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『赤毛のアン』の名曲を歌う 大和田りつこインタビュー

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高畑 勲監督による上質な演出、そして美しい美術と豊穣の音楽から、『赤毛のアン』は「世界名作劇場」シリーズの最高傑作に挙げられることもしばしば。『アン』のすばらしい楽曲をオーケストラが奏で、全50話を再編集した特別映像を上映する「赤毛のアン アニメコンサート」が2025年4月29日に開催される。コンサートの出演者の一人である歌手・大和田りつこに『赤毛のアン』にまつわる思い出を聞いた。

「この声でいきましょう」ーー音楽人生の支えとなっている三善 晃の言葉

© NIPPON ANIMATION CO., LTD. “Anne of Geen Gables” ™AGGLA

『赤毛のアン』は「世界名作劇場」シリーズの第5作目として1979年から全50話を1年かけて放送された。登場人物やその生活環境をしっかり描くことで物語にリアリティを付与するという「世界名作劇場」の作風は、高畑 勲が『アルプスの少女ハイジ』から築き上げたものだ。高畑のもとには、宮崎 駿(場面設定、場面構成)、近藤喜文(作画監督・キャラクターデザイン)、櫻井美知代(場面構成)、井岡雅宏(美術監督)ら錚々たるスタッフが集った。

そして、作品の格を文学の高みまで押し上げている重要な要素が音楽である。音楽を担当したのは、日本のクラシック音楽の中心的存在だった三善 晃。プロデューサーに薦められた高畑は自身も三善のファンだったこともあり、ダメ元で主題歌を頼み込んだら承諾を得られた。ただし、三善は多忙のうえ健康上の理由から主題歌と挿入歌の4曲を書き、劇伴音楽は毛利蔵人が担当することになった。

『赤毛のアン』の主題歌は大和田りつこが歌唱した。大和田にとって最も大切な楽曲の一つ「きこえるかしら」を歌うことに決まった時の気持ちは今も忘れることはない。

「私は物心ついた頃から、ひたすら“歌のおねえさん”を夢見ていました。音楽大学は“歌のおねえさん”のオーディションを受ける“登竜門”でしたので、進学しました。そして“歌のおねえさん”になって、日本コロンビアさんには大変お世話になりました。(当時)日本コロムビアさんには学芸部門(※)と、もう一つ華やかなアニメの歌を扱う部門がありました。あとから聞いたお話ですと、『赤毛のアン』は部門の壁を取り除いて歌手全員にオーディションをすると。そのなかに、たまたま私が入っていました。私も「世界名作劇場」をいつも見ていましたし、その頃は『このシリーズの一本でも主題歌が歌いたい』なんて思うのもおこがましいぐらいの若輩者でした。それなのに、世界的な、本当にすばらしい音楽家でいらっしゃる三善 晃先生が私のオーディションテープを聴いて、「この声でいきましょう」とおっしゃったそうです。こんな光栄で幸せなことはありません。三善先生に選んでいただいたことがいまだに音楽人生の支えになっています」

※…幼稚園や小学校など学校教材レコードや保育レコードを扱う。

大和田りつこ:武蔵野音楽大学音楽学部世学科卒業。1972年NHKの子供番組に“うたのおねえさん”としてデビュー。『赤毛のアン』『ろぼっ子ビートン』などのアニメ作品の主題歌以外に『みんなのうた』(NHK)で歌唱

がんばりすぎ!? と思えるくらいに声を張った高音

大和田の元に「きこえるかしら」の歌唱に採用されたという報せとともに、作詞が岸田衿子、作曲が三善 晃であることも伝えられた。詩人・岸田は『アルプスの少女ハイジ』(74年)、『フランダースの犬』(75年)、『あらいぐまラスカル』(77年)の主題歌も手がけている。

「きこえるかしら」の譜面はそれまでにない形で大和田に送られてきた。

「譜面はFAXで送られてきました。40年以上前なので今のようなきれいなコピー用紙に印刷されるのではなくて、すぐ消えてしまうような感熱紙にです。もしかしたら三善先生から直に送られてきたのかもしれませんが、メロ譜(歌のメロディだけが書かれている)だったんです。歌詞も「みず」なのか「みす」なのか読み取りにくく、未定みたいなところもありました」

