「マクベスが辿る運命から一時も目が離せない」~藤原竜也、土屋太鳳らが出演、彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.2『マクベス』が開幕
2025年5月8日(木)彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて、彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.2『マクベス』が開幕し、開幕レポート、舞台写真、舞台映像ダイジェストが公開された。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.2『マクベス』(2025)舞台映像ダイジェスト
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.2『マクベス』開幕レポート
吉田鋼太郎が芸術監督を務め、演出・上演台本を手がける彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.2『マクベス』が、5月8日(木)彩の国さいたま芸術劇場で初日を迎えた。
雷、稲妻、雨のなか、笑えるほどに奇っ怪な三人の魔女(吉田、稲荷卓央、海津義孝が怪演!)の登場から、怒涛のごとく物語が展開していく。タイトルロールの藤原竜也にとっては、40代を迎え、満を持して挑むシェイクスピアの四大悲劇だ。身の丈に合わない野望を抱き、引き返せない地獄の道をまっしぐらに突き進む男の末路。土屋太鳳演じるマクベス夫人と手に手を携えての道行だったはずが、いつしか別々の道を辿っていく。共依存のように見えて互いに絶望的な孤独を抱えた夫婦の、虚しさと哀しさが胸を衝く。
軍人としては有能でも、残念ながらマクベスは国王の器ではなかった。敵を殺し血飛沫を浴びることなど造作もないが、主君殺しという仁義にもとる行為には、恐れと怯えが止まらない。「いいは悪いで悪いはいい」と魔女が吐く呪文のように、マクベスの心情も秒刻みで揺れ動く。人として真っ当な道徳心を持ちながらどす黒い欲望に囚われ、王冠を手に入れるや疑心暗鬼にかられ、常軌を逸した残虐な為政者へと堕ちていく。藤原はそんな男の弱さと小ささを時に滑稽さも覗かせながら、矛盾を抱えた生身の人間として体現している。 激情を迸らせる場面もあるが、妻を失い、たった一人世界に放り出されたかのような静寂のなか、噛み締めるように口にする「明日、また明日……」に万感の思いがこもる。生まれながらの悪人など滅多にいないだろうが、平凡な人間が弱さに巣食う悪の芽に侵蝕されるとどうなるのか、容赦のない最期がまざまざと物語る。こんな男を、こんな芝居を書いたシェイクスピアはやはり凄まじい劇作家だ。
そんな夫を常に叱咤し鼓舞していた妻の心は、実のところ夫よりもずっと脆かった。土屋は小柄な身体いっぱいに、夫への愛と野心を漲らせている。それは功名心や妃の座に対する欲望というよりも、「二人で幸せになりたい、ならねばならない」という強迫観念にも近い願望に思えてならない。力ずくで奪い取った幸せの崩壊を誰よりも予感していたのは、妻の方だったのではないか。名前を持たず、妻であること以外に存在意義を見いだせない一人の女性が、一蓮托生だと思っていた夫の暴走を前に無力を感じた時、その心が壊れるのも必然だろう。 壊れゆく土屋がひたすらに美しく、哀れで痛ましい。「野望を企んだ夫婦の自業自得」と思えないのは、マクベスを心の底から愛し抜く夫人の真情が、土屋の全身からダイレクトに伝わってくるからだ。
マクベスの朋輩であり誠実な男として描かれることの多いバンクォーも、温厚篤実な王とされるダンカンも、この舞台では腹に一物を抱えた人物に見えるのが興味深い。河内大和演じるバンクォーは「子孫が王になる」という魔女の予言に対する野心を隠そうともせず、マクベスとヒリヒリするような腹の探り合いを見せる。考えてもみれば、もし三人の魔女がマクベスの野望が生み出した幻影だとするなら、その姿を共に目撃したバンクォーにもまた、同様の野心の炎が元から燃えていのではないか。たかお鷹はダンカンから一転、場の空気を緩ませる門番としても登場し、実に楽しげだ。
