乾燥
画像提供/福岡有明海漁業協同組合連合会
そして、1期作目の収穫が終わると海苔網を撤去し、代わりに2期作目の海苔網を張り込みます。ここからは1期作目と同じサイクルを繰り返します。
ただし2期作目では、すでにある程度成長した海苔の網を張り込むので、張り込みの約8日後に一番摘みのタイミングがやってきます。
つまり、一年の間に「一番摘み」のノリが2回出荷されるというわけです。
こうして収穫したノリは、加工場で海水に浸して保存。その後、細かく刻んで異物やゴミを取り除き、シート状に成形します。そして脱水、乾燥して板ノリの完成です。仕上げにもう一度異物検査を実施したのち製品化されます。
画像提供/福岡有明海漁業協同組合連合会
「福岡有明のり」がおいしい理由
「有明産のノリは口溶けがいい、香りがいい。とにかくおいしいと思ったノリは有明産という印象があります」と笹岡シェフ。
そのおいしさの理由について、福岡有明海漁業協同組合連合会・業務部部長の西田裕一さんはこう話します。
「第一には、日本一の干満差を利用した『干出(かんしゅつ)』。これにより、有明産のノリは日光を多く浴びて光合成が活発に進むため、風味が濃くなります。また、水に浸かる時間が短いぶん細胞壁が薄くなり、繊細な口溶けにつながります」。
特に一番摘みのノリは、舌の上で溶けていくような柔らかさが特徴です。
また、有明海には九州最大の河川である筑後川など多くの川を通して、山からさまざまな養分が流れ込んでいます。山海の豊かさが、「福岡有明のり」の風味のよさを支えています。
画像提供/福岡有明海漁業協同組合連合会
ノリを世界へ。もっとおいしく、多くの人に
なお、現在「福岡有明のり」の年間水揚げ量は7.7億枚。生産額は約191億円。ノリの養殖は福岡県全体の水産生産額の半分以上を占める基幹産業です。ノリの都道府県別生産量では、兵庫県、佐賀県に次いで全国3位となっています。
すでに食卓に欠かせない存在のノリですが、近年、消費量は下降気味。日本を代表するノリ産地としては一層の消費拡大が課題となっています。
「一番摘みはすごくおいしいのですが、たとえば寿司に巻いても溶けてしまうほど柔らかいのです。食べ方は限定される印象。むしろ、2番、3番くらいが使いやすいこともあります」と笹岡シェフ。
西田さんは、必ずしもご飯ばかりでなく刺身や野菜サラダをノリで巻いて食べることも多いと言います。
また、地元・柳川市の料理旅館「白柳荘」では、洋の要素も取り入れながら一番摘みノリだけを使った会席料理のコースを提供するなど、ノリの新たな味わい方を模索しています。
同旅館の主人で福岡県旅館ホテル生活衛生同業組合の専務理事を務める富安信一郎さんは、「同様の試みを、県内全域に拡大できたら」と言います。
「日本料理はもうすでにノリを使っていますから、これから有意に生産量を増やしていきたいならフレンチや中華にも広げていっては」と三國シェフ。
「『福岡有明のり』のおいしさがもっと伝わるように、歯切れや口溶け、香りのよさなど味わい方をもっとPRしてもいいのでは」と笹岡シェフ。
西田さんによれば、料理に使いやすいよう、従来の板ノリに加えてもみのりも展開しているそうです。また、産学官連携事業として、実験的に冷凍生のりの流通にもチャレンジしたことも。加工面で製品バリエーションを広げることで、より多くの人々にノリを楽しんでほしいと話します。
三國シェフ
「日本料理は、いま世界で大ブームです。動物性脂肪に頼らず、健康に旨みを表現できる点が評価されています。フランスにも海藻を食べる習慣はありませんでしたが、アラン・デュカスをはじめとしたシェフたちが、地球環境保護の観点からも「これからは海の時代」と言い始めています。世界でノリを楽しんでもらえる時代も近いかもしれませんよ」
西田さん
「アメリカでも『ブラックペーパー』などと呼ばれ、ノリは敬遠されていました。しかしそれが、寿司という食べ物の定着もあって少しずつ動くようになっています。アメリカ人もノリの味がわかるようになってきたという話も耳にしています」
笹岡シェフ
「それはきっと、おいしいのりに出会うことができたからですよ!」
三國シェフ
「ノリブームにノリ遅れないように(笑)」
熱のこもった意見交換で「福岡有明のり」への理解を深めたシェフたちに、改めて感想を伺いました。
笹岡シェフ
「改めて、ノリづくりに大変な投資と手間がかかっていることがわかりました。『福岡有明のり』のおいしさに納得です」
三國シェフ
「さまざまな製品や使い方を知ることができ、新たな可能性、ヒントを得ることができました。ごく細かいパウダーにして何かにまぶすなど、もしかしたら店でも使えるかもしれません」
視察の1日目はここで終了。2日目は3つの産地を巡ります。
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26年2月2日「食の王国福岡」ガストロノミーセミナーに申し込む
text: 坂根涼子, photo: 姉川友香