その譜面の書き方にも三善らしさが表れていた。

「三善先生は日本語をとても大事になさるので、一番と二番の譜面は同じには書いてなかったと思うんです。歌詞に則ったメロディなので、一番のメロディで二番は歌えないんです。なので、譜面を最後までたどっていくのがとても大変な作業だったと記憶しています。ましてや、その後ろにオーケストラの演奏がつくなんて、想像もつきませんでした」

主に子供がメイン視聴者である「世界名作劇場」の主題歌は、一聴して口ずさめるようなポップスが多かった。「きこえるかしら」はオーケストラの演奏もさることながら、それまでの主題歌に比べると歌のパートが少ない印象を受ける。

「少ないですね。歌い出すと間奏になって、また歌い出すと間奏になっちゃいますね。日本武道館で行われたアニメフェスティバルで歌わせていただいたことがあるんですけれど、『えっ、ここまで休んじゃっていいのかしら』っていうぐらい休んでましたね(笑)。第一印象はとにかく難しい…でした。メロ譜しかいただいていないので和音展開がわからないから、ここからどうして次の音に行くんだろうって悩みながら音を取った記憶があります」

尊敬してやまない音楽家・三善が見守るなか、難曲を歌うレコーディングでかかるプレッシャーの大きさは想像に難くない。

「オーケストラですから一回録りです。そのオケ録りの日に『きこえるかしら』と『さめない夢』の歌録りって決まっていたんで。もう、そのオケを聴いた時に焦りましたね。これはちょっとどころか、すごく大変なことだなって。それに、非常に観客が多いレコーディングだったので、副調整室の隅で『自分の出番がくるのが百年後になってもらいたい!』と思うぐらい緊張していました。歌入れの間、三善先生が副調整室で新聞紙のようなスコアを、1ページで8小節くらいでしょうか、体全体でバサーッ、バサーッとめくっていらしたのがすごく印象的です」

三善から具体的な歌唱指導はあったのだろうか。

「好きに歌ってください、聴いた人に言葉がわかるように、というくらいでしょうか。ただ、本当に一箇所これだけは譲れないと先生がおっしゃったのが、『きこえるかしら』の〈♪わたしをつれてゆくのね〜〉と〈♪風のふるさとへ〜〉の二ヶ所。ここは、女声で言うとチェンジポイントというD(レ)の音なのですが。『そこだけは地声で張ってください』と。私はクラシックで音楽大学を卒業しているので、ファルセットで、オペラチェックに歌えば楽なのですが、すごく張って歌ったのを覚えています。聴き方によってはがんばりすぎてるかなっていうくらい(笑)」

全力で歌い上げた主題歌「きこえるかしら」にどんな映像がつくのかを大和田は知る由もなかった。果たして初回の放送のオープニングを観た大和田は心を奪われた。

「ああ、もうオーケストラにぴったりのすばらしい絵だと感動を覚えました。アンが空想しているとおりの絵でした。馬が赤い道を駈けているところは、パッカパッカとパーカッションで蹄の音が鳴っているんですが、中盤になって、馬車がペガサスのように空に飛んでいく時に、その蹄がスーッと消えるんです。三善先生の音楽に絵を合わせたのか、それとも絵に音楽を合わせたのか…? もう神業です! 毎回オープニングを見てその絶妙なチェンジに興奮していました。音楽とアニメが一体となって『赤毛のアン』ができ上がっているんだという気がしますね」

© NIPPON ANIMATION CO., LTD. “Anne of Geen Gables” ™AGGLA  オープニング「きこえるかしら」で馬車が空を翔けるシーン。映像と音楽のマッチングに注目したい

挿入歌の5曲は一日でレコーディング

大和田がオープニングで感じたように、『赤毛のアン』における音楽と映像のハーモニーは絶妙だ。高畑 勲は本作における音楽のつけ方についてこう語っている。

「TVアニメーションで今どれ位歌が使われているのかわからないけれど、僕は常に、まあ沢山使って来た方だけど、どっちかっていうと。特に「アン」の場合はそれは意識してたわけで。その、歌を使うつもりは最初からあったわけですね。(中略)設計するわけですよ。だから、何て言うんでしょ、選んだとか何とか言うよりは、その意図の方がまず先にあると思うんです」(『映画を作りながら考えたこと』/徳間書店)

