【SPAC芸術総監督宮城聰さんの共編著「演劇脳とビジネス脳」】世界的演出家とさまざまな組織のリーダー9人の対話。演劇とビジネスの共通領域が浮かび上がる
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は7月24日初版発行(奥付)の書籍「演劇脳とビジネス脳」(講談社エディトリアル)を題材に。静岡県舞台芸術センター(SPAC)芸術総監督の宮城聰さんと、株式会社HEART CATCH代表取締役の西村真里子さんの共編著。
世界中で知名度が高い演出家の宮城さんと、日本を代表する経営者やリーダー計9人の対談。演劇というアートフォームから、現代のビジネスパーソンに必要なリーダーシップ、戦略、組織運営のヒントを探ろうとする、極めて刺激的な書物である。
宮城さんと対談するのは次のような顔ぶれ。長くなるが、列記する。
サントリーホールディングス株式会社代表取締役会長の新浪剛史さん
スズキ株式会社代表取締役社長の鈴木俊宏さん
株式会社GENDA取締役の申真衣さん
投資家・連続起業家の孫泰蔵さん
鈴与株式会社代表取締役社長の鈴木健一郎さん
マネックスグループ株式会社取締役兼代表執行役社長CEOの清明祐子さん
株式会社鳥善代表取締役の伊達善隆さん
静岡県知事の鈴木康友さん
株式会社しずおかフィナンシャルグループ取締役会長の中西勝則さん
恐らく、宮城さんにとってこれまで接点がなかった面々だろう。それは対談相手にとっても同じだ。「公立劇団を率いる世界的な演出家」と顔を合わせる機会はめったにない。
水と油にも見える組み合わせだけに、「異種格闘技戦」的な内容を予想した。だが、初っぱなからいい意味で裏切られた。宮城さんとサントリーホールディングスの新浪さんによる、言葉のラリーが心地いい。
宮城さんは今までにない作品をつくりたいと思い、俳優に考えを伝える時、「え、何を言っているんだろうこの人」と困惑されるようなアイデアこそ最後には面白くなるという。新浪さんはこれに共感し、新プロジェクトの立ち上げについては「データを積み上げれば確信が生まれるようなものではなく、最後は経営者としての直感」と振り返る。
市場の競争に打ち勝つためには、何らかの方法で「既存の枠組みを超えないといけない」と言う新浪さんは、それを実現するために「舞台に立って演技するのが経営者だ」と言い切って対談を締めくくる。
何なのだ、この最初から最後までかみ合った対話は。こうした現象は、互いに相手の領域に踏み込んだだけで生まれるものではない。宮城さんと新浪さんは目の前の相手に、「自分」を見いだしているのだろう。
相手の言葉を踏まえ、自身の思考や行動原理についての説明を強化していく。読者は2人のやりとりを通して演劇とビジネスの予想外の親和性に気付く。なかなかスリリングな本だ。
全体を通じてビジネスの中の「演劇」という視点が支配的だが、面識のないビジネスパーソンとの顔合わせを通じて宮城さんの演劇に対する考え方があらわになるのも面白い。対話の進行と共に自らの考えが整理される、という現象もあったのではないか。
「劇場で観客に作品を提供するという原始的なことをやるだけでなく、何がしか新たな方向性が見出せたらと思います」
「人生で壁にぶつかったとき、悩みに陥ったとき、演劇というものは何かしら薬効のようなものを発揮するのではないだろうか」
(SPACの演目の選び方について)「とくに『孤独』と『老い』をテーマにしている作品を取り上げています」
「グローバル化のネガティブな面は地球上の富が一部の人に偏在することですが、『美』はどんなにバックグラウンドが違っていても共有できる、ユニバーサルなものです」
まさに「引き出された」言葉と言えよう。ガチンコの対話の中から、宮城さんの哲学が浮かび上がる。SPACや宮城さん個人の輪郭が強化されていく。
ビジネス書の体裁だが、「SPACとは何か」という問いに答えるテキストでもある。「一粒で二度おいしい」は言い過ぎだろうか。
(は)