今、”文明の始まり”が揺らいでいる──常識を覆す新事実とは【3か月でマスターする 古代文明】
古代文明といえば、メソポタミア、エジプト、インダス、中国といった教科書で四大文明として紹介されていた文明を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
しかし実際には、世界各地に数多くの文明が存在し、多様な社会を築いていたことが、近年の調査・研究によって次々と明らかになっています。
第一線で活躍する考古学者たちが、文明の実像に迫るシリーズが『3か月でマスターする 古代文明』。
今回はその10月号より、最古の巨大遺跡の発掘によって見直される「文明の始まり」についてのレポートをお届けします。
さらに、ナビゲーターと講師陣へのインタビューQ&Aも一部抜粋して公開します。
今、文明の始まりが揺らいでいる
1つの遺跡が与えた“常識”へのインパクト
「文明は農耕や牧畜による定住によって始まり、やがて都市や国家へと発展していった」。世界史の教科書では、長らくこのような記述が定説とされてきました。楔形文字のメソポタミア、ピラミッドのエジプト、モヘンジョダロなどの都市遺跡をもつインダス、甲骨文字の中国といったいわゆる「四大文明」は、いずれも大河の流域に栄え、農耕によって生まれた豊かな余剰生産物を土台に誕生したとされています。それまでの狩猟採集の生活から脱し、農耕や牧畜によって食料を安定的に得られるようになったことで、人々は組織的な社会を築いていった――。これが長らく信じられてきた「文明誕生のシナリオ」でした。
ところが近年、考古学の世界では、それまで信じられてきた“常識”がひっくり返る大発見が続いています。その先駆けとなったのが、トルコ南東部で発掘されたギョベックリ・テペ(Göbekli Tepe)、トルコ語で「太鼓腹の丘」を意味する世界最古の巨大遺跡です。しかも、それがつくられたのは、今から1万1000年ほど前であり、人類がまだ狩猟採集民として暮らしていた新石器時代前半のものでした。
見直される文明の定義
ギョベックリ・テペからは、都市や王といった権力の関与や、文字の痕跡は見つかっていません。けれども、重機どころか金属の道具すらなかった時代に、巨大建造物を築くには、大人数の協力と計画、技術や知識の共有が不可欠見直される文明の定義だったはずです。従来の考え方では、こうした高度な社会活動は農耕によって余剰が生まれたことで始まったとされてきました。しかし、ギョベックリ・テペの発掘が示しているものは、狩猟採集民もまた、社会的に複雑な営みを行っていたという事実だったのです。もちろん、当時は長く続いていた氷河期が終わり、気候が温暖になったことで動植物が増え、恵まれた自然環境が彼らの社会活動を後押ししたという側面はあるでしょう。それでも、古代メソポタミア文明の初期の神殿に匹敵する規模の建造物を狩猟採集民が築いていたなどとは、誰も想像さえしていませんでした。
ギョベックリ・テペの発見は、私たちが当然と考えてきた文明観に大きな問いを投げかけました。文明は「定住→農耕・牧畜→都市→国家(権力の発生)」という一本の道を進んできたのではなく、もっと多様で、複線的に展開してきたのではないか、と。この謎多き巨大遺跡と人類の歩みについて、最新の考古学の研究を踏まえながらひもといていきます。
ナビゲーターと講師陣へのインタビューQ&Aを公開!
『3か月でマスターする 古代文明 10月号』に登場するナビゲーターと講師のみなさんに、考古学に興味をもったきっかけや、おもしろさなどを伺いました!
※本誌よりQ&Aの一部を抜粋して構成しています。
ナビゲーター 関 雄二さん|国立民族学博物館長
Q 考古学に興味をもったきっかけは?
A 大学3年生で経験した発掘の実習だったと思います。子どもの頃は国立科学博物館や東京国立博物館に通って、科学的な展示や恐竜の展示などを見るとわくわくしていました。それまで本で読んだり見聞きしたりしていたものを、発掘によって実際に自分で体験することができた瞬間は、人生の新しい扉が開いたと感じました。
Q 考古学のおもしろいところは?