一筋縄ではいかない者たちの一方で、真っ直ぐで正義感に溢れた人物がちゃんと活躍するのもシェイクスピアならでは。マクベスと対峙するマクダフを、廣瀬友祐が立ち姿も凛々しく精悍に演じている。冷静沈着な男が家族を守れなかった慟哭に身を震わせ、復讐に燃えるさまは鬼気迫る迫力だ。その熱い男マクダフの忠誠心をやむなく試すマルカムの井上祐貴は、正統な王子としての自負と、若さゆえの生硬さを併せ持つ青年を力強く演じて頼もしい。
昨年上演した『ハムレット』と同様、基本的にシンプルなセットのなかで、言葉と肉体を武器に俳優たちが躍動する『マクベス』。数々の名台詞でも知られる作品だが、シェイクスピアの言葉と長年格闘してきた演出の吉田は、その文脈における言葉一つひとつの意味を丁寧に掘り下げ、朗誦するだけでは取りこぼしてしまう言葉の機微に迫ろうとしている。時に荘厳に、時に妖しく、時に激しいロック調にと変幻自在な東儀秀樹の音楽と相まって、マクベスという男が辿る運命から一時も目が離せない。
埼玉公演は2025年5月8日(木)~25日(日)・彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて上演、その後宮城、愛知、広島、福岡、大阪公演あり。
文:市川安紀 撮影:宮川舞子
出演者コメント
※5月8日の初日開幕前にキャストより寄せられたコメント
■藤原竜也(マクベス役)
舞台『マクベス』とうとう初日を迎えます。鋼太郎さんによる大胆かつ緻密な演出のもと、素晴らしい仲間たちと共に厳しい稽古期間を乗り越えてきました。私にとっても挑戦の1作となります。劇場で皆様に観ていただけること楽しみにしております。全身全霊で『マクベス』に挑みたいと思います。
■土屋太鳳(マクベス夫人役)
舞台『マクベス』初日…この日、私はマクベス夫人の心を通して何を見ることが出来るのか、まだ想像も出来ません。ただ言えるのは、稽古の全てが宝物でした。こんなんじゃダメだと打ちのめされながら、同時に、生まれてきてよかったと思える日々。心から感謝しております。マクベス夫人が何を願い、誰を愛したのか、解釈は様々あると思います。観て下さる方々、ぜひ感想含め、教えて下さい。千穐楽まで、よろしくお願いいたします。
■河内大和(バンクォー役)
こんなに初日が待ち遠しいシェイクスピア作品はありません!稽古では、生きた人間としてそこに存在し、シェイクスピアの言葉を人間として喋ることに徹底的に向き合ってきました。鋼太郎さんの演出は、400年前のグローブ座を思い起こさせるような、ドキドキとワクワクに溢れていて、僕自身よく知っていると思っていたマクベスが、新作のように目の前に広がっていきます。想像力に満ち溢れたマクベスを、どうぞお楽しみ下さい!
■廣瀬友祐(マクダフ役)
マクダフ役を努めます廣瀬友祐です。あっという間の稽古期間でした。今は開幕に向けて静かではありながらも熱い高揚を感じております。始まれば終わります。怒涛です。この出逢いに感謝し、全身全霊で最後まで向き合いたいと思います。劇場でお待ちしております。
■井上祐貴(マルカム役)
いよいよ初日を迎えようとしています。遂に始まるんだなというワクワクと、これで大丈夫なのだろうかという不安が同時に押し寄せてきています。自分だからこそ演じられるマルカムを、少しづつですが見つけられてきている感覚があります。開幕後も日々色々なものを吸収し、まずは埼玉公演の1ヶ月を、全力で楽しみたいと思います。
■たかお鷹(ダンカン/門番役)
実に楽しい稽古だった。と言うのも出演者全員が驚く程素直だったからだ。演出家の言う事を素直に聞き、素直に演じていた。我が劇団の先輩である杉村春子の言葉を思い出した。役者は素直のプロなのよ!かなりひねた後期高齢者の僕には心地よい刺激になった。このメンバーで創る芝居はもっともっとよくなると思う。本番の幕が開いても自分に合格点をつけずに芝居に向き合いたいと思う。
■吉田鋼太郎(演出・上演台本/魔女役)
藤原竜也くんがついにマクベスを演じる。その演出を、この新しいシェイクスピア・シリーズで実現できることに改めて喜びを感じています。『マクベス』という難物にどう挑むのか、4ヶ月前には暗中模索していましたが才能豊かな俳優とスタッフによって光を見出すことができました。この作品は現代の私たちに何を呼びかけるのか。7週間の稽古で我々が見つけたものを、劇場で皆さんにもお届けすることができれば大変嬉しいです。どうぞ、お楽しみください。