人と猫が、互いの運命を切り開く。猫店員がいる本屋・西太子堂『Cat's Meow Books』の日常とは
猫絵の車両も走る世田谷線沿いの「世界猫の日」に生まれた本屋は、縁あって迎えた保護猫たちが働く。猫につられて来た人が猫を介して本と出合い、猫に貢献できる仕組みがある。人と猫と本がつながって、いのちが輝く場所なのだ。
Cat’s Meow Books(キャッツ ミャウ ブックス)
カオスでスペシャルな猫本専門店
やわらかな自然光で満ちる奥の売り場に3匹の猫がいる。そっと扉を開いて、こんにちは。本棚を見渡すふりをして猫たちの居場所をうかがうと、それぞれのポジションで仕事中だ。長毛でふわふわのあおいが「猫店員専用デスク」でまったりとくつろいでいる。黒猫さつきは先客に撫でられている。最上段にいたサビ猫なつめが動き出し、本棚を駆け抜けてするすると降りてくる。丸い穴がいくつもある本棚が最高に楽しいキャットウォークだと教えてくれたのだろう。
足元を見ると猫たちが心地良く休憩できるよう猫ベッドが配置されているし、さらに(仕事に疲れたら休むための?)2階住居への通路もあって、猫への愛があふれる創意工夫に感動しきり。
猫に気を取られてしまうが、ここは本屋だと忘れてはなるまい。扱うのはすべて猫関係の本ではあるが、想像がつく猫文学や猫写真集の域をはるか超え、どこかにちょっとでも「猫」が出てくる本も対象。古本も3割ほど混じる。はて? この本のどこに猫が? と首を傾げる珍本も潜み、何度訪ねても発見、発掘、宝探しを楽しめる、カオスでスペシャルな猫本専門店なのだ。
類まれな本屋の発想の源にはじめての保護猫・三郎がいた
店主の安村正也さんは、悩める会社員だった。「このままで定年になるのは嫌だな」「何か人と違うことができたらな」と、モヤモヤを抱き右往左往していた。ただ、漠然と考えていたことが一つあった。
「商売をするなら好きな本を売りたい」
大量の本に囲まれて育った安村さんは、本の書評を発表し競い合う「ビブリオバトル」をライフワークにするほど、本に寄り添ってきた人だ。そんな中、モヤモヤを脱するきっかけを求め参加した「これからの本屋講座」(『本屋B&B』主催、講師:内沼晋太郎さん)が、実際のきっかけとなる。
「『本』にもう一つ好きなものである『猫』を掛け合わせる構想が生まれました。猫の本を売って、売り上げの10%を保護猫活動をしている人に寄付しよう。保護猫を店員として迎え、本屋を助けてもらおう」
猫と人がウィンウィンに、助け合うコンセプトがぐんぐん具体的に進んでいくが、その起点には当時一緒に暮らしていたキジトラの三郎がいた。安村さんと妻の真澄さんが、はじめて保護した猫だ。その三郎を店長に据え、店員として保護猫活動を推進する『ネコリパブリック』から4匹を譲り受けた。「チョボ六、読太(よんた)、鈴、さつき。みんな引き取り手が決まりにくい『りんご猫』(猫エイズキャリア猫)の子たちです」。
開店すると、お客さんに愛想がいい子、写真に撮られ上手な子など個々の持ち味が生かされ、うまく役割分担できていった。
人と猫が対等に思い合えば互いの未来がよりよく輝く
しかし2022年、悲しい別れが続いた。一時、さつきが独りになってしまった。
「私が頑張らなくちゃと、他の子がやっていたことを引き受けてくれたんです。展示会に来た作家さんがサインする時、横にいて担当編集者になってくれたり」。上の椅子によじ上るシーンは、よじ上るとかわいいと喜ばれるから見せてくれるのだ。ジャンプできるのに。「自分の仕事として認識しているんです。しばらくすると窓辺へ戻りますから」。さつきのためにも、空いたポジションにニューフェイスを迎えようと、紙版画作家の坂本千明さんとつながりのある『南中野地域ねこの会』で出会ったあおいとなつめを迎えることになった。「僕たちが元気なうちは、里親を待っている保護猫たちを迎えよう」との思いは強い。
安村さんは、にこやかに断言する。猫は「人間の運命、人生を変えてくれる生き物」であると。
「僕たちはドラスティックに変わったけれど、普通に会社勤めして不満なく生活している人も、猫を迎え入れて共に暮らし始めると、生活のサイクルも人生観も変わります。まず、猫第一の暮らしになりますね」
知らぬ顔で耳を立てている猫たちは、もしかすると「人間こそ猫の運命を変える生き物だ」と言い合っているかも。
「本に囲まれてグースカ寝ている姿を眺めて、いいなと感じてもらえたら光栄。この場所が猫とのご縁のきっかけになれば」
扉を開いて、素晴らしき人生を!
『Cat’s Meow Books』【西太子堂】
Cat’s Meow Books(キャッツ ミャウ ブックス)
住所:東京都世田谷区若林1-6-15/営業時間:11:00~19:00/定休日:月・火(祝の場合は営業、振替あり)/アクセス:東急電鉄世田谷線西太子堂駅から徒歩2分
取材・文=松井一恵 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2024年12月号より