ところが、エンディング曲「さめない夢」にはアニメーションがついていない。その理由についても高畑は「見事な管弦楽伴奏付き歌曲に、もはやエンディングの絵は不要でした」(『文芸別冊 高畑勲 〈世界〉を映すアニメーション』/河出書房新社編集部)と明かしている。

「オープニングがあんなにすばらしい映像と音楽でしたから、エンディングには文字だけなのかな? くらいしか思ってなかったんです。高畑さんがこのようにおっしゃっていたことは存じませんでした。『きこえるかしら』でメロディが全部違うと申し上げましたけれども『さめない夢』の方がわかりやすいです。一番の出だしは〈♪はしっても はしっても〜〉で、二番は〈♪ねむっても ねむっても〜〉。つまり歌詞のイントネーションによってメロディが違うわけです。むしろ歌曲に近いのかなと思いました。三善先生が書かれたオーケストラは、いろいろな楽器の音がパズルのように組み合わさっています。『さめない夢』にしても『きこえるかしら』にしても歌が入る余地がない。そして、メロディがどこにも隠れていないんです。ですから音を取るとか取らないとかではなくて、とにかく自分自分を信じて精一杯がんばらないと歌えないんです。40年経ってコンサートをしてオーケストラで歌わせていただいた時も、下手するとメロディを見失うぐらい音が鳴り渡っていました」

大和田は挿入曲の「あしたはどんな日」「涙がこぼれても」「花と花とは」「森のとびらをあけて」「忘れないで」を歌っている。このうち「涙がこぼれても」と「忘れないで」の作曲は毛利蔵人の筆によるものだ。

「挿入歌はオープニングとエンディングとは別日に、一日で録ったと思います。各曲2〜3コーラスありますので、10〜12曲分くらいのメロディを取らなくてはいけないので、これまた大変でした。ただ、毛利先生のオケはメロディの流れが後ろ(バック)にあったので、肩の力を抜いて歌わせていただきました。岸田先生の詩の世界とアンの空想の世界を心のなかに描いて。どんな場面に流れるかということよりも、歌と音楽だけに専念していた気がします」

アンとの共通点と大事にしているセリフ

渾身に歌い上げた楽曲を楽しみに、大和田は放送の1年間の日曜夜7時半はテレビの前で熱心に視聴した。

「私は文学少女で、若い頃は悲しいことがあったり、楽しいことがあったりすると詩を結構書いてたんです。だから、アンの空想が全然違和感なく素直に入ってきて。 そういう意味でのアンとの共通点みたいなものはすごく感じていました。30分の中に泣く場面、笑う場面、忘れていた大事な部分などいろんなことが必ず入っていましたね。だから、自分が歌っているということだけではなく、『赤毛のアン』という名作文学に、本当にハマっていました」

『赤毛のアン』は観る年代によって感じ方はさまざまで発見がある。大和田にとって本作の魅力はなんだろうか。

「アンの湧き水のようにあふれるいろいろな言葉に感動していました。『まっすぐな道でも必ず曲がり角がある。その曲がり角の向こうにはきっと素敵なことが待っているに違いないわ』というセリフが大好きです。子供の頃から大人になるまで、その言い方は違っても、いまだに私を押してくれている大切な言葉です。曲がってみないと、そこに蛇がいるのか、バラが咲いているのかは誰もわからない。でも『きっとそこにはすばらしいことが待っているに違いないわ』と言ったアンのその心を大事にして生きていきたいし、歌っていきたいと思います」

大和田は物語の舞台である、カナダのプリンス・エドワード島に聖地巡礼をしている。

「モンゴメリーの住んでいたグリーン・ゲイブルズにも行きました。この風景の中でモンゴメリーが名作『赤毛のアン』を書いたんだ、というのが納得できるくらい、あまりにも美しくて。もう一つ驚いたのは、すべてがアニメそのものなんです。鉄分を多く含んだ赤い道、“きらめきの湖”、“お化けの森”、“恋人たちの小径”、“雪の女王様”のリンゴの木…もうすべてがそこかしこに散りばめられていて、「あぁ、この風景のなかで小説が書かれた、そしてそれをアニメにしたんだ!」とまたここで、すごいと感動して。本当にカラフルなんですよね。道が赤いことと海が青いだけでも、そこに緑があって花が咲いてて。残念なことにアンのおうちは私が訪れた後に火事に遭ってしまったそうですが、いまだにすべての風景が脳裏に焼き付いています。ぜひ皆さんも行っていただきたいです」

