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勘太郎の猿若と七之助の阿国が櫓をあげ、芝翫の権太が駆け出し、勘九郎と長三郎の霊獣が歌舞伎座に! 勘三郎十三回忌を偲ぶ『猿若祭二月大歌舞伎』夜の部 観劇レポート

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夜の部『連獅子』(左より)狂言師左近後に仔獅子の精=中村長三郎、狂言師右近後に親獅子の精=中村勘九郎

2024年2月2日(金)より26日(月)まで、歌舞伎座で上演される『猿若祭二月大歌舞伎』。「十八世中村勘三郎十三回忌追善」と銘打つ興行だ。演目は『猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)』、『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)すし屋』、『連獅子(れんじし)』。2012年12月、57歳で早逝した十八世中村勘三郎を偲んで、ゆかりの俳優たちが揃い、黒・白・柿色が並ぶ中村座の定式幕が開いた。

一、猿若江戸の初櫓

江戸で最初の幕府公認の芝居小屋「猿若座(後の中村座)」、櫓をあげたのは1624年2月15日。『猿若江戸の初櫓』は、そのエピソードを題材にした舞踊劇だ。1987年の初演では、勘三郎(当時五代目勘九郎)が猿若を、中村福助(当時五代目児太郎)が出雲の阿国を勤めた。今回は、勘三郎の孫・中村勘太郎の猿若と、勘三郎の次男・中村七之助の阿国で上演される。

夜の部『猿若江戸の初櫓』(左より)出雲の阿国=中村七之助、猿若=中村勘太郎 /(C)松竹

背景には江戸城と富士山がみえる。花道に阿国が登場すると、春を迎えたような朗らかな美しさが広がった。勘太郎の猿若もきりっとしつつ、ほがらかで頼もしい。ふたりは自分たちの芸を広めるべく江戸にやってきたところだ。中村芝翫の福富屋万兵衛と福助の女房ふくが、江戸の風情で深みを出し、この一幕の格を上げる。

材木屋である福富屋の困りごとを知った猿若。一座の若衆たちを呼び集めて力を貸すことにする。登場した一座の若衆は、花の丞に坂東亀蔵、雪の丞に中村萬太郎、月の丞に中村種之助、虹の助に中村児太郎、星次郎に中村橋之助、霧弥に中村鶴松。贅沢な顔ぶれにテンションが高まるが、若衆たちは一肌脱ぐのを面倒くさがる。ちょっとしたリアクションにそれぞれの個性があらわれていて、どこをみても楽しかった。

夜の部『猿若江戸の初櫓』(左より)出雲の阿国=中村七之助、猿若=中村勘太郎 /(C)松竹

勘太郎は、2011年2月22日生まれの12歳だが肚がすわっているよう。諦めることなんて1秒も考えたことがなさそうな熱さが、踊りと台詞にのって皆を動かす。中村獅童の奉行の登場に客席はさらに盛り上がり、芝翫が胸をポンと叩いて話がまとまると、多幸感に満たされた。阿国、若衆たちが踊り、猿若による朱色の網紐を操った踊りでは、テンポアップして演奏もどんと華やかに。勘太郎は、観ているだけで吸い込まれるような集中力だった。皆で晴れやかに迎えた幕切れで、中村屋! 猿若町! の大向うがかかっていた。

二、義経千本桜 すし屋

悪童、やんちゃ、悪さをする若者を、今でも「ごんた」と呼ぶことがあり、その由来が本作の主人公・いがみの権太(ごんた)なのだそう。

そんな家に、弥助(中村時蔵)という若者が身を寄せている。権太の妹・お里(中村梅枝)と弥助は、いよいよ夫婦になろうというところ。しかし権太は、弥助の正体が平維盛だと気がつくのだった。