A 遺跡に残されている数少ない人間の活動の証拠を手がかりに、論理的に分析しながらパズルを組み立てていくようなところです。特に最近は、考古学者が提示する仮説や理論を、放射線炭素年代測定や植物考古学、骨や歯の同位体分析、金属や石材、土器の成分分析といった、理化学的な分析手法で検証していくことに興味を覚えています。
第1回講師 三宅 裕さん|筑波大学教授
Q 考古学に興味をもったきっかけは?
A 小学生の頃、自宅のそばの貝塚などを見に行った覚えがあります。あとは中学生のときに見たNHKの『未来への遺産』というドキュメンタリー番組で、西アジアや考古学に興味をもったのは覚えています。
Q 考古学のおもしろいところは?
A 新しい発見があると、従来の考えや説が大きく変わるところですかね。あとは、自然科学や人類学など、いろいろな分野の専門家と共同で研究することが多いので、知識や見聞などの幅が広くなるところもおもしろいです。
第2回講師 常木 晃さん|筑波大学名誉教授
Q 考古学に興味をもったきっかけは?
A 実は特に興味があったわけでもなかったんです。民族学を学ぼうと思って東京教育大学(現・筑波大学)に入ったら、民俗学、いわゆるフォークロアだったと間違いに気づいて……。それで考古学のほうに潜り込んで、日本や海外の発掘の現場に行っていました。大学院のときにイランの遺跡調査に半年間行くことがあり、そこで西アジアのおもしろさに目覚めました。
Q 考古学のおもしろいところは?
A 考古学は物証を探すことだと思うんですが、出てきたものからいろいろ読み解いていくのがおもしろいです。いまだに現場が大好きですね。
第3回講師 津本 英利さん|古代オリエント博物館研究部長
Q 考古学に興味をもったきっかけは?
A 映画の『インディ・ジョーンズ』2作目の「魔宮の伝説」でした。そこで海外で考古学の発掘をやってみたいと思って、筑波大学に進んだら、当時は外国での発掘をやってなかったんです(笑)。そうしたらたまたま私の先輩が個人でトルコの発掘に参加していて、「トルコ行かない?」って誘われて抜け出せなくなったという(笑)。
Q 考古学のおもしろいところは?
A やっぱり予測不能なところですかね。当初予想していたものとは違う結果が出てしまうこともたくさんあって、それが大変だけれどおもしろいです。
第4回講師 河合 望さん|筑波大学教授
Q 考古学に興味をもったきっかけは?
A 小学校1年生のときにNHKの『未来への遺産』というドキュメンタリー番組を見て、数千年前の古代エジプト文明のすごさに感動したのが始まりです(笑)。番組を見たあと、父親に『ツタンカーメンのひみつ』という本を買ってもらって、そこですっかりはまってしまいました。私はテレビっ子だったので、当時30 代だった考古学者の吉村作治先生が『木曜スペシャル』で10分の1の大きさのピラミットをつくっているのをかじりつくように見てました。
Q 考古学のおもしろいところは?
A 土を掘って大地に刻まれた歴史を自分の手で明らかにすることじゃないしょうか。これは何物にも代えがたいです。掘って見つけて終わりではなく、発見されたことで新たな課題や調べないといけないことも出てきますが、それも学問として楽しいです。
『3か月でマスターする 古代文明』では、毎回、各専門分野で活躍する考古学者を講師に迎え、それぞれの視点から古代文明の魅力と謎を解き明かしていきます。1冊目の10月号では、「文明の始まり」「メソポタミア」「ヒッタイト」「エジプト」について取り上げ、多様な文明の社会のあり方や、古代の人々の知恵に注目。今の時代にも通じるヒントを探ります。
ナビゲーター:国立民族学博物館長 関 雄二
1956年生まれ。東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。同大学助手などを経て、1999年から国立民族学博物館に勤務し、2025年4月に館長に就任。専攻は文化人類学、アンデス考古学、ラテンアメリカ研究。2015年ペルー文化功労者、2016年日本外務大臣表彰、2023年ペルー功労大勲章を受賞。
◆『NHK 3か月でマスターする 古代文明』
◆構成・取材・文 小林 渡(AISA)
◆イラスト 雉○/ Kiji-Maru Works
◆トップ写真(背景) Paylessimages/イメージマート