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埼玉の46歳主婦が「カリスマ焼き芋屋」になった話。月収12万パートから月商100万に。

スタジオパーソル

「私はこれからもずっと一人で何もつかめずに生きていくのか、と漠然と思っていました」――こう話すのは、大人気の焼き芋屋『いも子のやきいも』店主の阿佐美やいも子さん。彼女のもとには、ホクホクの焼き芋と温もりを求めて多くの人が集まります。

そんないも子さん、20代のころは、アルバイトを転々とし、一度も正社員としてはたらいたことがなかった自分に強いコンプレックスを抱いていたのだそう。

いも子さんはなぜ、『いも子のやきいも』を始め、20年近く走り続けてこられたのでしょうか。その理由と、生きるうえで大切にしている考え方を伺いました。

はたらく自分に自信を持てなかった20代

──28歳で焼き芋屋『いも子のやきいも』を開業するまでは、どのようなはたらき方をされていたのでしょうか?

19歳のときに両親がはたらいていた工場が倒産したことで、家計を支えるためにアルバイトを転々とする生活を送っていました。できれば家にこもっていたいけれど、不景気と年齢から両親の雇用先もなく、生きていくためには私がはたらくしかないような状況で……。

ただ、私はADHD(注意欠如・多動症)を抱えていることもあり、アルバイト先でも業務上のミスが多かったり、遅刻や忘れ物を頻繁にしてしまったりと、はたらく自分に自信を持てずにいたんです。少しオーダーを間違えただけで、1日中落ち込んでしまうこともありました。

ファストフード店やファミリーレストラン、リゾートバイトや年賀状の仕分けまでさまざまなアルバイトを経験しましたが、みんなが当たり前にこなせる仕事をまったくできず、落ち込むばかりで。半年続けられたものはありませんでした。

──アルバイトはどのように選んでいたのでしょうか?

時給の良さとおもしろさです。小さいころから「食」にかかわることが好きだったこともあり、飲食店のホールや調理にはとくに強い関心を抱いていました。最後にやっていたのはパートの調理師です。

──仕事を探すうえで、向いていることやできそうなことではなく、「おもしろさ」を追い求めてきたのはなぜでしょうか?

自分の成長を実感することで、はたらくモチベーションを得たかったのだと思います。昨日できなかったことが今日はできること。たとえば、前回は作るのに2分かかっていたお稲荷さんが今回は1分50秒でできた、のように。当時はそれを「おもしろい」と言語化していましたが、いま振り返ってみると、アルバイトを通して自己肯定感を高めたかったのかもしれません。

あとは単純におもしろくないと寝てしまうので……。アルバイト中に立ったままウトウトしてしまったり、トイレ休憩で気付いたら夢の中にいたり。精神的にも身体的にも自分の興味があることでなければはたらけないのもまた、悩みの種でした。

本屋での運命の出会い。「私、焼き芋屋を始めます」

──そんないも子さんが、なぜ焼き芋屋を始めようと思ったんですか?

古本屋で、移動販売に関する本に出会ったことがきっかけです。当時はカフェを開きたいな、と思っていたのですが現実的に難しいと半ば諦めていました。でも、移動販売ならリヤカーは当時30万から買えたし、農作物を加熱するだけなので保健所の許可は不要で、届けを出せばいいだけ。また、2021年6月からは食品衛生責任者の資格が必要となりましたが、当時は何の資格も必要ありませんでした。「これなら自分にもできるかも!」と思ったんです。

当時は28歳にもかかわらず一度も正社員としてはたらいた経験がないことに、強いコンプレックスを抱いていました。周囲を見渡せば、毎日必死になってはたらいている人や結婚して子育てに励んでいる人が多くいる中、「私はこれからもずっと一人で何もつかめずに生きていくのか」と絶望していた時期だったんです。

みんながやりたいことを見つけていく。でも、私は見つけられないのかもしれない。絶望の中でいつか一筋の光が差すことを信じていたんだと思います。ずっと、「何かになりたい」「自分らしく生きていきたい」と願っていました。

それもあって、本を開いた瞬間、身体に電流が走りました。なんの当てもつながりもありませんでしたが、「焼き芋屋を開業する自分を信じてみたい」と思ったんです。

──運命的な出会いだったんですね。焼き芋屋をやると決めたとき、まず何から始めましたか?

まず、宣言しました。「私、焼き芋屋を始めます」と。私の場合はSNSで発信しましたが、友人や知人に話すのでも良いと思います。

宣言すると、「おもしろいことを始めようとしている人がいるぞ」と周囲が興味を持ってくれて、応援してくれるようになります。すると、開業に必要な情報やつながりが集まってくる。自分を助けてくれる人が増えることを知りました。そんな人たちにいろいろ教えてもらいつつ、リヤカーの手配や機材の準備などに取りかかりました。

波乱万丈な、焼き芋屋人生のはじまり

──『いも子のやきいも』開業当初は、お客さまから「まずい」と言われたこともあったとか。それでもあきらめずに試行錯誤を続けられた原動力は何だったのでしょうか?

