新生児はミルクが飲めなくなる事例も 「百日ぜき」流行継続中 小児科医が「親が知っておきたいこと」を伝授
激しいせきが続く細菌性の感染症「百日ぜき」について、小児科専門医・岡本光宏先生に取材。注意する症状や、受診のタイミングなど(全2回の1回目)。
➡画像【男の子の精巣捻転】 6時間以内に緊急手術をしないと「精巣・金玉・睾丸」が失われる危険性 泌尿器科医が解説2025年、全国的に急増している百日ぜき。激しい咳が長期間続き、特にワクチン未接種の乳児では重症化のリスクが高まります。どのような症状に注意し、いつ受診すればよいのかを、「おかもと小児科・アレルギー科」の岡本光宏先生に伺いました。
初期症状は風邪に似ている 次第に発作咳に
──現在、百日ぜきの報告が増えています。感染症発生動向調査によれば、2025年第14週(3月31日~4月6日)だけで722例が確認され、前年同期を大きく上回るペースです。この百日ぜきとは、どんな病気なのでしょうか?
岡本光宏先生(以下、岡本先生):百日ぜきは、昔からある細菌感染症の一つです。
風邪やマイコプラズマ肺炎など、いわゆる呼吸器の感染症と同じカテゴリですね。新型コロナウイルスのように突然現れた新しいウイルスではなく、もうずっと前からある感染症です。
潜伏期間はだいたい7~10日ほどで、初期は風邪に似た症状から始まり、次第に発作的な咳が目立ってきます。大人でも子どもでも、ひどい咳が数週間~2ヵ月ほど続くこともあります。
これは、菌が出す「百日咳毒素」と呼ばれる物質が気道を刺激し続けるから。そのため、菌そのものが消えても、咳だけがしつこく残ってしまうためです。
百日ぜきは季節に関係なく、1年中見られる感染症で、咳は自然とおさまっていくため「長い風邪だったな」と見過ごされることも少なくないのです。
新生児が感染すると咳でミルクが飲めなくなる
──どういった危険性がありますか?
岡本先生:特に、新生児や乳児は重症化のリスクが高くなります。
実際、私が診たケースでは、生後1ヵ月のお子さんが、咳があまりに激しくてミルクがまったく飲めない状態でした。やっと飲めたと思っても、すぐに咳き込んで全部吐いてしまうんです。
体重4kgほどの新生児では、1日に少なくても約200mlの水分が必要ですが、それがとれないと脱水を起こし、命にかかわる危険があります。そのため、このお子さんは点滴で水分と栄養を補いながら約1ヵ月間入院することになりました。
百日ぜきは全年齢でかかる病気ですが、特に新生児や乳児では重症化しやすい点に注意が必要です。
写真:maroke/イメージマート
「百日ぜき」はすぐ診断がつかない!?
──現在、百日ぜきが流行しているということもあり、咳が出ると「もしかして……」と不安になる方も多いと思います。病院に行けば、すぐに診断がつくのでしょうか?
岡本先生:実は百日ぜきは、すぐに診断がつく病気ではないんです。というのも、初期の症状は風邪とよく似ていて見分けがつきにくいんですね。
たとえば、血液検査で抗体価を測る方法もありますが、これは発症から少なくとも1週間以上経っていないと、正しい結果が出ません。
早いタイミングで検査しても「空振り(陰性)」になることもありますし、結果が出るまでに数日~1週間ほどかかります。
もちろん、PCRやLAMP法(特定の遺伝子増幅法)など、より早く診断できる検査もあります。ただ、こうした検査は大学病院や、入院設備のあるような大きな小児病院で行われているもので、一般的な診療所では対応が難しいことが多いのです。
加えて、百日ぜきの場合は、たとえ確定診断がついたとしても、治療方針や回復スピードが劇的に変わるわけではありません。
抗菌薬は菌の広がりを防ぐ目的で、咳そのものがすぐに止まるわけではない。なので、実際の診療では「経過を見ながら判断していく」ことのほうが多いと思います。
受診する目安は「咳で何度も夜中に目が覚めてしまう」とき
──では、どんな症状があれば病院に行くべきでしょうか?
岡本先生:一つの目安として、「咳き込みが激しくて吐いてしまう」、あるいは「夜中に何度も咳で目が覚めてしまう」ときです。
特に小学生以上の子どもで、「昨日は2回起きた」「一昨日は3回起きた」といったように、咳で目が覚めた回数を自分ではっきり覚えているケースは、百日ぜきを疑うサインになることがあります。
というのも、百日ぜきの咳は本当に強くて発作的なんです。ウトウトしながら咳き込む、といった軽いものではなく、バッと目が覚めてしまうくらいの強い咳がでます。
ただ、喘息やマイコプラズマ、気管支炎など、咳が出る病気は他にもたくさんあります。だからこそ、「百日ぜきかどうか」というよりも、「今、出ている症状が何なのか」「どんな対処をすればいいのか」を知るために、気になることがあれば、まずはかかりつけの先生に相談するようにしましょう。
写真:maruco/イメージマート
岡本先生:そして、もう一つ意識してほしいのが、家庭内で「うつさない工夫」をすることです。
百日ぜきは咳やくしゃみによる“飛沫感染”で広がる病気ですが、乳児にとっては百日ぜきに限らず、いわゆる普通の風邪でも重症化してしまうことがあります。
特に生後まもない時期は免疫が未熟で、わずかな体調の変化でも大きな負担になります。だからこそ、家庭内に咳のある家族がいるときには、乳児にうつさないような配慮が大切になります。
● 咳がある人は家庭内でもマスクを着用する
● 2メートル以上の距離を意識する
● 可能であれば、同じ空間での食事や添い寝を避ける
などは特に気を付けたいですね。特に、まだ予防接種を受けていない月齢のお子さんがいる家庭では、こうした日常の配慮が感染予防につながります。
咳がつらいときの家庭でできるケア
──ちなみに、咳がつらそうなときに、家庭でできるケアはありますか?
岡本先生:はい。百日ぜきに限らず、咳が続いているときには、ご家庭で少しでも楽にしてあげるための工夫があります。完全に咳を止めることは難しいですが、こうした対応で症状が和らぐこともあります。
● 部屋の湿度を保つ(加湿器がなければ、濡れタオルでもOK)
● こまめな水分補給(喉の乾燥を防ぐ)
● 寝る前のはちみつ(1歳以上/ティースプーン1杯程度)
百日ぜきは、インフルエンザのように一気に広がるタイプではありません。しかし、特に乳児がかかると重症化しやすい病気です。
そのため、「うつさない工夫」と「予防接種」の両方を意識しておくことが大切です。
次回では、百日ぜきのワクチンについて詳しくお話ししましょう。
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百日ぜきの流行が続くなか、「咳が出ているけれど、もしかして……」と、特に赤ちゃんや小さなお子さんがいるご家庭では、不安を感じると思います。
しかし、百日ぜきは初期の診断が難しく、咳が長く続くことで初めて疑われるケースも少なくありません。だからこそ、まずはかからないように「予防」することが大切になります。
次回2回目では、その予防の要となる「百日ぜきワクチン」について、引き続き岡本先生にお話を伺います。
取材・文/山田優子