銀行やドラッグストアがDVの避難所に 英国「セーフ・スペース」の取り組み
イギリス全土で6000か所以上 「セーフ・スペース」制度
イギリスでは、家庭内暴力の被害者が安心して助けを求められる「セーフ・スペース(Safe Spaces)」という制度が拡大している。
これは、銀行や薬局などの公共性の高い場に個室を設け、家庭内暴力の被害者が支援機関に連絡を取ったり、一時的に避難できたりする取り組みである。HSBC銀行、サンタンデール銀行、ドラッグストアチェーンの「ブーツ(Boots)」などが参加。
セーフ・スペースのウェブサイトによれば、セーフ・スペースの数はイギリス全土で6000か所を超える。銀行だけでも1800か所以上で、2024年4月から12月の9ヶ月間で、241人が支援を求めたという。
この制度を立ち上げたのは、家庭内暴力支援団体「ヘスティア(Hestia)」。2020年のパンデミック時、外出制限により家庭内暴力の相談件数が急増したことをきっかけに、銀行やドラッグストアなど「出かけても不自然でない場所」に支援拠点を設置するというアイデアが生まれた。
セーフ・スペースを設けている銀行や店舗のスタッフは専門の研修を受けており、支援を求める人が利用できる個室がある。個室には電話やパソコン、支援機関の連絡先が備えられている。制度開始以降、被害者の安全確保と再出発を後押しする重要な役割を果たしているのだ。
被害者の行動を支える「疑いを招かない」避難先
セーフ・スペースの強みは、被害者が日常の用事を装って訪問できる点にある。例えば、ある女性は、加害者である夫と外出中、「夫のためにクリスマスプレゼントを買う」とドラッグストアに立ち寄り、「サプライズにしたいから」と夫を外で待たせた。その間に店員にセーフ・スペースの利用を依頼し、安全に支援先に連絡することができた。
こうしたケースは珍しくなく、セーフ・スペースを利用した人の多くが、実際に助けを求めるまでに同じセーフ・スペースを複数回利用して、自らの計画を段階的に進めているという。被害者が加害者の元を離れるまでに、平均7回の「試み」があると言われており、避難先が身近にかつ確実に存在することは心理的・実質的な支えとなる。
オンラインでの支援も進んでおり、ガス会社や郵便サービスのウェブサイトには、履歴が残らずすぐに画面を切り替えられる「支援ボタン」が設置されている。さらに、天気アプリを装った支援アプリ「Bright Sky」も提供されており、密かに情報を得る手段として機能している。
金融機関の責任と社会的メッセージ
銀行が家庭内暴力対策に取り組む背景には、単なるCSR(企業の社会的責任)を超えた社会的・法的責任がある。イギリスの金融行動監視機構(FCA)は、金融機関に対し「脆弱な顧客」に対するケアの義務を課しており、家庭内暴力の被害者もその対象に含まれる。また、人口の約半数が何らかの脆弱性を抱えているとされるなか、そうした顧客への対応は経済的にも重要となる。
銀行は、ギャンブルへの支出制限や信頼できる第三者によって現金の引き出しが可能な代行カードの提供、障がい者向けのアクセシビリティ対応なども進めており、その一環としてセーフ・スペースも導入されている。家庭内暴力は多くの場合、経済的支配と結びついているため、銀行が加害者との経済的関係を断ち切る支援をすることは極めて重要である。
ヘスティアのビアンコ氏は「大企業が家庭内暴力の問題に取り組む姿勢を示すことには大きな意味がある。社会全体が『これは容認できないことだ』と声をあげることが、被害者が『信じてもらえる』という感覚を得る第一歩となる」と語る。
そしてセーフ・スペースの存在は、単なる避難所にとどまらず、社会が暴力を拒否するという明確なメッセージでもある。
※参考
Stopping Domestic Abuse With a Trip to the Bank|reason to be cheerful
Safe Spaces