正直、「辞めたい」と何度も思っていました。始めたばかりのころ、「応援しているね」とたくさんお芋を買ってくださった方がいて。ある日その方の家の側まで来たので、思い切って訪ねてみたんです。そうしたら、「あの焼き芋は本当にまずかった。もうここへは売りに来ないで」って。本当にショックでした。「まずい」「ちゃんと焼けてない」「おいしくない焼き芋屋さん」と言われて途方に暮れる毎日でしたね。

実は当時、焼き芋をあまり食べたことがなかったので、正解の味が分からなかったんです。串が通ればいいと思っていたぐらい。おまけに、焼き芋を作るために買った壺もあまり良いつくりではなかったらしく、焼き芋がうまく焼けていなかったみたいで……。

いも子さんの著書「いも子さんのお仕事~夢をかなえる焼き芋屋さん」(みらいパブリッシング)にもさまざまな苦労エピソードが。

でも、周囲に宣言してしまったし、たくさんの人が応援してくれている中、腹を決めるしかありませんでした。だから、とにかく人を頼るようにしましたね。これまでは人に相談することに苦手意識があったのですが、なぜかSNSでは弱音を吐き出せて。「助けて」とつぶやくと、反応してくれる人がいる。おいしい焼き芋の焼き方も、釜を改造する方法も、仕入れ先の農家さんも、全部まわりの人が教えてくれました。

「応援し、見守ってくれる人たちを喜ばせたい」と心から願っていたので、あきらめずに続けることができたんだと思います。

──時には悩みながらも、20年近く続けてきた焼き芋屋の「おもしろさ」をあらためて教えていただけますか?

焼き芋屋は基本的にはずっと同じ地域で販売し続けることが多いので、地域の人の成長を見守れることは素敵な点だと感じています。

私、お金を持っていない子どもには「お菓子と交換でいいよ」と伝えているんです。お菓子を査定して、見合った分の焼き芋を渡します。開業当初から続けてきた制度ですが、最近来てくださったお客さまが、昔お菓子で焼き芋を買っていた方だと分かって……!「もう自分のお金で買えるようになりました」と言われたとき、お芋を通して彼女の成長を見守れた気持ちになり、胸が熱くなりました。

やりたいことがないあなたへ

──現在は、ご自身が焼き芋販売をするだけでなく、焼き芋屋を開業したい方に向けて講座を開講されています。なぜ講座を始めたのでしょうか?

たくさんの喜びを与えてくれて、自身を幸せにしてくれた「焼き芋屋」という仕事に恩返しをしたいと考えたからです。私が生きる希望を求めて焼き芋屋を始めたように、はたらくことに自信を持てずに悩んでいる人にも、何か気づきを得てほしいんです。

「自分には無理だ」と感じている人にこそ、私の生き方を届けていきたい。そして、焼き芋業界がより盛り上がる手助けができたらうれしいですね。

──はたらいてはみたものの「自分の居場所はここではない」と感じている人も多いと思います。「ここだ」と思える場所を見つけるためにはどうしたら良いでしょうか。

まずは、「自分自身に許可を出してあげて」と伝えますね。「ここは違う」と分かっていながらもなかなか抜け出せないのは、「途中で辞めること=悪」だと誤認してしまっているからだと思うんです。自分が積み上げてきた努力が無駄になってしまう、とか、まわりに無責任だと思われる、とか。

周囲の目もある中で「無責任でも良い」「辞めても良い」と自分に許可を出すのは、責任感が強い人ほど苦しいはず。でも、1年後、3年後、10年後には、逃げ出すことなんて大したことなかったと思うんです。むしろ、そう思えるように、新しい場所で夢中になってがんばれば良いのではないでしょうか。

それから、やりたいことが分からないなら、本屋に行きましょう。本屋に行って、自分の気になるコーナーへ足を運んで、目についた本をめくってみる。それだけでも、何か新しい発見があるはずです。

ネットサーフィンをしていても何も見つかりません。でも、本屋は料理、美容、スポーツ、ビジネスなど、ジャンルの区分がはっきりしているため、直感的に惹かれるものを選べるんです。ゼロからやりたいことを見つけるのは大変ですが、選ぶことなら難しくはないはず。

一つ選べたら、自分なりのかたちにしていくことが大切です。学んだ知識をSNSで発信するのも良し、つくった料理を人に食べてもらうのも良し。小さくても良いからまずはかたちにしてください。かたちにしたものを見つめて、「私にもできるんだ」と心から実感してほしいです。周囲の力を借りつつ試行錯誤を重ねながら、自分の小さな国を少しずつ広げていくことで、いつの間にか世界が広がっているはずです。

(文・写真:水元琴美 編集:いしかわゆき)

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