夜の部『義経千本桜 すし屋』(左より)弥助実は三位中将維盛=中村時蔵、お里=中村梅枝 /(C)松竹

芝翫の権太には、楽天的な悪さと愛嬌がぎっしりと詰まっていて、悪人というより元気な悪ガキの雰囲気。舞台では、どんとした主人公の存在感を放ちながら、お米やお里、弥左衛門との掛け合いでは、梅枝や梅花の魅力を引き出し、歌六とドラマを深め合うような芝居をみせた。中村又五郎の梶原平三景時、坂東新悟の若葉の内侍が歌舞伎の空気を一段と濃厚にし、権太の一世一代の賭けの行方は……。

夜の部『義経千本桜 すし屋』(左より)鮓屋弥左衛門=中村歌六、お里=中村梅枝、いがみの権太=中村芝翫、弥左衛門女房お米=中村梅花 /(C)松竹

この日、客席ではお里が喜べば客席にも笑みがこぼれていた。可笑しみのある瞬間には素直な笑いが起き、弥左衛門が首を転がした時や桶を巡るやり取りも、新鮮な驚きの反応が起きていた。型で演じる芸能でありながら、いま目の前でその出来事が初めて起きているかのような、血の通ったお芝居。ストーリーが明確に伝わってきた。充実の配役による熱く上質な『すし屋』だった。

三、連獅子

松羽目の舞台に、大和柿(たまご色)の裃の演奏家。長唄が第一声で空間をまとめ上げ、格調高い緊張感の中で始まった。能の舞台を模した五色の幕が開き、中村勘九郎の狂言師右近後に親獅子の精、勘九郎の次男で中村長三郎の狂言師左近後に仔獅子の精が登場した。

夜の部『連獅子』(左より)狂言師左近後に仔獅子の精=中村長三郎、狂言師右近後に親獅子の精=中村勘九郎 /(C)松竹

これまで俳優としての長三郎に、どんな役ものびのび楽しくつとめるイメージをもっていた。今回、狂言師左近の拵えとなった長三郎からは、福福しい愛らしさはそのままに、もっと上を目指し、必死に食らいつこうとする一所懸命な印象を受けた。腕をめいっぱい伸ばし、真っすぐ前を見据え、全身に力を行き渡らせる。勘九郎はくっきりした隈取が美しさを際立てる。長三郎に強い目を向けていた。こんな目の獅子と鉢合わせたら、体が硬直してしまうなと思うほどだった。

そんな緊張感の中でも、父の後ろを長三郎が小さな歩幅できびきびついて歩く姿は、やはり可愛らしく、かと思えば親子そろって空中で一瞬時間が止まるような跳躍をみせ、同時に着地。客席が拍手で沸かせる。仔獅子が谷底から上がってきた時の、親獅子の和らいだ表情が温かかった。後半の長い毛の獅子になってからも、歌舞伎の格好良さを詰め込んだような勘九郎と、長三郎の愛らしさに、惜しみない拍手が何度も送られた。

間狂言「宗論」は、浄土の僧遍念に中村歌昇、法華の僧蓮念に中村橋之助。前半の狂言師の場面では、無意識のうちに身体を緊張させていた。それに気がついたのは「宗論」が始まった時だった。ひと時の大らかなやり取りを、心安く楽しんだ。

夜の部『連獅子』(左より)狂言師左近後に仔獅子の精=中村長三郎、狂言師右近後に親獅子の精=中村勘九郎 /(C)松竹

筋書の上演記録によると、『連獅子』の本興行での上演は、コロナ禍の2020年8月から数えて今月で9回目。巡業公演などを含めるとさらに多く上演されている。それぞれのペアの個性と見どころに魅了されてきた中、今回は、親獅子と仔獅子が実の親子であることに、殊更強い魅力を感じられた。長三郎のここまでの本気を引き出せるのは、今は勘九郎の他にいないだろうから。長三郎を見守る勘九郎のさらに向こうに、十八世中村勘三郎の存在を想像せずにはいられない、追善興行にふさわしい『連獅子』だった。

取材・文・撮影=塚田史香

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