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線路脇の “パッカード”:伊東和彦の写真帳_私的クルマ書き残し:#017

PARCFERME

輸入車販売会社から雑誌記者に身を転じ、ヒストリックカー専門誌の編集長に就任、自動車史研究の第一人者であり続ける著者が、“引き出し“の奥に秘蔵してきた「クルマ好き人生」の有り様を、PF読者に明かしてくれる連載。
 
1967年のことだったと思う。ある日の放課後、湘南に住む中学の同級生の友人、M君が「辻堂駅脇の空き地にクラシックカーが捨てられているんだ」と、話したことがあった。
 
クルマの話題に飢えていた仲間たちの中での一言であったから、「見に行ってみよう」との話がまとまるのは簡単だった。土曜日の授業は午前中だけだったから、彼のうちに遊びに行きがてら見に行くことを決めた。私は制服姿ではなにかと動きづらいと考え、替えの服を通学鞄に押し込み、買ったばかりの1眼レフ、アサヒペンタックスSVを持っていった。
 
プラットホーム外れから近い空き地にそのクルマは放置されていた。塗装は剥がれ、ドアは外れ、ホイールが接地するという、“打ち棄てられた”という表現がまさにぴったりの惨状であった。

朽ち果てた、外国製の古いクルマは県内のジャンクヤードで見慣れていたが、これほどの古い年式を見たのは、はじめてだった。

M君はそれがパッカードであることとは事前に調査済みで、「アメリカの恋人という偉大な高級車」であり、V型12気筒エンジン搭載の超高級モデルがあるなどと脇で説明してくれたこともあり、その姿はなおさら哀れに思えた。
 
パッカードほどの高級車であるならば、官庁か、あるいは高貴な家系で使われた華麗なヒストリーがあるかも知れず、このままでいずれ屑鉄になってしまうことが惜しく思われた。クルマと一緒に歴史が消し去られてしまう、そんな気持ちだった。
 
現在なら、持ち主を探し、自分のものにしてレストア計画を夢想していたかもしれないが、中学生の私たちにできることといえば、写真を撮り、触れることだけだった。
 
そして私たちがはじめて触ることができる戦前車であるから、とにかく触ってみようとなった。今、思えば、誰のものだかわからず、無断で敷地に入っているのは問題だが、その時は好奇心が先に立っていた。
 
開けられるハッチはすべて開け、室内にも入り混んでシートも試してみたが、手触りいい布張りが残っていた記憶がある。あまり触ってはいけないだろうからと、ビクともしなかったボンネットを開けてエンジンが搭載されているのか否か、プレートや気筒数などを確認はしなかったことが今となっては惜しまれる。

数年後にクラシックカー・イベントでその分野に詳しいクルマ界の著名人に写真を見せながら感想を尋ねたが、あまり興味を持ってもらえなかったことにがっかりし、また不思議でもあった。あまりに状態が悪かったのか、あるいはその方がアメリカ車には関心が薄かったからだろうかとも思う。

いまになってネガをスキャニングして大きく拡大してみると、1929年にニューヨーク・ウォール街から世界に伝播した大恐慌の後に、高級車だけの品揃えであったパッカード社が生き残り策として投入した廉価な普及型であり、それも氏の関心を引かなかった理由かもしれない。

また、アメリカ車にもかかわらず右ステアリングであったことから、カナダ工場での生産車なのだろう。

クルマの周囲には、悪戯で外されたらしい、ヘッドランプやダッシュボードのトリムなどが草むらの中に散乱していた。

そのうちパッカードは忽然と姿を消し、空き地自体もなくなった。東海道線の車窓からパッカードがなくなっていたことを見て、寂しさと、ホッとしたような安堵が混じりあった気持ちになった記憶がある。
 
あの日、私たちが遊ばせてもらったパッカードが、日本のどこかで綺麗にレストアされて生き残ってほしいと思う。そのときは是非とも巡り会ってみたい。

当時のパッカードの宣伝広告。後にポルシェを扱う三和自動車が扱っていた。

当時、パッカードの日本総代理店は、後にポルシェで有名になる三和自動車であったことを、雑誌の記事で知ったのは、このすぐあとのことだった。

これを書くに当たって国会図書館(他にも調べ物があったのだが)に行き、1930年代のクルマ関係の書籍に絞って三和自動車の広告を検索したところ、『1937年式パッカード六氣筩車出現』と掲げた広告を発見。そこに描かれているクルマと“放置車”は瓜二つであることがわかり、積年のモヤモヤが晴れた気になった。

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