炭鉱か、未来か?トランプが再び「パリ協定」を抜けた本当の理由。【池上彰の未来予測After2040】
再就任のトランプ大統領が「パリ協定」から再び離脱!その背景には、炭鉱労働者を支える共和党の戦略やアメリカ特有のジレンマがありました。池上彰さんの著書『未来予測 After 2040』をもとに、気候変動対策と政治の裏事情をわかりやすく解説します。
「パリ検定」とは
1988年に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が設立されて以降、気候変動対策、とりわけ温室効果ガス削減への取り組みが、世界的に進められました。92年には国連環境開発会議(地球サミット)が開かれ、「気候変動枠組条約」が作られました。
そして97年の「京都議定書」は、気候変動枠組条約に基づき具体的なルールを決めるというもので、先進国は2020年までの気候変動対策の目標「達成」を義務づけられました。
ただこの京都議定書はあくまで先進国に限ったもので、途上国には義務づけられていなかったため、二酸化炭素排出量で今や世界第1位の中国と3位のインドは、対象外でした。
こうした課題もあり、続く15年の「パリ検定」では参加した187の国や地域すべてに対し、20年以降の温室効果ガス削減目標の「提出」が義務づけられました。ただしあくまで「提出」が義務であって、目標の「達成」については義務づけられませんでした。
目標達成までを義務化すると反発する国があるので、とりあえず努力目標を出してもらうという形にしたのです。それでは不十分だ、なまぬるいのでは、という意見もありますが、地球全体の問題として開発途上国も含めたすべての参加国が温室効果ガスを減らすための努力目標を掲げたことにはそれなりに意義があると思います。
パリ検定で採択された世界共通の長期目標は、「世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて2度より十分低く保つとともに(2度目標)、1.5度に抑える努力を追及すること(1.5度目標)」「今世紀後半に、温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収量による除去量との間の均衡を達成すること(カーボンニュートラル)」です。これを踏まえて、各国が努力目標を策定しました。
インチキしている国もある
ただしこの削減目標にも、実はインチキをしている国があります。日本も含めた欧米諸国は、「何年の頃よりも絶対量を減らす」という目標を掲げました。日本は「30年度までに、排出量を13年と比べて26パーセント削減する」としています。
ところがインドと中国は、「30年までに対GDP比で何パーセント減らす」という目標なのです。つまりインドも中国も経済発展が続いていて、30年までGDPは年々増えていく見込みがある。だから対GDPで削減したとしても、温室効果ガスの絶対量はこれからも年々増える、ということなのです。
温室効果ガスの排出ゼロに向けて、より厳しい削減目標を出すことが世界各国には求められており、さらにその実現が、これからの世界の大きな課題です。
京都「議定書」とパリ「協定」との違いには、アメリカの事情も絡んでいる
議定書は、調印した国々がそれぞれ議会で批准をしなければ承認されないという、それだけ厳しい条件のものです。パリ協会を結ぶ際には「パリ議定書」にしようという案もありましたが、それでは当時、アメリカの共和党が議会で反対をして批准できないと見込まれていました。共和党や石油や石炭といった従来型のエネルギーを重視していて、気候変動対策を取らない方針だったからです。
しかし協定という形であれば、アメリカ議会の承認を得ずに、大統領権限で協定を結ぶことができます。このときのアメリカ大統領は民主党のバラク・オバマでした。二酸化炭素排出量世界第2位のアメリカが参加しないものでは意味がないので、アメリカのためにもパリ議定書ではなく「パリ協定」とすることになりました。
しかし、パリ協定採択の翌2016年にはアメリカ大統領選が控えており、共和党から大統領が誕生するかもしれない、そうするとパリ協定からアメリカが離脱をするかもしれないという懸念がありました。そこであらかじめ、「アメリカが簡単に離脱できないような仕掛けが作られました。
パリ協定は発効後3年間は離脱を通告できないという決まりにしたのです。さらに離脱通告後も、実際に正式離脱をするのは、通告の受領からさらに1年後になるという形としました。
つまりオバマ大統領の後、もし温室効果ガス削減に反対する共和党の大統領が誕生したとしても、実際に離脱ができるのは4年後という形にしたのです。4年後には、再びアメリカ大統領選が行われるからです。
そして16年アメリカ大統領選では、民主党候補のヒラリー・クリントンが敗れて共和党候補のトランプが勝利するという、オバマが恐れていたことが起き、実際にトランプは大統領就任後にパリ協定からの離脱を宣言しました。しかしその後20年の大統領選では民主党のバイデンが勝利し、21年1月の大統領就任直後に、パリ協定への復帰を果たしたのです。
アメリカ国民は、共和党支持者と民主党支持者とで、気候変動対策への意見がはっきりと分かれている
アメリカ国民は、共和党支持者と民主党支持者とで、気候変動対策への意見がはっきりと分かれています。民主党支持者が多いカリフォルニア州では、州内で販売する新車を35年までにすべて排ガスゼロ車(ゼロミッション車、ZEV)にすることを自動車メーカーに義務づける知事令が発令されています。ガソリン車から電気自動車に転換しようという政策が進んでいるのです。
しかし炭鉱労働者や自動車産業で働いている人たちは、気候変動対策が進むことで自分たちの仕事が奪われると感じていて、共和党指示へと回っています。
16年のアメリカ大統領選でトランプが勝利したのも、ヒラリーがこれから気候変動対策を取り、石炭の発掘を全部やめると発言したことが一因となっています。この発言を受けてトランプはペンシルベニア州の炭鉱労働者のところに行き、俺が大統領になったらお前たちの仕事をなくすことはしない、これからもどんどん石炭を掘れ、地球温暖化なんか嘘だとアピールしました。これによってペンシルベニアの労働者たちがトランプに票を入れたというわけです。
民主党が気候変動対策を進めようとすると、それに対する反発で、共和党の大統領候補が当選する確率が高くなってしまう。これが今のアメリカが抱えるジレンマです。
『池上彰の未来予測 After 2040』より一部抜粋