なお、「2万人の鼓動 TOURSミュージカル『赤毛のアン』」に2003年の初演以来、大和田は出演を続けている。役柄はレイチェル・リンド夫人である。

「最初、プロデューサーさんはマリラ役ということでお話をするつもりでいらしたらしいんですけど、私はレイチェル・リンドさんの方がおもしろいと思ったんです。リンドさんは11人も子供産んでいる、村には必ずいる口うるさいおばさんです。そしてアンの教育係でもあって、初演から20年間やらせていただきましたこともすばらしい思い出です。その最初の公演の記者会見をカナダ大使館でやりまして、そのオープニングに『きこえるかしら』を歌わせていただきましたことも思い出します」

© NIPPON ANIMATION CO., LTD. “Anne of Geen Gables” ™AGGLA アンが暮らしたグリーン・ゲイブルズ。制作前に高畑 勲らはロケ取材を実施しただけに、プリンス・エドワード島の空気感まで見事に再現されていた

みんなのなかにある『アン』への愛や思い出を感じて歌うコンサート

© NIPPON ANIMATION CO., LTD. “Anne of Geen Gables” ™AGGLA 2023年の「赤毛のアン アニメコンサート」のステージ。スクリーンの名場面をバックに、オーケストラの演奏と大和田の歌唱を堪能できる

2025年4月29日、東京オペラシティ コンサートホールにて「赤毛のアン アニメコンサート」が開催される。2023年の公演ではチケットが即完売したという大人気公演の再演だ。大和田りつこやオーケストラの他、アン・シャーリー役の山田栄子とナレーションを務めた羽佐間道夫の二人の声優も出演することも話題になっている。

「前回はコロナ禍で、最初にやろうというお話から3、4年延びたんです。延期して時間があったにもかかわらず大あわてで本番を迎えました(笑)。お客様がいっぱい入ってくださるだろうか…、アニメと音楽が流れるコンサートをどんなふうに鑑賞してくださるのかしらと思ったんです。皆さんご自分の記憶のなかにある思い出をたどっていらっしゃるのもあると思うのですが、ハンカチを出してとめどもない涙を拭う方がいらっしゃる。それを見て、『皆さんのそれぞれのなかにアンが住んでいたんだな』って。音楽コンサートをただ観にいらしてるだけではなくて、『アン』の放送があって、この演奏会になるまでの人生のなかで『あの時あんなことがあった』という記憶をきっとそれぞれ思い出されて、一緒に2時間を過ごしてくださったんじゃないかなって。私たちも山田栄子ちゃんも同じ気持ちでした。だからその涙に感動し、とてもありがたかったですね」

今回は昼と夜の2部公演。昼の部のチケットはすでに完売している。最後はコンサートへの意気込みで締めくくろう。

「『赤毛のアン』の思い出のある方には、絶対満足していただけると思います。『そのオペラシティの角を曲がるときっといいことがあるはず! です』ただ、難しいんですよ、歌が。本当に覚悟がいるんです。下っ腹に力を入れて、軽い気持ちでは歌えない楽曲です。そのためには難しいという概念を捨てて。あぁ、アン・シャーリーに肩を叩いて言ってほしいです。『何も考えないで楽しんで歌えばいいのよ』って(笑)」

「赤毛のアン アニメコンサート」
●出演者:山田栄子(アン・シャーリー)/大和田りつこ(歌唱)/羽佐間道夫(ナレーション)/井田勝大(指揮者)/シアター オーケストラ トウキョウ(管弦楽)
●開催日:2025年4月29日(祝・火)
①開場13:15/開演14:00 ②開場17:15/開演18:00
●会場:東京オペラシティコンサートホール
●チケット ¥1万1,000円(全席指定)
●公式サイト https://www.anne-concert.com
© NIPPON ANIMATION CO., LTD. “Anne of Geen Gables” ™AGGLA

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