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仁左衛門と玉三郎が描く、結ばれなかったからこその美しさ 十月歌舞伎座『婦系図』取材会レポート

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(左より)坂東玉三郎、片岡仁左衛門

2024年10月2日(水)より26日(土)まで上演される、歌舞伎座『錦秋十月大歌舞伎』にて片岡仁左衛門と坂東玉三郎が共演する。演目は『婦系図(おんなけいず)』。仁左衛門が演じるのはドイツ語学者の早瀬主税(はやせちから)、玉三郎が演じるのは元は芸者のお蔦(おつた)。

主税とお蔦は恋仲となり内縁関係に。訳あってひと目を避けながらも幸せに暮していた。しかしある夜、湯島の境内で主税はお蔦に別れを切り出す。

新派の名作の名場面として知られる『婦系図』の「湯島境内」の場が、その数日前の出来事を描く場面から上演される。仁左衛門と玉三郎が取材会で、上演にいたった経緯や本作を今上演する意義、そして“名コンビ”として長く支持され続けてきたことへの思いを語った。

■このふたりで、あとどれだけできるのか

『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり) 土手のお六・鬼門の喜兵衛』や『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』、『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』など近年も共演を続けてきたふたり。

玉三郎「新派の大先輩方が『湯島境内』だけを上演されていて、そういう仕方もあるのかと。松嶋屋さんが『柳橋柏家』から始めたほうが、状況がより分かりやすくなるだろうということで、続けて上演させていただきます」

仁左衛門「ふたりでのお仕事は楽しいものですから、次に何をしようかとはよく話します。早瀬主税は泉鏡花物の中では好きな役ですが、また勤める機会がくるとは思いませんでした。大和屋(玉三郎)さんが“『婦系図』はどう?”と。“大丈夫かな”と言ったら“大丈夫ですよ”とおっしゃるので、それならと」

片岡仁左衛門

このような会話は、あらたまった打ち合わせ等ではなく、ふとしたタイミングに交わされるようだ。

玉三郎「楽屋で支度をしている時などに、ふと“あれはどうかしら”と思いつきます。松嶋屋さんが楽屋で集中されている時に話しかけるわけにもいきません。役が終わって廊下ですれ違った時などに“湯島はどう?”って聞くんです。その時は“湯島?”という反応でしたが、数日後に“やっぱりやろうか”と。“あ、やりますか? いつにしますか?”とその場で話を進めました。今は、このふたりであとどれだけのことが出来るかを意識する時期に入ったと思うんです。お互い、そういう事を考えていると思います」

■早瀬主税の多面性

本作は、花柳界を描く新派のレパートリーのひとつ。

仁左衛門、玉三郎は、それぞれに過去多数の新派の作品に客演してきた。『婦系図』にも出演経験があり、仁左衛門は水谷八重子や波乃久里子を相手役に主税を勤め、玉三郎は中村吉右衛門を相手にお蔦を勤めた。しかし仁左衛門と玉三郎での上演は初めてとなる。

仁左衛門にとって、主税は「しんどいけれども、好きな役」だと言う。その理由は「お蔦との別れ話だから。でも役を分析するのは苦手です」。仁左衛門の横顔にまっすぐ目を向け耳を傾けていた玉三郎が、ここで「私が代弁してもいいですか?」と背筋を伸ばした。仁左衛門は「うん」と頷いた。

玉三郎「松嶋屋さんは、多面性のあるお役がお好きなのだと思います。たとえば(『仮名手本忠臣蔵』七段目)大星由良助もお好きなんですよね。由良助には、否が応でも主君のかたき討ちという芯があります。ところが鏡花の作品で新派に出てくる男には、芯がないことが多いんです。『滝の白糸』の村越欣也も『日本橋』の葛木も多面性はあまりない。美男子は惚れられるだけで、女の方がしっかりしている。ある意味では、歌舞伎と男女の描かれ方が逆転しているようなイメージです。そんな中『婦系図』の主税だけは、色々な面を持ちあわせている。だからお好きなのではないでしょうか」

仁左衛門が「と、いうことです」と笑顔で言い添え、一同は笑いに包まれた。

(左より)坂東玉三郎、片岡仁左衛門

主税は今でこそドイツ語学者だが、少年時代はスリだった。恩師の酒井俊蔵に救われたから今がある。その恩師に隠れて、書生でありながら所帯を持っていた。これが酒井にばれ、別れを迫られることになる。

仁左衛門「当時と今では“別れ”が持つ意味はまったく違います。お蔦に本当に惚れ込んでいるからこそ、別れる決意をしてからもいつ切り出そうかと苦しい思いをします。お蔦は、そんな事を考えているとも知らず一生懸命尽くしてくれている。その辛さ。また、恩師の言うことに従わないといけない理由をお蔦に諭しますが、そこでお客様にも“それならば仕方がない”と感じていただけるように。当時の師弟関係をしっかりと捕まえ、そして、その台詞が説明にならないように。しんどい場面ですが、演じていて面白いところでもあります」

■そういう時代のお蔦の幸せ

お蔦は、主税との生活を隠さなくてはならない。来客があれば自分の家でありながらも身を隠す。それでも幸せそうに暮していた。

玉三郎「お蔦の状況や精神構造的は、『日本橋』の清葉などにも非常に似ているところを感じます。今の恋愛感情とは違うかもわかりません。私達の時代はまだ“そういう時代”だったのでそのままやればいいのかな、とも思います。きっと登場人物が幸せになっては物語にならないのでしょう。でも、ふたりが上手く結ばれるかどうか、ではなく、ふたりが相手を思う気持ち自体は幸せだったと思うんです。そうはならなかったから美しかった、ということもあるのではないでしょうか」

