有名もつ焼きチェーンが始めた戸越銀座『立ち食いそば でん』の本気具合がすごかった!「おやじの集まる店にしたい」の真意とは
2024年の11月、もつ焼きの有名チェーン店『もつ焼きでん』が手掛ける『立ち食いそば でん』が戸越銀座にオープンした。勢いのある飲食チェーンが別ジャンルの店を始めるのはよくある流れだが、『立ち食いそば でん』には、普通の新規開拓で終わらない思いがあった。
気になるマルチョウそばのお味は?
『立ち食いそば でん』があるのは、東急池上線戸越銀座駅の出口すぐ横。駅からは徒歩0秒。改札を抜けたら、見たくなくても目に入ってしまう、超一等地だ。
経営母体は『もつ焼きでん』。2012年にオープンした水道橋店を筆頭に、中目黒、西小山、蒲田、戸越銀座、上野アメ横、佐渡金井と、都内を中心に7店を展開している人気チェーン店だ。そこが立ち食いそば店を始めたのだ。そりゃあ、気になる。
オープン当初、話題になったのが1日20食限定のマルチョウそばだ。もつ焼き店の経営だけあって、そばの上にはマルチョウ(牛の小腸)がたっぷり。ネギと一緒に焼かれたマルチョウは噛むと甘い脂がジュワッとあふれだしてくる。つぶしたてなだけあって、旨味がすごくきれいな、極上のうまさだ。
そしてそれに合わさるツユが秀逸だ。そばのツユには珍しくアゴ(トビウオ)のダシが3割入っていて、旨味の奥行きがあり、輪郭もはっきりしている。マルチョウに負けないどころか、ガッチリ手を携え、怒涛のように突き進んでいく力強さがある。あまりないタイプのそばツユだが、これは完全にアリ。
『立ち食いそば でん』に至るまで
コロナ禍が明けて以降、居酒屋などの他業種が立ち食いそばを始めるパターンが多くなっている。ステイホームの影響もあって人の行動パターンが変わり、遅くまで飲み歩く人が減った。そのぶん減った売上を、人件費や手間などが軽い立ち食いそばで補填しようという考えだ。ただ、残念ながら片手間での営業となるケースが多く、うまくいっているところはレアだ。
だが、『立ち食いそば でん』は本気だ。なぜ『もつ焼きでん』が本気で立ち食いそばに取り組んだのか、社長である内田克彦さんに話を聞いた。まずは内田さんに『立ち食いそば でん』に至る経緯を聞いたのだが、これがとても長い。そして、とてもおもしろい。おもしろさをスポイルしないよう、ザクッとまとめてみよう。
内田さんは新潟県の佐渡島(さどがしま)出身で、高校を卒業後、専門学校へ進学するために上京してきた。知り合いに紹介され、バーでアルバイトを始めたのが、飲食店で働くことの始まりだった。
その後、居酒屋『八百八町』で10年ほど働いたあとに辞め、仲間と代官山でおしゃれなカフェを始めるも3年ほどで閉店。これが2005年ぐらいの頃で、世の中では立ち飲みブームが起きていた。なにかヒントがあればと、あちこち飲み歩いているときに出合ったのがもつ焼きだった。
「これ、うまいなと。それまで食べたことなかったんで、ショックでしたね。これが自分の天職なんだと思いました」と、内田さんは当時を語る。
立石の『宇ち多』、赤羽の『米山』など名店をはじめ、100軒以上のもつ焼きを食べ歩いた内田さん。その魅力を「何十年も続いていて、お客さんがたくさん並んでいて、こんなにおいしくて安い」のが、とてつもなくカッコよかったのだと、説明する。
その後、内田さんは『日本再生酒場』でもつ焼きのノウハウを学び、ラジオで「際コーポレーション」の中島武社長がやっていた飲食創業者企画に応募したことで転職し、中島社長のもとで働き始めた。そして新宿・思い出横丁の『もつ焼きウッチャン』を人気店に育て上げると、独立して『もつ焼きでん』を始めたのである。
もつ焼きと立ち食いそばの共通点
そんな内田さんが、なぜ立ち食いそばを始めたのか? それはもつ焼きも立ち食いそばも「おじさんの集まる店」だからだ。おじさんは「カッコつけなくていい」「味が良くて安くて、店はそこそこきれいであればいい」そして「一度、気に入れば裏切らない」のだという。まるで自分のことを言われているようだが、たしかにそうである。そして、そんな店は長く続くのである。立石の『宇ち多』や、赤羽の『米山』のように。
そんな『立ち食いそば でん』には「おじさん」以外にもキーワードがある。内田さんの故郷である佐渡島だ。ダシに使われているアゴは、佐渡島で古くから食べられていたもの。立ち食いそばマニアでもあった内田さんは、カツオをメインに使いかえしのきいた、立ち食いそばらしいツユも好きだったのだが、自分のルーツであるアゴを使うことに決めた。ここは自分の親しんだ味で、というわけだ。
このツユがオールマイティで、かき揚げなどの定番天ぷら以外、ハムキャベ天、ながも天など変わり種にも合うのだ。この店の最大の売りは、このツユだと思う。内田さんは将来的に『立ち食いそば でん』のチェーン展開、さらにはハワイ出店も考えているのだが、この汎用性の高いツユならば、どの地域でも受け入れられるだろう。
コロナ禍による閉店ラッシュ。苦しい時期を抜けてリビルドが始まったところで、ここ最近の人件費、原材料費の高騰など、飲食店業界は厳しい状況が続いている。それでも『立ち食いそば でん』は“おじさんが集まる店”として、長く続くことは間違いないだろう。
立ち食いそば でん
住所:東京都品川区平塚1-5-9/営業時間:7:00~21:00(土・日・祝は8:30~16:00)/定休日:無/アクセス:東急電鉄池上線戸越銀座駅から徒歩すぐ
取材・撮影・文=本橋隆司
本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。