ペットの面倒がみられなくなったらどうする? それに備える「ペット信託」を解説
犬や猫などのペットを家族同然にかわいがっている人は多いと思います。ただ、特に独身の高齢者の場合、自分で世話ができなくなったときのことが気になるのではないでしょうか。そんな場合に備える方法のひとつが「ペット信託」です。どのようなものなのか、メリット・デメリットなども併せて解説します。
ペットの世話を託す3つの方法
自分が先に亡くなって、ペットの世話をする人間がいなくなってしまった。そういう状況にならないため、事前に備える方法として考えられるものに、「遺贈」、「贈与」、そして今回のテーマである「信託」の活用があります。それぞれを詳しくみておきましょう。
(1)負担付遺贈
遺贈とは、遺言書によって、特定の人に財産を渡すことをいいます。とはいえ、「動産」であるペットに直接、遺産を譲ることはできません。仮に遺言書にその旨を書き残したとしても、法的に無効とされてしまいます。ただし、「負担付遺贈」により、自分の死後、特定の人にペットの世話を託すことは可能です。
負担付遺贈とは、遺贈者(財産を渡す人)が受遺者(財産を受け取る人)に対して、財産を相続させる代わりに一定の債務を負担してもらうことをいいます。「ペットの世話という債務の履行を条件に、これこれの財産を譲る」という内容の遺言書を作成しておくわけです。
ただし、この方法には遺贈者の遺志が確実に実行されないリスクもあります。受遺者が遺贈そのものを放棄したり、遺産だけ受け取って債務を履行しなかったり、といった可能性が否定できないのです。
(2)負担付死因贈与
死因贈与とは、贈与者(贈与する人)と、受贈者(贈与を受ける人)との合意内容を契約で交わすもので、贈与者の死亡によって効力が発生します。これに、「贈与者が受贈者に何らかの義務や負担を強いることができる」という内容を付けたのが、「負担付死因贈与」です。
贈与者の死亡によって受贈者が財産を受け取り、同時に債務履行の義務が生じるという点では、負担付遺贈と同じです。ただし、これは当事者間の生前の合意による契約であるため、贈与者の死後に受贈者がペットの世話を放棄することは、原則としてできません。遺志を確実に実行してもらうという点では、負担付遺贈よりも確実な方法といえるでしょう。
一方、あくまで個人間の契約であるため、ペットの世話などがどの程度適切に行われているかなどをチェックする仕組みはありません。
(3)ペット信託
家族信託の仕組みを活用して、ペットの世話を頼むのが「ペット信託」です。どんなものなのか、以下で説明していきます。
ペット信託の仕組み
どんな場合に使えるか
ペット信託は、次のような場合に有効な仕組みです。
自分が高齢で、ペットよりも先に亡くなる可能性がある将来、病気や認知症で世話ができなくなるのが不安まわりにペットの世話を頼める人がいない
「ペットを頼める家族信託」とは
ペット信託は、家族信託の仕組みを活用して、上記のような状況に備えます。
では、家族信託とは、どのようなものなのでしょうか? ひとことで言えば、財産を持つ人が、特定の目的(この場合は、ペットの世話をできなくなった自分の代わりに飼育を頼む)に従って、自分の保有する不動産や預貯金などの財産を信頼できる家族に託し、それを管理・運用してもらう仕組みです。多くの場合、資産を持つ人が認知症になった場合に備えて利用されます。
この家族信託は、①委託者(財産を信託する人)、②受託者(託された資産を管理・運用する人)、③受益者(財産から利益を得る人)の3者で構成されます。
ペット信託では、
①委託者:ペットの現在の飼い主②受託者:①から託された財産を管理・運用する人⇒家族など③受益者:①の代わりにペットを飼育する人⇒ペット飼育業者、獣医など
となります。
①が亡くなったり、あるいは認知症になったりして、ペットの面倒をみるのが不可能になったら、③が代わって飼育し、その謝礼や飼育費用を②から受け取る、というスキームです。
ペット信託を利用するには
ペット信託の利用には、信託契約書の作成が必要です。契約書には、受益者にペットの飼育を依頼すること、必要な費用を信託財産から支払うことなどを記載します。