令和の時代にも通じる新派の魅力とは。

玉三郎「平たい言葉で言うと、人間関係というものが濃厚だった時代の戯曲です。時代は変わりましたが、人間の情緒としては普遍的なものが描かれていると思います。そのような情緒を持ち合わせていないと、形だけではできない芝居だとも言えます。お蔦の魅力は説明しづらいのですが、“死ぬまで人の髪を結って暮らしましょう”といった台詞が、やはりしみじみとするんですね。先代の水谷八重子先生が、樋口一葉の『十三夜』をやられた時におっしゃっていました。“今の時代、こういうことって分かっていただけないと思うの。でも、こういう人がいたんだなと思ってもらうしかないわよね”と。八重子先生の時代で、すでにそうだったのですから、今の時代のお客様にどっぷり共感いただけるかは分かりません。それでも私達は力を尽くして、こういう人たちがいたんだなと実感していただけるものを作ることが大事だと思っています」

仁左衛門「(深くうなづき)私は役のことを聞かれても、単に体と気持ちが動いてくだけで説明ができないんです。彼の場合はきっちりと分析して説明してくれるからありがたいですね」

玉三郎「聞かれるから一応言うだけです。究極は、説明なんてできません。だって役の魂は説明できるものではありません。舞台で見てもらわない限りね」

仁左衛門「理論的につめていけるものではないような気がしますね」

■親同士が仲が良く、息子同士も仲良くなった

長年、それぞれにトップを走りながら、名コンビとして支持されてきた。

玉三郎「お互いに初役ばかりだった頃は、よく芝居の相談もしました。でも台詞さえ覚えてしまえば、あとは“ここでは、どちら側に座る?”くらいの確認でいけちゃうのでしょうね」

仁左衛門「再演の時も、決して前回のままをやっているわけではないのだけれど自然とお互いに」

玉三郎「ご縁だと思います」

仁左衛門「人間的に合う部分がなければ芝居はできないですね」

玉三郎「決定的に嫌だったら、できませんね」

坂東玉三郎

印象に残る作品を問われると『於染久松色読販』や『桜姫東文章』など「数えきれない」と二人は口を揃える。仁左衛門、玉三郎、そして早くに尾上辰之助と3人で上演した『盟三五大切(かみかけて さんご たいせつ)』も話題に。取材会の場では、作品名がひとつ挙がるごとに、その舞台のふたりを思い出し溜息をつくかのような「ああ」という反応が起きていた。中でも玉三郎が楽しそうに思い出したのは『廓文章〜吉田屋 』。

玉三郎「初演の時、松嶋屋さんは“いやだ、いやだ”とおっしゃっていたんです。でも共演した回数は一番多いくらいじゃない?」

仁左衛門「(廓を舞台にした上方和事の中でも)『封印切』の忠兵衛ならばストーリーの流れで気持ちをもっていけますが、『吉田屋』は(ストーリー展開としては)実にくだらない芝居です(笑)。それを役者でみせて、楽しんでいただかなくてはなりません。まだ27歳でしたから、自分にはまだ無理だと思いました。けれども喜の字屋のおじさんが、“若い間に恥をかけ”と強く勧めてくださったんですよね。おじさんからは非常に大きな影響を受けました」

喜の字屋とは守田勘彌、玉三郎の養父のこと。仁左衛門の父・十三世仁左衛門との共演も多かった。お互いにどのような存在だったのだろうか。

玉三郎「東京にはうちの父、関西には松嶋屋さんのお父様。私には兄弟がいませんでしたので、(片岡)我當にいさん、(片岡)秀太郎にいさん、孝夫(仁左衛門)さんと様々な初役をご一緒して、ある種、自分も兄弟のような気持ちでおりました。ただし仁左衛門さんはお相手役。親しくなりすぎないように、と無意識のうちに意識もしており、そうそうデレデレ喋りには伺いませんでした」

仁左衛門はこれにうなづき、静かに「大切な存在」とコメント。「私も同じです」と玉三郎も続いた。

仁左衛門「色々な方と会見をさせていただくことがありますが、このような雰囲気になる方は他にいないでしょう? 私は勘彌のおじさんに可愛がられ、玉三郎さんはうちの父に可愛がられた。親同士の仲が良く、息子同士も自然と仲が良くなった。なんとなく合う。不思議とできあがった縁ですね」

■役刹那刹那を大事に生きて

『婦系図』は10月、歌舞伎座での上演。最後にお客様へのメッセージが語られた。

玉三郎「滑らかに、湯島の主税とお蔦になれるよう精一杯つとめます」

仁左衛門「今の私たちを見ておいていただきたい。半世紀コンビを組ませていただき、お客様が喜んでくださる。これは本当にありがたいことです。でも残念ながら体力的には衰えていきます。いつまで皆様のご支持をいただけるか。いつまで続けられるか。それは不安でもあり、そうならないようにという励みにもなっています。刹那刹那を大事に生きていく。その瞬間瞬間を見ておいていただきたい」

(左より)坂東玉三郎、片岡仁左衛門

玉三郎が「松嶋屋さんのおっしゃるとおりです」と深くうなづき、取材会は結ばれた。仁左衛門と玉三郎の『婦系図』は、10月2日(水)から26日(土)まで『錦秋十月大歌舞伎』夜の部で上演。

取材・文=塚田史香

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