受託者に委託者の相続人が存在する場合には、争いの種にならないよう、遺言書を作成し、ペット信託について記載しておくべきでしょう。また、必要に応じて信託内容が遵守されているかを監視及び監督する「信託監督人」を選任しておくこともできます。
利用に当たっての要点を述べましたが、実際に信託を組成し、契約書を作成するには、専門的な知識が必要です。ペット信託自体、新しいソリューションでもあります。契約内容に不備があってのちのち問題になったりしないよう、家族信託に詳しい専門家のサポートを受けるべきでしょう。
ペット信託でできること
ペット信託には、次のようなメリットがあります。
財産はペットのために使われる
家族信託で託された財産は信託財産となり、信託契約で定められた目的以外には使えません。ペットの飼育を目的に契約を結べば、自分の託した財産は、確実にそのために使われることになります。また、信託監督人を選んでおくと、受益者が問題なくペットを飼育しているかを「監視」することも可能です。
さきほど説明した負担付遺贈、負担付死因贈与では、譲られた遺産の使途は自由です。信託監査人のようなチェック機能もありません。
死亡時以外でもペットが守られる
また、負担付遺贈、負担付死因贈与は、飼い主が亡くなって、初めて効力が発生します。これらに対してペット信託は、例えば飼い主が病気やけがで入院したり、認知症になって飼育が困難になったりする場合にも備えることができます。
飼育環境などの指定も可能
ペット信託では、財産に関わること以外にも、契約条件を柔軟に設定することができます。例えば、次のような条件設定も可能なのです。
獣医を指定し、定期健診を受診させる餌の内容、銘柄を指定するトリミングや散歩の頻度などを指定するペットが亡くなった時の埋葬方法などを指定する
こうしたことも、負担付遺贈や負担付死因贈与ではできません。
ペット信託にはデメリットもある
一方、次のようなデメリット、注意点もあります。
初期コストが発生する
ペット信託は、自分で契約書を作成することもできますが、さきほども述べたように、かなりハードルが高いと言えるでしょう。信託の組成、契約書の作成を弁護士、司法書士などの専門家に依頼した場合、一般的な家族信託では、数十万~100万円程度の費用がかかります。
また、弁護士や司法書士などの専門家を信託監督人に選んだ場合、月々の費用も発生します。
飼育費用も一括で渡す必要がある
ペットの飼育にかかる費用も、信託財産として一括で支払わなくてはなりません。費用は、ペットの種類などによってまちまちですが、基本的に平均寿命-現在の年齢に見合う資金を用意する必要があるでしょう。大型犬だと、数百万円になるケースもあります。
受益者に問題のある可能性がゼロではない
実際には受益者が謝礼目当てで、適切な飼育をサボタージュするという可能性がまったくないとはいえません。契約条件をきちんと守ってもらうためには、それを監督する信託監督人を選ぶべきですが、専門家に頼むと、今述べたように毎月のコストが発生します。
信頼できる受託者や受益者を見つけにくい
ペット信託には、自分に代わって財産の管理を行う「受託者」と、ペットの世話を行う「受益者」が不可欠です。しかし、どちらも負担の大きな、責任の重い役回りです。ペット信託がまだなじみの薄いスキームなこともあって、その選定に苦労する可能性があります。
信託財産の金額設定は、遺留分に注意
信託財産は、他の財産と切り離された独立の財産となりますが、相続の際には相続人の遺留分に注意しなくてはなりません。「遺留分」とは、被相続人(亡くなった人)の兄弟姉妹以外の法定相続人に、民法上認められた最低限相続できる財産の割合をいいます。
信託財産であっても、この遺留分を侵害することはできません。遺留分を侵害された相続人には、遺留分侵害額請求を行う権利が認められています。それが原因で争いになると、被相続人の遺志の実行が困難になるばかりでなく、家族関係に大きなヒビが入るかもしれません。
そんなことにならないよう、信託財産の設定額には十分注意を払う必要があるでしょう。
まとめ
ペット信託は、愛するペットの将来を任せられる仕組みといえます。ただし、初期費用をはじめとするコストが発生するほか、相続の際などに注意すべきこともあります。利用を考える場合には、早めに家族信託に詳しい専門家に相談するようにしましょう。